第16話 握りしめた拳を包む意味

 僕達の目の前で修羅場が繰り広げられている。


 漫画や小説ではよく見ていた「俺の女に手を出すな!」の光景が現実になっていた。


神月かみづき、お前には関係ないだろっ!』

『そういう訳にもいかないんだよ』


 女の子に告白していた人は最初こそ穏やかな喋り口調だったのに、自分の思うようにいかないと見るとイライラした言葉を投げる。


 反対に会長さんは女の子の前に立ち、のらりくらりと躱している。半歩ほど身構えているのを見るといつでも飛び出せる体勢なんだと思う。


「な、なぁ。助けなくていいのか?」


「大丈夫だよ」


 丸味まるみくんの心配をよそに僕は確信めいた言葉を残す。僕の父さんも言っていたし、何より僕自身も先輩の人となりはわかってるつもり。


「あの人、十蔵じゅうぞうくんの何?」

「僕の憧れ」


「恋愛感情?」

「そうじゃないよっ!」


 イマイチ四十万しじまさんの聞きたい事がわからないけどそっち方面じゃない。僕は女の子が好きなのっ!


二句森にくもりくん。危なくなったら私出るわよ?」

「えっと……」


 浅日あさひさんは尚も臨戦態勢をとってボケットから不思議な形の棒状の何かを取り出す。


「それってクナ……」

「おもちゃよ」


 えぇ……僕それ漫画で見たことあるんだけど。


 尚も繰り返される問答を聞いていると僕でも少し嫌悪感を抱いてしまう。


『――そうか、お前が仕組んだんだな。全部お前が悪いんだ』


 その瞬間、隣の四十万さんと浅日さんからドス黒いオーラを見た気がした。


 お前のが悪い。


 自分が納得いかないから、思うようにならないから、相手のせいにする身勝手な言葉。


 えも知れぬ嫌悪感の招待は決して言葉だけじゃない。この数分の間に彼自身を見ているとまるで癇癪を起こした子供のように思う。決定的に違うのは彼は彼は分別のついたひとりの人間という事。


 子供らしいと言われる事は両極端なんだと思う。


 その言葉が容姿に対してか性格に対してかで捉え方がまるで違ってくるから。僕自身もまだまだ子供だという自覚はある。けどそれは自分で分かっている分だけマシなのだと感じる事ができた……子供のように騒ぐ目の前の人を見てしまったから。


『何もしないでモテるやつはいいよな! なぁ神月かみづきっ』


 全てを投げ出し会長だけに敵意を向けた彼の言葉は僕でもわからないほど、臓物をグチャグチャにするような苛立ちを感じた。


「十蔵くん、怒ってる?」

「えっ?」


 ふと隣かは僕を心配するような声がした。それは声だけでは無く手に伝わる温もりも運んでくる。


「こんなに握ったら十蔵くんが痛いよ?」

「っ!」


 僕は知らず知らずの内に拳を強く握っていたらしい。

 幼い頃凧揚げで遊んで絡まった糸を解すように、彼女の細い指が僕の小指や薬指を案じていた。


「ごめん」

「何に対して?」


 え、何に対して?

 わからない。

 僕は何に対して謝ったんだろう。


 こんな感情を抱いてしまったから?

 彼女に心配を掛けたから?


 そのどれもが違うように思う。


「十蔵くんは悔しいんだね」


 小鳥の鳴く声で隣の彼女がそう呟いた。もしかしたら彼女の心も泣いていたのかもしれない。


 あぁ、そうか。

 僕は悔しいのか。


 お店で見せる会長の優しい眼差し。自分の愛する人の為にいつも大量に買い込んでいく後ろ姿。父さんの体を心配して健康にいいものをさりげなくくれる心遣い。


「僕は……悔しいっ」


 何もしないでモテるやつは……そんなハズないのに。僕は昔から見てきたから。そんな風に言われるのは自分の事のように悔しかった。



 パァァン――



 乾いた空気が張り裂ける音がした。

 まるで一陣の雷光が走ったような音。


『私の友達を侮辱するなっ!』



 音のした方へ目を向けると、そこには会長の後ろに立っていたハズの女の子が告白してきた男の人の頬を振り抜いていた。


「「「「っ!!」」」」


 僕達は呆気に取られてその光景を凝視する。

 男の人は狼狽えて尻もちをつく。


『ぼ、ぼ……』


 訳が分からず動転する男の人に尚も詰め寄る。


『二度と私とその友達に近付くな! わかったか!』


 その言葉を聞いた男の人が裸足で逃げ出していく。


「「「「…………」」」」


 目まぐるしい状況の中、僕達は無言になる。


『……ぐやじぃよ……うまうま』


『俺の代わりに怒ってくれてありがとう。ナスカさん』



 最後の幕引きは……女の子の涙。




 ――――――



「あ〜っと……はぁ」

「何よ?」

「いや、なんでも」



 あの後とても探検なんてする雰囲気じゃなくなった僕らは2人が去った中庭のベンチに佇む。

 丸味くんは何か話題が無いかと思案するも言葉を濁すばかり。そんな彼に浅日さんはちょっと冷たくあたっている。


「……凄かったな」


 丸味くんから出てきたのはそんな感想。

 色々と凄かったと僕も思う。


「修羅場っていうかなんて言うか……」


 浅日さんも同意を示す。そして何やらスマホに打ち込んでいる様子。


「浅日さん?」

「二句森、聞くな。お前にはまだ早い」


 何かを聞く前に丸味くんが止めてくれた。何をしているのか気になるけど、幼馴染さんが言うなら従うしかない。


 何度目かのチャイムを聞きながら、それまで無言を貫いていた四十万さんが口を開く。


「ねぇ十蔵くん」

「ん?」


「会長ってどんな人?」


 四十万さんが興味を持つなんて珍しい。


「だな、俺も知りたい」

「私も」


 さっきの僕の言葉と行動を見ていたふたりも聞きたそうにしている。なので僕はありったけを聞かせてあげたい。


 会長がどんなに凄くて優しい人なのかを!



「あのねっ――」



 届くといいな。



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