第20話 四十万さん、石段をそんな勢いで登ったら


「ふんふふ〜ん♪」


 隣からは愉快な鼻歌が聞こえてくる。


四十万しじまさんご機嫌だね」

「うぇへへっ。思い出し笑いかな」


 放課後とはいえまだ日が長く学園から続く道をふたりで歩いている。


「ねぇ十蔵じょうぞうくん。寄り道しようよ」

「僕は良いけど四十万さんは大丈夫?」

「うん。十蔵くんと一緒って言えば大丈夫」


 僕と一緒に居る事が大丈夫に繋がるのかな?

 深く聞いたら沼にハマりそうなのでスルーしておこう。


 最近、四十万さんと一緒に居る事が多いように思う。朝は僕が通学で使う道と四十万さんが通学で使う道の中間地点で待ってくれているし、学校では相変わらずお昼を一緒に食べてくれし、放課後は今日みたいに並んで歩く事が多くなった。


 下手したら半日以上一緒にいる計算になる。


「えっちな事考えてた?」

「か、考えてないよっ!」


 こういったからかいも含めて彼女はいつも通りに見える。


 上級生の告白現場を覗き見た後は少し考え事をする時間が多かったけど、なんとか日常を送っている毎日。

 アレからの事を少しだけ触れると、告白した男の人は自業自得の顛末てんまつを辿った。有り体に言えば噂が噂を呼び自分自身を苦しめてしまったのだ。


 その事を浅日あさひさんが教えてくれたけど、丸味まるみくんには深く聞かないほうがいいとやんわり諭された。


 なんでだろ?


「四十万さん、この前の事なんだけどさ」

「この前の?」


「あの……入試の時の話」

「あ〜」


 入試の時の事をなぜ彼女が知っていたのかは結局聞けずじまい。


「うぇへへっ。乙女にはね」

「うん?」


「乙女には秘密がいっぱいなんだよ」

「秘密かぁ」


 もしかして四十万さんも入試の遅刻組だったのかな……でもでも、四十万さんのような美人さんが居たら目を引きそうだけど。


「十蔵くんは自分に自信がない?」

「うっ」


 咄嗟に言われた言葉に息が詰まる。

 確かに僕はマイナス方向に考える癖がある。けれど高校に入ったらその性根も変えたいと思っていた……けど。


「うん……この前の事件の時も、本当は飛び出して助けるべきだったんじゃないかって。でもその一歩がなかなか踏み出せなかった」

「人間そんなもんだよ」


 そういうものだろうか。


「毎日全力で生きてたら疲れるから。程よくがいいんだよ」

「……うん」


「あの時はウマ会長が居たから任せたんだよね?」

「うん」


 会長が居てくれてホントに良かった。


「私は知ってるよ。十蔵くんはいざって時は動ける人間だって」

「なんで……」


 なんで知ってるのかはきっと聞いても教えてくれない。


「十蔵くん」

「なに四十万さん?」


「猫神社って知ってる?」

「知ってる知ってる! 僕そこで入試の日お参りしたんだ! 昔からこの街を守ってくれてるらしくてさ……あっ」


 つい……つい熱く語ってしまった。


 あの神社の事が話題に出るとは思わなかったし、自分が知ってる事を伝えたいという心が前のめりになってしまった。


「うぇへへ。いい感じに鼻が膨れてたね。可愛い」

「もうっ! しょうがないじゃん」


 興奮すると膨らむの!


「私も興奮すると膨らむよ?」

「そうなの? 鼻?」


「う〜ん……鼻じゃないかな」

「そうなの? じゃあどこ?」


 たわいのない会話が心地良い。


「お豆かな」

「お豆? 豆なんて器官人間には無いよね?」


「乙女にはね、秘密がいっぱいあるんだよ」

「……えっと……うん?」


 たわいない会話が……たわいないよね?


 そんな風にクスクスと笑い合いながら気付けば話題に昇った猫神社の前にやって来た。



「初めて来た」

「いい所だよ。じゃあ行こっか」

「うん」


 隣の四十万さんは若干ソワソワしているように感じる。今まで感情が読み取りずらい印象だったけどここは別らしい。というのも、


「ね、猫ちゃんがいるんだよね?」

「うん。境内で飼ってるんだって」

「……うずうず」


 どうやらお猫様に会いたいみたい。


 石段を登る足取りが早くなる。


「し、四十万さん。ちょっと早すぎ」

「十蔵くん遅い早くっ! 猫ちゃん逃げちゃう」


 逃げないよぉ。

 だけど、待って四十万さんそんな風に走ったら。


「うぅぅ……もう無理っ」


 どうやら我慢の限界だったらしく残り十段はあろうかという石段を勢いよく駆け上がる。


 そして下にいた僕の視界は彼女を見ているわけで、



「――ふわぁ」



 月詠つくよみ学園制服・織姫おりひめ


 銀河のようなスカートが蒼い空に舞い上がる。



「うぇへへっ♪ 十蔵くんのえっち」



 僕はその向こう側に――宇宙を見た。



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