第19話 半分このお弁当


 ――走れっ!

 ――走れっ!!

 ――走れっ!!!



 雪の影響で電車が止まってしまってからの僕の行動は早かった。時計を確認し急げばギリギリ間に合うと確信しホームを飛び出した。


 仮に……もし……間に合わかった事が花緒はなおさんに知れたら絶対悲しむと思ったから。穏やかな顔で笑う着物が似合うご婦人の悲しんだ姿なんて見たく無かった。



「走れっ……走れっ……走れっ!」



 新雪のまだ柔らかい雪の上をバランスを保ちつつ駆けてゆく。けどしかし……物事は上手くいかない。


「きゃっ……いった〜い」

「大丈夫ですか?」


「あぁ……書類が」

「一緒に拾います!」


「信号が……」

「手を繋いで渡りましょう!」


 派手に転んだお姉さん、ビジネス鞄から書類を落とすサラリーマン、杖をついたお爺さん。僕の視界の中でそんなハプニングのオンパレードだった。

 一種のゾーンに入っていた僕は視界に捉えると体が勝手に反応して手を差し伸べていた。



「はぁ……はぁ……はぁ」



 間に合う、大丈夫、なんとかなる……そう思っていたけど、月詠つくよみ町に差し掛かった時、目の前で自転車に乗ったサラリーマンが転んだ所で僕は唇を噛み締める。


「大丈夫ですか?」


「あっ……あうあ……うぐっ」


 もしかしたら頭を打ってしまったかもしれない。あまり体を動かさず、持っていたタオルで頭を支える。


「名前は言えますか? ここがどこだか分かりますか?」


「し……あっ……わた……じ」


 ダメだ。

 このままじゃマズイ。


 そう思った僕は通りすがりの人に救急車の手配をお願いして男の人の意識を保つ為語り続けた。



 ――――――



 しんしんと降りしきる雪が僕の肩に積もる頃、ようやく目的地の月詠学園まで辿り着いた。



 ――試験の半分が終わろうとした時に。




「父さん……母さん……ごめんなさい」



 絶望に打ちひしがれながら形だけでも顔を出さなくてはと思い、玄関正面の受付に歩を進める。


「君は……受験生ですか?」


「……はい」


 対応してくれたのは花緒さんと雰囲気が似ている貴婦人な女性だった。腕章には試験官と書かれている。


「大変でしたね。さぁどうぞ」

「え?」


 肩の雪を払ってくれた貴婦人試験官に僕は驚きの声を投げていた。


「あの……」

「はい?」


「僕は遅刻して……その」


 しりすぼみになる声を聞いた貴婦人さんは「分かっているわ」というような柔らかな笑みを浮かべる。


「交通機関がストップしてるのは知っています。遅れてきた人は隔離スペースで受けてもらいますけどね。オホホ」


 じゃ僕は……試験を受ける事ができるの?


「他にも遅れてきた人がいますからね。もう少しで始めますよ」

「はいっ!」


 貴婦人さんに案内された部屋には数人の受験生が居た。僕はその中に混じって月詠学園の試験を受けることに。



「――はい、そこまで。昼食休憩は60分です。念の為、通信機器はこちらで預からせて貰っています。それと立ち入り禁止の場所には試験官が居ますのでくれぐれも入らないように」


 遅刻組の僕達にはそれぐらいして当然だと思う。窓から見えた所では他の受験生が終わった解放感から笑い声が聞こえる。


 僕の教室では同じ中学から来たであろう生徒達が数人で固まり教室から出ていく。おそらく売店に行ったのかもしれない。残った僕もお弁当を広げようと鞄に手を伸ばすと。


「あっ……無い」


 と後ろの方から声が聞こえた。


 気になって見てみると、三つ編みで丸い眼鏡をかけた女の子が鞄をガサゴソと漁っていた。


「はぁ……なんでこんな時に」


 おそらくお弁当を忘れたのだろう。ならさっき出て行った生徒と同じように売店に行けばいいのだけど、


「財布も忘れた……最悪」


 今日に限ってと言いたいけれど、僕も他人ひとの事は言えない半日だった。今日1日はそういう日かもしれない。だからこそ僕は自然と席を立って初対面の女の子の前におずおずと歩いていく。


「?」


 訝しげに見る女の子は僕が近付くとビクッと肩を震わせる。その心理はわかりつつ僕はお弁当袋を取り出した。


「あの……良かったら、半分食べない?」

「えっ!?」


 何をいきなり言ってるんだと言うように女の子が少し引く。僕もなんでこんな事言ってるんだと思いつつ彼女の返事を待つことに。


「いやいいよ。それだとキミの分が……」


 無機質な拒否に僕の胸はチクリと傷んだけど僕の分を気にしてくれる断り方に優しさを感じた。


「大丈夫。僕のお母さん作りすぎちゃって」


 何かと行事に張り切る母は何故かお弁当箱を2つ持たせてくれた。1個はお昼に、もう1個はおやつに……二句森にくもり家のお食事事情はちょっと特殊かもしれない。


「お腹が空いてたら集中できないからさ、良かったら食べて」

「…………」


 なるべく安心感を与えるように僕は笑みを絶やさず伝える。


 くぅぅぅぅ

 ぐぅぅぅぅ


 彼女と僕のお腹から同時に虫の知らせが届いた。それが面白くて彼女と僕は同時に顔が赤くなる。


「……いいの?」

「うんっ!」


 少しだけ柔らかくなった彼女の声に僕は飛びっきりの笑顔で返す。初対面の女の子と一緒に食べるお弁当はなんだか甘い味がした。




「――ごちそうさまでした」

「はい。お粗末さまでした」


 お弁当の御礼にと彼女は自販機で飲み物をご馳走してくれた。ふたりで気になった物を選んだのだけど、


 チャチャッと抹茶(激苦)

 ぷるるんるんるんプリン


「あはは……変わったのがあるね」

「うぇへっ」


 よく分からないチョイスを見て盛り上がる事ができた。





 そして午後の試験は滞りなく終わり、足早に受験生が退出していく中、僕は最後に彼女の名前を聞こうとしたけど、


「――っ!!!」


 返却してもらったスマホを見た彼女は脱兎の如く試験会場を飛び出して行った。



「名前……聞きそびれちゃったな」




 これが僕の受験の全容。


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