第15話 あの人は大丈夫なお馬さんです
「この学校って日常がお祭りみたいだね」
僕の感想を肯定するように3人は辺りを見渡す。
「バドミントンに興味はありませんか?」
「そこの君、是非柔道部に!」
「化学の力を目覚めさせよ!」
「チア部に入らない? 可愛い衣装あるよ」
今が部活動勧誘期間なのかもしれないけど、行くところでそんな声が聞こえる。
「まぁでも……落ち込むなって
「そうね。仕方の無い事だわ」
「うぇへへ……
「なんでぇ!?」
つまり僕が入りたかったウエイトリフティング部が無かったのだ。そんな僕をからかうのが隣で笑う
「ちなみに
「十蔵くんを美味しく食べる部♪」
「そんな部無いよっ!」
サラりと淀みなく言い切った姿は逆に清々しいまであるけれど、そんな部あってたまるかだよ。
「ちなみに浅日さんは何部にするの?」
「う〜ん。どっちにするか悩んでるんだよね」
候補がふたつあるのかな。
「ひとつは放送部。んで、もうひとつは新聞部なんだよね」
「どっちも共通点が無いような気がするけど?」
しかし彼女はチッチッチと言って指を振る。
「私って影に生きるじゃない? それってつまり情報が生命線って事なのよ」
確か自己紹介の時に自分の事をアサシンと呼んでねって言ってた気がする。流石に冗談だろう事は分かっていたので呼んでないけど。
「なんでも新聞部と放送部に情報のエキスパートが居るらしいのよ」
つまりはそのどっちかに居る人に師事したいという事らしい。
「まぁまだ時間があるし色々見て回るのもアリかな」
と浅日さんは笑いながら言っていた。それを見つめる丸味くんは複雑な顔をしていたのが印象的だ。
「次は外に行こうよ」
「だな。ちょっと空気を変えようぜ」
僕の落ち込み具合を見かねてかふたりから提案される。
「四十万さんは見たい部活無いの?」
「十蔵くんと一緒ならどこでもいいよ」
あのあの、いきなりそんな事言われると胸がキュッと鳴るんですけど。
「本音を言うと運動部意外がいいかな」
「そっか。でもこの間の体力測定はまずまずだったじゃん」
「得意と好きは違うんだよ」
「そうなの?」
イマイチ僕にはわからない基準かも。
「そういうものなの」
「……うん」
あまり深く聞かない方がいいかもしれない。下駄箱の靴を取る時の横顔が少しだけ陰を落としたように見えたから。
「四十万さん肩貸すよ」
「んっありがと」
靴を履く時に少しよろめいた彼女の隣で僕は手を前に出す。彼女は左手で僕の右手を掴むとほんの少しだけキュッと握る。
「アンタにアレが出来ればね」
「うっせ!」
幼馴染さん達の言ってる事は僕にはわからないけど、きっといい意味に違いない。
「……あの、四十万さん。もうそろそろ」
「大丈夫大丈夫。誰も見てないから」
靴を履き替えた彼女は僕の右手を離さない。
「でも……その」
「朝もずっとこうだったでしょ?」
それはそうだけど。
ギュッと握った手が熱を持つのがわかる。それと同じくらい頬の血の巡りが良くなるのがわかる。
「俺がアレを何だって?」
「……ごめん、あそこまでは恥ずかしぬわ」
誰も見てない事なんてないよ。
1番近くで見てる人がいるよ!
「うぇっへへ。放課後デートだね」
「あうっ」
四十万さんはやっぱりずるい。
――――――
4人で外の部活動もある程度見学した後に、凄い現場に遭遇した。
それは
「むふっ! 乙女センサーがビンビンだわっ」
と普段よりテンションが上がった浅日さんは物陰に隠れるように僕達に指示を出す。
「い、いいのかな勝手に見て」
「大丈夫。私達はただの置物だからっ」
僕の心配をよそに女の子達は鼻息を荒くする。四十万さんでさえちょっと前のめりになってるくらいだ。
「これがアレか。放課後の中庭で愛を囁くという」
「丸味くん?」
四十万さんだけじゃなく丸味くんも鼻息が荒かった。僕達は興味本位で事の成り行きを見守る事に……しかしその結末は予期せぬものだった。
『――俺は君が好きだ』
『――だから無理だって』
『なんで?』
『なんでって――』
男の子の方が女の子に告白している構図。
最初こそ穏やかな雰囲気だと思っていたけど全く違った。
聞こえてくる会話を拾っていると男の子の方は何度も女の子に告白している様子。そして女の子はそれを最初はやんわりと、そして次第に拒絶へと変えていった。
『いないなら僕でもいいじゃないか! こんなに何度も告白してるのに!』
『――だからアナタとは付き合えないわ。だいたい好きじまないのも』
『だったら君の望むようにするからっ!』
話が進むにつれて女子達の雰囲気が変化していく。チラっと浅日さんの目を覗き見ると……
「ひっ……」
ちょっと表現しずらいけど、普通の女の子がしていい目じゃなかった。僕は四十万さんを見るのを諦めて震えてしまう。
「詩書、落ち着け」
「アイツ何なの」
「だから落ち着け」
丸味くんが彼女の背中をポンと叩くと少しだけ雰囲気をやわらげた。僕達は動く事もできず成り行きを見守るしか無かった。
『僕は君を彼女にしたいんだ』
男の子の発言をを聞いた浅日さんからブチッという音が聞こえた。
「アイツ……潰すわ」
「だから落ち着けって!」
今にも飛び出しそうになる浅日さんを必死で止める丸味くん。
「二句森、四十万、手伝ってくれ!」
浅日さんの力が予想以上に強かったのか丸味くんが救援を求める。言われて浅日さんの腕を引っ張る際に隣の四十万さんの顔がチラリと見える。
「…………」
そこに見えたのは"無の境地"。
何も考えつかないような、ことの成り行きを静観するような……一種の諦めにも似た表情。
僕はこの顔を知っている。
「し……じま……さん?」
僕が声をかけると一瞬で無の感情を取り払った彼女は浅日さんを止めるのに手を貸してくれた。
未だに興奮状態の浅日さんを宥めていると別の方向から言い争うふたりに迫る影が見えた。
もしかしてあの人は。
『落ち着いて
その光景を見た浅日さんが動きを止めた。そして僕達も割って入った人物の行動に注目する。
『俺は園田さんに用事があるんだ』
やっぱりそうだよね?
あの人だよね?
ならもう――。
「あの人誰? 何者なの?」
「いや……誰だろ?」
突然の乱入者に混乱してるふたりをよそに僕はとても冷静になれた。だってあの横顔は何度も見てる横顔だから。
「どうする行く?」
「いや……でも」
「大丈夫だよ」
決めあぐねているふたりに僕は芯の籠った声を掛ける。それを聞いた四十万さんの目が見開かれるのを感じながら。
「あの人なら任せて大丈夫だよ」
「二句森」
「二句森くんどういう」
僕は目線を外さずに
「あの人はヒーローだから」
「十蔵くんどういう事?」
まだ彼女達は知らないのかもしれない。
目の前に現れた謎の人物の物語を。
これは月詠町に住んでる僕だからこそ語れる内容なのだ。
「あの人は
「神月翔馬って確か会長?」
「でも会長って女……はっ!」
幼馴染さん達は入学式での会長しか知らないから。
「十蔵くんの知り合い?」
「うん……僕の憧れなんだ」
そして……
「あの人は大丈夫なお馬さんです」
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