第13話 肉巻きおにぎりと探検のお誘い

 四十万しじまさんとのデートは成功したのだろうか。


 いや、成功とか失敗とか言ったら彼女に失礼になるからやめよう。ただ単に彼女が楽しんでくれたのなら僕はそれでいいと思う。


じゅうちゃ〜ん、朝ごはん出来てるわよ〜」


「は〜い、今行く」


 一昨日の映画デートの帰結を悶々と感じながら僕は母さんに返事をして階段を降りる。


「昨日は店番ありがとな十蔵じゅうぞう

「気にしないで父さん。だってその足じゃ」


 昨日とはつまり日曜日の事で、僕は父さんに代わって店番をしていた。ダイニングテーブルとは別の座敷に座る父さんを見て沈痛な顔をする。


「心配なんて必要ないよ十ちゃん。自業自得なんだから」

「いやでも」


「ちょっとぐらい心配してくれても……ぐおぉぉぉ」


 母さんに小言を発しようとした父さんは動こうとして雄叫びをあげる。そんな父さんの足を改めて見ると。


痛風つうふうってそんなに痛いんだ」


 足首がありえないくらい赤く晴れて盛り上がっている。痛風になるプロセスは良くわからないけど母さん曰く「肉の食べ過ぎ」との事。


「それより十ちゃん、土曜日は楽しめたの?」

「な、なんの事かな母さん」


 僕は何も言ってない、言ってないよ!


「女の目は誤魔化せないのよ。いつもより早起きして、滅多にしない朝風呂に入って、お洒落して……動かぬ証拠はいっぱいあるわよ」

「うくっ」


 なんて鋭い母さんなんだ。

 僕は箸で持った卵焼きをポロリと落としそうになる。


「まぁまぁいいじゃねぇか。漢たるもの隠し事のひとつやふたつ」

「アナタは黙ってて」

「……はい」


 父さんは味方してくれようとしたけど母さんの圧が強かった。観念した僕は焼けたウインナーのような顔でポツリと呟く。


「……柔らかかった」


「「なにがぁ!?」」


 アレ? おかしいな。

 四十万さんの手が柔らかかったと言っただけなのに、そんなに驚く事だろうか。


「母さん、これはあれか……もう既に十蔵は階段登っちまったのか?」

「いやぁ……えぇと……う〜ん」


 母さんと父さんは何の話をしてるんだろうか。あっ、もしかしてアレの事かな。


「階段じゃなくてエスカレーターで登ったよ?」


「「ぐはぁ!」」


 ナイショ話をしていたふたりはおもむろにちゃぶ台に突っ伏した。


「あっ、そろそろ出ないとだから行くね。ご馳走様でした!」


「あ、十蔵まだ話が」

「十ちゃん……なんだか母さん複雑な気分」


 エスカレーターで踊ってしまった事にそこまで驚くかな……とりあえず帰ってきて話すとして学校に行かなくちゃ。


「行ってきます!」


 玄関を勢いよく出た僕は小走りで駆けていく。1日逢わないだけでこんなにもいてしまう僕の心はどうしたのか……早く彼女に逢いたいな。


「ほっ、よっ、はっ」


 横断歩道の白い線だけ踏んでスキップするように渡って空を見る。


「今日もいい天気っ」


 独り言を呟くと。


「本当だね」


 誰かがそう言った。


「あっ」


 誰かでは無く僕の心を支配する存在。


「おはよう四十万さん」

「おはよ十蔵くん」


 月曜日の瞳に写る君はどんな気分だろう。


「今日の気分当てていい?」

「んっ」


 少しだけきっかけを作ろう。

 彼女と一緒に歩くきっかけを。


「ブルー?」

「ぶっぶー」


「オーシャンブルー?」

「ノーノーノー」


「う〜ん……緑?」

「違うよ」


 先週は赤やピンクが多かったので対になる色を言ってみたけど外れてしまう。


「降参です四十万さん」


 そんな彼女はニヤリと笑い僕の前に一歩出る。


「強いて言えばクリアかな」

「クリアって透明?」


 クリアな気分……それはつまりリセットされたということだろうか。先週の僕とのデートをリセットするって意味なのかな。


 僕は少し俯いてしまうけど彼女はそんな事ないよと言うように隣に収まる。


「ねぇ十蔵くん」

「なに?」


 彼女はいつもニコニコと楽しそう。僕としては見ていて飽きないけれど、疲れないのだろうか。


「続きしよ?」

「続きって?」


 なんの続きだろう。


「土曜日のデートの帰り道、最寄り駅まで送ってくれたでしょ?」

「うん」


 彼女と別れるのが寂しいと感じてしまったあの瞬間。僕は名残惜しそうに手の温もりを確かめた。


「だから続き。教室まで手を繋ご?」

「え、えぇ!?」


 言うが早いか彼女は僕の手を絡め取りいつもの口調で笑うのだ。


「十蔵くんの手美味しそうだね。うぇへっ♪」


 彼女になら食べられてもいいかもしれない。そう思った月曜日の朝露の心。


 ――――――

 ――――

 ――


 キーンコーンカーンコーン


 予鈴が鳴って教室に入ると僕達はそっと手を離した。ここまでの道程でドキドキしてたのは僕だけで、彼女も学園の生徒達もあまり気にしていないようだった。


 やっぱりこの学園は不思議だ。


 手を繋いで学校に来ようものならヒューヒューと揶揄され、ありもしない噂話をでっち上げられ攻撃の的になるとばかり思っていた。しかし実際ここまででそんな事は無かったし、なんなら僕達以外に手を繋いで登校してる生徒も多く居たぐらいだ。


「オープンな学園だね十蔵くん」

「そ、そうだね」


 ナチュラルに心を読む彼女に少しゾッとする。


「不満?」

「いやいや全然、むしろ有難いかな」


 別に誰が誰と……なんて気にする必要は無いけれど拍子抜けしたと言えばいいのかな。僕のドキドキをちょっと返して欲しいと思いながらお互い席に着く。


「おはよう丸味まるみくん浅日あさひさん」


 前の席に座っていたふたりに声を掛ける。こうやって自分で踏み出す事が勇気なんだと教わったから。

 座っていたふたり……と表現したけど少し違う。正確には机に顔を埋めているって言った方がいいのかな。そんな状態のふたりは僕の声を聞くと顔を上げてゆっくり振り返る。


「ひぃっ!」


 失礼にも人の顔を見て驚きの声を出してしまった。だってふたりの顔があまりにも……


「おは……よう。二句森にくもり

「おはよう……二句森くん、八重やえちゃん」


 なんというか。

 荒廃した世界でゾンビが闊歩するゲームから出てきたような顔をしていたから。


「ど、どうしたのふたりとも? 大丈夫、具合悪い?」


 僕はおやつに食べようと思っていた肉巻きおにぎりを取り出しながらふたりに差し出す。


「すまねぇ……ちょっと色々あってな」

「そうね……色々ありすぎたわ」


 ふたりは差し出したおにぎりを受け取ると「ありがとう」「いただきます」と言ってモソモソ食べ始めた。


「四十万さんどう思う?」

「ん〜? う〜ん……うぇへへ」


 曖昧な返事をする彼女に一瞬ふたりは霹靂へきれきした顔を向けたけど、おにぎりが美味しかったのか夢中で食べてくれた。


「具合悪いの? 保健室行く?」


 真相がわからないけど体調不良なのだろうか。2人揃ってって所が更に謎を呼ぶ。


「二句森、お前はそのままでいてくれ」

「え? あぁうん?」


 なんの事だろう。


「八重ちゃん……いえ何でもないわ」

「うぇへへ♪」


 浅日さんと四十万さんは瞳で語り合っていた。それから少しだけ無言の時間が続いてHRのチャイムが鳴る。結局ふたりが何であんな顔になっていたのかは聞けずじまいだった。



 ――――――




 キーンコーンカーンコーン


「十蔵くん、探検しない?」

「探検?」


 放課後の教室で隣のあの子は唐突に語る。理由を尋ねてみると。


「まだこの学園の全容を知らないからさ」

「なるほど、確かに言えてる」


 思えば僕はまだ学食にも行ってないし、部活棟や旧校舎にも行ってない。色々ありすぎて失念していたけど僕はこの学園で3年間を過ごすのだ。


「いいね!」

「うぇへへ。それと……」


 彼女はいつも通り笑うと前の席のふたりに声を掛ける。


「ふたりも一緒にどう?」


 その瞬間ビクッと肩を震わせたのはなんでだろう。


「……お、俺達もいいのか?」

「お邪魔じゃない八重ちゃん?」


 問われた彼女は僕に視線を向けて「決めて?」と投げかける。


 僕が決めていいのかな。

 四十万さんとする探検も面白そうだけど、こうやって友達同士で何かをするのに憧れてた僕は幼馴染さん達に向かって頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 ポンと肩を優しく触った丸味くんの笑顔が眩しく光る。四十万さんと浅日さんも微笑んでくれた。


 さぁ月詠つくよみ学園を探検しよう!


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