第12話 白いクリームをピンクの世界へ
お昼ご飯を食べた僕達は映画館に併設された建物内をプラプラしている。
『半分こがいいね』
と彼女が唱えたので僕はその気持ちを尊重したい。
「
「ん? まぁね。でもまた今度」
女の子が行きたい所に着いていけばいいと父さんが教えてくれたので僕はそれに従って彼女の後をトコトコと。
「化粧品?」
「
「えぇ……それはちょっと」
「冗談だよ。髪を整えるオイルだよ」
ほへぇ〜と眺めた後に値札に目が写る。
「ほわ! 結構するんだね」
「乙女の嗜みの値段だからね。うぇへっ」
「な、なるほど」
僕なんてシャンプーとリンスくらいしかいないけど、やっぱり女性はそういう所にこだわるんだね。身綺麗にするという面においては僕の何倍も先にいる彼女。というかどの面においても先にいるような気がする。
「ちなみにこんな匂いが好き」
「くんくん……ほわぁ。いい香り」
テスターと書かれた容器を開けて僕の鼻の前に持ってくる。初めて嗅ぐヘアオイルは未知の匂いがした。
「こっちのは大人の女性」
「あっ……これは僕にはキツいかな」
都会の働く女性が付けてそうな香りに少し顔をしかめてしまう。
「これはえっちな気分になるやつ」
「それはそれで大発明なのでは?」
いつもおちょくられてる僕だけどたまには言い返すんだからね。
「うぇへへ。私はいつもこんな気分」
「あはは……うん?」
彼女のツボに入ったのかクスクス笑う姿を見て成功だったと実感する。後半の言葉は分からないけど。
「あの……四十万さん」
「ん?」
暫くヘアオイルコーナーを見ていた彼女に僕はおずおずと口を開く。
「えっと……」
欲しいなら僕が買ってあげる。
と言いたいけど値段を見たら手が出せない。ならその半分はどうだろう。
「…………」
口を開いたけど何も言えないでいると彼女は髪を耳にかけながら優しく微笑む。
「いいよ」
「えっ!?」
僕の心が通じたのかと一瞬嬉しくなった。何かと聡い彼女だから気付いてくれたのかな。まさかアイコンタクトで心が通じ合う日が来るなんて。ドキドキとしながら僕は商品に手を伸ばそうとするけど……
パシッ
「クレープが食べたいんでしょ?」
「へ?」
なんですと?
伸ばしかけた手首を引き寄せて彼女は化粧品売り場から遠ざかる。
「え、あのちょっと」
「さっきからアレ見てたもんね」
「アレ?」
僕は言われて彼女が指さす宙ずりの広告を見てみると『期間限定いちごクレープ』の文字が踊る。
あぁ〜違うんだよ四十万さん。確かに四十万さんの後ろにあったけれど、僕は広告のいちごじゃなくてほんのり頬が赤い
と説明したかったけど僕には出来なかった。彼女は掴んだ手首をニギニギしながらエスカレーターの上の段に登る。その下に居る僕は彼女の胸とお腹に目線が釘付けになってしまった。
「四十万さん前向かないと」
「つむじ可愛いね」
そんな事初めて言われたよ。
「食べちゃいたいね」
そんな事も初めて言われたよ。
そして僕の後ろを見つめていた彼女から「ん?」と変な声が聞こえてきた。それが少し気になって僕も後ろを振り向こうとしたけどエスカレーターの終点が見えてしまった。それに彼女はまだ気付いていない。
「四十万さん前っ!」
「え? あっ」
カツンッとエスカレーターの金属と靴が打ち鳴らす特徴的な音が聞こえた。僕は反射的に彼女の手を引き、一歩踏み出して空いていた手を腰に這わせる。
「「…………」」
幸い後ろから人は来ていなかったらしい。2畳ほどの金属のステップで僕と彼女の艶舞が決まる。
「ごめん……大丈夫」
「……うん。ありがと」
斜めに倒れる彼女の腰を支える僕は羞恥で顔が真っ赤になっていたと思う。それと同時に思い知ってしまう。
「立てる?」
「立ちたくない」
そんな事言わないで。
でも僕も少しだけ同じ気持ち。
「ゆっくりでいいから」
「うん」
ウィンウィンと機械的な断続音が聞こえる中で僕は彼女をゆっくりと起こす。触れていた腰の手を離す時、やはり女の子なんだと実感してしまう。だってこんなにも柔らかいのだから。
この体が僕を守ってくれたように、今度は僕が守れたかな。そんな事を思いながら名残惜しく握っていた手を離そうとすると……
ギュッ
彼女は少し遠慮がちに僕の腕を絡めとる。
「し、しじましゃん?」
横顔に髪がかかって彼女の表情は全くわからない。僕の左腕の8割は今彼女とひとつになった。
「十蔵くんのせいで腰が抜けたから……もう少しこのまま」
僕何もしてないよね?
どっちかというと後ろを向いて……いや、やめよう。
期せずして女の子と腕を組んで歩く事ができる
彼女とゆっくり進むフロアの熱がぐんっと上がった気がした。そんな彼女はもう一度後ろを振り返る。
「ねぇさっきから何を見てるの?」
「うぇへへ。月曜日にわかるよ」
そんな言葉を呟いた彼女の真意はわからない。わからないなら考えない方がいいかな。
「僕にわかるかな?」
「さぁどうだろね」
彼女の熱が僕の腕を通して伝わってくる。それとは別に色々な感触も伝わってくるのだが考えたら火傷しちゃう。
「十蔵くんはどのクレープにする?」
「う〜ん。バニラキャラメルが美味しそう。四十万さんは?」
クレープ屋さんのショーケースの前で僕と彼女は唸っていた。もちろん腕を組んだまま。
「私はやっぱりいちごかな……あっ、でもでも本心を言うと十蔵くんが食べたい♪」
「勘弁してください」
ブレない彼女は「うぇへへ」と笑い期間限定のいちごクレープを、僕はバニラキャラメルを頼む事にした。
「えっと……このままじゃ食べずらいんですけど」
「えぇそうかな〜私は平気だよ?」
フードーコーナーの一角の外が見渡せるカウンター席に座る僕達。精神的にも恥ずかいけど、物理的にも片手だと難しいというか。
「じゃあこうすればいいね」
おもむろに彼女は僕のクレープと自分のクレープを交換したいと言ってきて。
「はい、あ〜んだよ」
「えぇ!?」
それは伝説の女の子から「あ〜ん」のシュチュエーションではありませんか。まさか実在してたなんて。
「これなら食べやすいでしょ? それより先に私の口に入れたい? うぇへっ」
「え、え? えぇ!?」
気が動転する僕は咄嗟に彼女から離れようとして腕を動かすと……ホニョンとした感触が僕の脳内を支配した。
「――っ!」
この柔らかい感触はさっきの腰とは桁が違う。これはもしかして決戦兵器。
「お口じゃなくてそっちが良かった? 十蔵くんも男の子だね」
「ち……ちがっ」
僕の動揺をよそに彼女はここぞとばかりに攻めてくる。
「でもそういうのはどっちかの部屋でしたいなーって……ね?」
ね?
じゃないです四十万さん。
僕は一体どうすればいいんですか?
「早くしないと私が十蔵くんの白くてほろ苦いクリーム食べちゃうよ?」
「うっ……」
彼女はレロレロと舌を動かし自分の手に持ったキャラメルバニラクレープを食べる真似をした。
言い方がいつも特徴的だけどここは漢を見せなければ。意を決した僕は目を瞑って大きく口を開ける。
そして、ペロッとした声が彼女の方から聞こえたけど気にしない。
「あ〜ん」
僕の口に入れられた白いクリームがほんのり暖かったのも気にしない。うん、きっとそ気のせいだ。
「次は十蔵くんの番だよ?」
「うっ……本当にしなきゃだめ?」
「私お腹ペコペコだもん」
「そんなぁ」
ついさっきお昼を食べたばかりだけど彼女はいやらしくそんな事を言う。
「じゃ、じゃあいくよ?」
「あっ」
彼女は口を開けて僕の顔をじっと見る。
「四十万さん。なんで目開けてるの?」
めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
「十蔵くんの白いクリームが私の口に入る瞬間を見たいから」
今更何言ってるのというように彼女は淀みなくそう答えた。僕はその真剣な眼に気圧される形でいちごクレープをゆっくりと彼女の口へ。
まじまじ見てしまう口の中はなんというかとても卑猥に写る。四十万さんの歯並びはとても美しく、健康的な色の舌も素晴らしい。喉の奥の
ごくりっ
誰かが唾を飲んだ音が聞こえた。
「いくよ」
「……ふぁい」
彼女の甘い汁が上顎から垂れる頃、ピンクの世界へ僕自身を押し込んだ。
四十万さん……初デートってこんなにえっちな気分になるんですか?
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