第14話 黒神姉妹と黒髪同盟
「ごらぁぁぁぁ!
「ひぃぃぃぃぃ! 勘弁かおるちゃん」
ドタドタと前方から騒がしい声がすると思ったら音速の速さで僕達の横を走り去った。
「「「「………………」」」」
アレはなんだろう?
早すぎて見えなかった。
ひとりは僕達と同じ制服を着ていたけど、後ろを走ってた人は先生だよね?
「
僕は初手から心が折れかけていた。
「物語は始まったばかりだよ」
「そう……だね」
この学園は摩訶不思議の宝庫だと思う。
「しっかしアレだな、まさか廊下にこんな領域があるとは」
「他の学校じゃありえないよね」
『よーいドン♪』
そんな通称で呼ばれてるのは廊下の外側のゾーン。お急ぎ様専御用達で走る人の為に作られた場所らしい。
「確かに、押すなよ押すなよって言われると押したくなるし」
「触るなって言われると触りたくなるわね」
「食べないでってウル目で言われると食べたくなるもんね♪」
うん、最後のは個人的な趣向だよね?
話を戻すと、廊下を走るなと注意しても走る人が後を絶たないので逆転の発想に至ったらしい。それだけではなくしっかりと安全面も考慮されてる。
「あっ、また来た」
「おっ」
天井付近に備え付けられた青のランプが点滅して窓の近くにある液晶が『競走注意!』の文字を写し出す。
「オラァァ待てコラァァ」
「ひぃぃぃぃぃ」
通り過ぎていくふたりを見て僕達はまた無言になる。
「……2周目だな」
「「「……うん」」」
周りの生徒達はケラケラと笑いながら「またやってるよ」「もうすでに名物だよな」「俺もかおるちゃんに追いかけられたい」なんて聞こえたので少し戦慄を憶える。
『人外魔境の
入学してから感じていた不安が現実味を帯びていく。
「なぁ、みんなは部活決めたか?」
気を取り直して進んでいると丸味くんが話題を振る。
「私はある程度決まってる」
「僕は……」
浅日さんは目星を付けているらしく「ふふん」と楽しそうに笑う。僕が言い淀んでいると丸味くんが快活に言葉をかけてくれた。
「何かやりたい事あんだろ?」
その言葉に後押しされて、彼等になら言ってもいいかもと前を向く。
「僕、ウエイトリフティング部に入りたいんだ!」
両の拳を前で握り力強く宣言する。
漢らしくありたいと願えば必然的に答えは出ていた。
「「「…………」」」
3人は無言で僕の方を見つめた後、円陣を組んで何やら密談を始めた。
「どう思う?」
「お笑いって訳でも無さそうね」
「本気の目だった。うぇへへ」
あのあの……密談が丸聞こえなんですけど。
「……えっと、僕の父さんのように大きな男になりたくて」
理由を説明すると何故か暖かな目で見られた。
「
朝も同じような事を言ってたっけ? だけどその意味する所とは違うような気がする。
「まぁでも変化するって気持ちは大事だよね。うんうん」
浅日さんは理解を示してくれた。
「どんな
あのあの……食べないでください。
「ちょっと待って
「確かに言われてみれば……この前のどよっ……もがぁ」
丸味くんの言葉は浅日さんによって封殺された。この前のどよってなんだろ?
「
と四十万さんが問えば。
「
と浅日さんがハッキリとした口調で答える。僕から見たらふたりは仲が良いように見えて少し羨ましく思う。
「それはふたりだけの秘密だよ……ね?」
「あぅ……う、うん」
助けて貰った時になし崩し的に彼女はそう呼ぶようになった。恥ずかしさはまだ残るけど彼女に「十蔵くん」と言われると耳の奥がこそばゆくなってホワホワと気持ちが浮く。
それに女の子に庇ってもらったなんて知られたら、僕の高校生活は暗いものになりそうだ。
と思ったけど四十万さんの勇姿を語りたいと思うもう一人の僕の存在もいるわけで。
「もう少し仲良くなったら……ふたりにも教えたいと思う。それでいい四十万さん?」
仲良くなったらなんて僕のエゴかもしれない。けれど中学時代に"本当は仲良いハズなのに陰では散々言ってる人達"を目の当たりにしたから。
「んっ……それなら仕方ない。ふたりとも十蔵くんのお眼鏡に適うよう頑張りたまえ!」
「うふふっ」
「こりゃあ頑張れねぇとな」
妙にテンションが高い四十万さんの一言にふたりは笑ってる。なんかいいなこういうの。
「それじゃあ探検再開だね。とりあえずはウエイトリフティング部……ってあれは
浅日さんの言葉に僕達は言われた方向を見ると、クラスメイトの黒神さん達が和風の造りの部屋に入っていった。
「元気っ子達は部活決めたって事かな?」
「どうだろ? まだ体験入部期間だし手当り次第って感じじゃない?」
クラスのムードメーカーの双子ちゃん達の知られざる一面が見れるかもと幼馴染さん達は楽しそう。
「い、いいのかな?」
「やましい事してないから問題無いよ。私はわらしい気持ちになってるけど、うぇへっ」
ア、ハイ。
通常運転の四十万さんの発言がだんだん危なくなってる気がする。
「足音殺して近付くわよ」
「え? どゆこと?」
浅日さんの急な言葉にキョトンとしてしまう。足音を殺すってどうやるんだろ。僕はわからないまま見よう見まねで彼女の後を着いて行く。
「ソッと開けるからね」
浅日さんはどこかウキウキした様子で和風の部屋の襖を開ける。
「――この茶器はね」
「はい」「綺麗です」
「――こっちにはこんな物も」
「初めて見ました」「すご〜い」
襖の奥の和室はどうやら茶室らしい。僕は改めて教室のプレートを見ると『茶道部』の文字。
「スゲー美人だな」
「ちょっと!」
丸味くんの感想に浅日さんが肘鉄を喰らわせる。「ぐおっ」と呻いてうずくまるのでクリーヒットしたみたい。
丸味くんじゃないけれど、僕も双子ちゃん達を教えている人に目を奪われる。
「四十万さんみたいに綺麗な黒髪」
「「「…………」」」
ただ素直にそう思った。
腰まで届きそうな黒髪が印象的な人は着物姿で美しい。あの様子を見れば恐らく先輩になるのだろう。
物腰も柔らかそうだし、黒神さん達に向ける表情も穏やか。言葉遣いも丁寧でその仕草は内面を表してるようだと感じる。
「十蔵くん、ダメだから」
「え、なにが?」
隣の黒髪美人さんは僕の隣にピタッと張り付くと少し言葉を強くした。
「えっと、丸味くん浅日さん?」
無言の圧力が続く四十万さんに
「試練だ二句森」
「こればっかりはね」
助けてくれなかった。
僕達が入口で騒いでいたので当然室内の皆さんは気付いたようでこっちに視線を向ける。
「あっ! カクカクとマルマルだ」
「ヤエヤエとジュージューもいる!」
黒神さん家の双子ちゃん達はクラスメイトを愛称で呼ぶ。それが親しさを醸し出しているので自然とクラスメイト達にも受け入れられている。
「うふふっ。
着物美人の先輩は僕達の前に来るとニコやかに言葉を発する。その声音と仕草にドキリとしたものを感じた僕は無言になってしまう。
「あっいや……」
「私達は……」
幼馴染さん達も呆気に取られてしまう中。
「1年の四十万八重です」
「あらご丁寧にありがとう。2年の
彼女だけが丁寧に腰を折って挨拶をする。その仕草は一片の隙も無く、着物美人先輩に引けを取らなかった。
そしてお互い無言で見つめてしばらく。
――グッ。
無言のまま固い握手を交わしていた。
「音無先輩。またいずれ伺います」
「はい、お待ちしておりますね」
はんなりと流麗な動作で腰を折った音無先輩に四十万さんが別れの挨拶をする。後ろの方で「ちぇ〜」「またね〜」と双子ちゃん達の声が聞こえて茶道部の部室を出た。
「四十万さん、さっきのは一体」
頭の中が混乱して状況が整理できない僕はそんな事しか言えない。彼女は長い黒髪に手ぐしを入れながらいつものように笑うのだ。
「黒髪同盟かな……うぇへへ」
まだまだ四十万さんの素顔は謎だらけ。
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