第10話 ソルトレモンとキャラメルPOPコーン
天気は晴れ、僕の星座占いは2位、ラッキーカラーの黄色のシャツを着て駅前の月をモチーフにしたオブジェにやってきた。
「待ち合わせの1時間前に待ってるって変かな」
今回のデートにあたってさり気なく両親に探りを入れた。
曰く、父さんが初デートの時遅刻して母さんを悲しませた事。
曰く、飾らない高校生の範囲でオシャレする事。
曰く、さりげなく車道側を歩いて女性をエスコートする事。
曰く、相手の服装その他を褒めること。
両親の馴れ初めを聞くのは恥ずかしかったけど背に腹はかえられない。僕だって立派な漢になる為に学ばなければいけない事はいっぱいあるのだ。
「ふんすっ! 今日は僕がリードするぞ」
と気持ちは昂っているけれど、ショーウィンドウに写る姿を見て現実に戻される。
「…………」
そして周りに視線を戻すとその現実がより一層の深みを増す。
「待った」 「今来たこと」
「今日の格好も素敵だね」 「やだもぅ」
小綺麗な格好の男性が彼女の肩を抱く。そんな彼女は彼の肩に頭を寄せて密着度を増していた。
「…………」
虚しさが押し寄せる。
見知らぬ彼と彼女の身長差は、僕と四十万さんを逆転したものだったから。
「ねぇあの子可愛くない?」
「んふふっ。誰か待ってるのかな?」
斜め前を通ったお姉さん達はそんな言葉と視線をこちらに向けてくる。
女性から可愛いって思われる素敵な人がいるのかな? もしかして四十万さん?
僕は辺りをキョロキョロするけどそれらしい人はいない。
「……勘違いかな」
一瞬、四十万さんの事が脳裏に過ぎったけど彼女はどちらかというと綺麗という括りになると僕は思う。
容姿で語るなら、艶やかな黒髪と特徴的な涙袋。シャープな顎に程よく肉付きがいいおみ足。バスタオル1枚の扇情的な姿は同級生とは思えない肢体だった。
「……うぅん。なんかソワソワして来ちゃった」
僕は時計を確認してまだ時間に余裕があったので御手洗に行く。帰ってくる時にコンビニで飲み物を買った。
「あと、30分くらいか」
時間が近付くほど僕の心臓がドクドクと早くなるのがわかる。今までは学校でしか彼女の事を見ていないけど、今日はプライベートな彼女を見る事ができるのだ。
「……四十万さんってモテるのかな? やっぱりモテるよね」
いつかの連絡先交換の時もよく声を掛けられていたので他でもきっとそうだと思う。ウチのクラスメイト達は聞き分けがいい方なので一度断られたらしつこく聞く人達はいない。
「はははっ。きっと
最近のクラス内の事を思い出して笑みが零れる。黒神さん達というのは僕のクラスメイトで
彼女達はクラス内のムードメーカーで天真爛漫に振る舞う姿は見ていて飽きない。意見が分かれた時や険悪になりそうな時に間に入って仲裁してくれる頼れる存在。そしてイタズラ好き。
「僕ももっと頑張らなくちゃ!」
他人のふり見てわがふり直せ……の逆の心持ちで僕は拳を握る。
「ねぇ、あの子まだいるよ?」
「もしかして振られちゃったのかな?」
また同じような言葉が聞こえる。その声の方を横目でチラリと見ればさっきのお姉さん達が僕付近を見ているのだけど。
可愛い子って誰だろう?
もう一度同じようにキョロキョロするけどそこには誰もいない……僕を除いては。
「チャンスじゃん?」
「やれやれ、アンタの後は私だからね」
冷や汗が流れる。
お姉さん達は僕の方にヒールを向けると迷う事なくコツコツと歩いてくるのだ。
え?
えっ!
えぇっ!?
思考が追いつかない。
これはまずい。
逃げなきゃダメだ。
いや、でもまだそうと決まった訳では……あっ。
「坊やひとり?」
「誰か待ってるの?」
そうと決まってしまった。
お姉さんからはデパート1階の化粧品コーナーの匂いが漂い僕は一瞬目眩がした。
「あ、あのあの……僕はその」
お店で接客する事は多々あれど、こんな状況は初めてだ。女性に憧れはあるけれど、こんな状況は聞いてない。
「んふふふ。震えちゃって可愛いわね」
「ねぇ坊や、お姉さん達といい事しない?」
いい事?
いい事ってなに?
ズズいと迫るふたりのお姉さんはことさら胸元を強調してくる。
「いや……僕はその……待ってる人が」
これで大丈夫だよね?
そうだよね?
「待ってるってもう30分近くここにいるじゃない?」
「それよりもお茶でもどう? その後は……」
全然大丈夫じゃなかった。
この逆パターンは良くドラマや漫画で目にするけど、まさか僕がターゲットになるなんて。
「ぼくは……」
誰か!
誰か助けて!
情けないと自分でも思う。
色んなパターンをシュミレーションして女の子を守る正義の味方になりたかったけど、これはイレギュラーだよ。
「震える姿もそそるわね……えへへっ」
「じゅるりっ」
四十万さんとはまた違う……それよりももっと危険な香りがお姉さん達から漂っていた。
ぐすんっ。
泣きそうになる僕にお姉さん達のデコレーションした指が伸びて僕の腕を掴む刹那。
パシンッ
「「――っ?」」
乾いた音がした。
「何よアンタっ」
「邪魔しないでっ」
お姉さん達の少しイラだった声を聞き、僕はゆっくり目を開ける。するとそこには……
「私の彼氏に手を出さないで」
颯爽と現れたヒーローのみたいに黒髪が写る。さながらマントの様にファサッと揺れると僕とお姉さん達の間に体を寄せて。後ろ姿しか見えないけれど間違いなくこの人は僕のよく知るあの人だ。
「し、しじましゃん」
涙声になりなが僕はその名を呼んでいた。
「もう大丈夫だよ
――――――
「落ち着いた?」
「……うん。ありがと」
「どういたしまして」
映画館の一角にあるカフェテリアに僕は居る。お姉さん達に連れていかれそうになった時に僕を助けてくれたヒーローと共に。
「ん? どうしたの?」
落ち着いたと言ったけどアレは嘘。高鳴る鼓動が邪魔して僕は視線を固定できない。
「あの……えっと」
父さんに教えてもらった事を実践したいけど口が上手く回らない。
「んしょ……具合でも悪いの」
「ふぅあっ!」
僕の顎をクイッと持ち上げて真正面から相対する。その瞳は真っ直ぐで決してからかっているんじゃないとわかる。
言わなくちゃいけない。
綺麗だと。
言わなくちゃいけない。
似合ってるねと。
言わなくちゃいけない。
可愛いねと。
ピトッ
「熱は無いっぽいけど顔が赤いね」
「――っ!」
自分のおでこをピタリとくっ付けて僕の事を心配してくれる。
「しししししし、しじましゃんっ」
そんな事しか言えない僕を許して欲しい。
僕は知っている。
女性が出かける時は入念に準備することを。
僕は知っている。
普段見慣れない煌めきが
僕は知っている。
言葉を発する唇に朱色の紅が差しているのを。
僕は知っている。
きっとこの日の為に何着もお召し物を選んだ事を。
僕は知っている。
いつもより髪の輝きと匂いが神秘的だという事を。
僕は――。
「――美しいです四十万さん」
彼女の吐息を吸い込んだ僕は言の葉とともにお返しする。
「うぇへへっ! ありがとっ」
弾んだ声の彼女の唇があと少しで触れようとしていた。結局僕はそれだけしか言えず、彼女がおでこを離すまで宝石の様な瞳に釘付けになってしまう。
「そ、そういえば今日って何の映画見るんだっけ?」
「ん〜」
ソルトレモンがじゅるっと最後の一滴の音を立てる頃、ふと気になって聞いてみた。「映画を見に行こう」と誘って貰えたけど何を見るかは聞いていない。
「えっちなヤツ」
「……ごほっがはっ」
え?
なんだって?
「えっちなヤツ」
「えぇぇ! 僕達じゃ見れないよ!」
年齢制限があるって知ってるもん!
それにここの映画館にはそんなの無いよ!
「うぇへっ。からかっただけだよ」
「もうっ!」
彼女なりの気遣いだと思いたい……気遣いだよね?
「十蔵くんはさ、このアニメ知ってる?」
「ん?」
彼女がエントランスで手に取っていた数枚のパンフレットの内のひとつをテーブルに置く。
「これって確か去年やってたヤツだよね! 見たよ!」
内容としては悪鬼羅刹がはびこる世界で主人公の高校生が苦悩しながら成長していく物語。
「知ってて良かったなぁ。あのね、それの前日譚が昨日から公開されてるの。めちゃくちゃ人気なんだよ?」
「そ、そうだったんだ〜」
知らなかった。
確かに昔家族で来た時よりも館内はお客さんがいっぱいだ。
「十蔵くんが良ければそれを見よう?」
「う、うん」
まだ顔が熱い。
あの時から名前で呼ばれてるけど詮索しない方がいいよね? なんだか彼女にならそう呼ばれても良いように思えてくる。
そんな彼女は細い指をストローに絡ませながら僕とお揃いのソルトレモンを口に含む。
「ぷはっ……そろそらチケット買おっか」
「……はい」
僕はソルトレモンになりたいと初めて思った。
操作パネルの列に並び僕達はふたりでお目当ての映画をタップする。
「あっ……」
「これは……」
直近の上映時間の席はほとんどが埋まってしまっていた。空いてても飛び飛びにしかならずこれじゃあ一緒に来た意味が無い。
「もうひとつ後にする?」
「ん〜」
僕の提案に何かを考え込む仕草の彼女。もしかしたら映画を見た後に彼女は予定があるのかもしれない。どうしてもというなら離れて見るしかないのかな……ちょっと寂しいな。
「こっち来て」
「えっ」
タッチパネルの操作を中断した彼女は僕の腕を掴んでズイズイと進んでいく。
「四十万さん?」
「いいからいいから」
彼女の背中を見るのは今日2度目。
1度目は僕を庇ってくれた時、あの時言ってくれた言葉の真意は怖くて聞けない。
『私の彼氏から離れて』
その響きを思い出すだけで頬が赤くなるのがわかる。
でも僕は知っている。
あの時は咄嗟にあぁ言ったに過ぎない。僕を守るために彼女は嘘をついてくれた。漫画やドラマでもよくあること。
だから怖くて聞けないのだ。
拒絶されたらどうしようと思うから。
「いらっしゃいませ」
考え事をしていたら受付までやってきた。にこやかなお姉さんにドキッとしたけど間髪入れずに四十万さんが口を開く。
「あの、この映画ふたりで見たいんですけど」
僕の腕に抱きつくようにした彼女に驚きを隠せない。
そして1秒にも満たない刹那の時間で全てを察したらしい受付のお姉さんがメガネをクイッと持ち上げる。
「それでしたらカップルシートというものがございます。プライベートな空間ですので周りのお客様に遠慮する必要はございません」
お、おぉ?
おぉぉぉ!?
早口で喋り出したけどまだ終わらない。
「さ・ら・に! 現在、スペシャルアイラブデーのキャンペーンを開催しておりまして、カップルシートをご購入のお客様に素敵なキーホルダーをプレゼントしております」
四十万さんが前のめる。
「な・ん・と! フードコーナーで使える割引クーポンも進呈しております。それと……学割も使えますよ♪」
最後にウインクしたお姉さんのテンションは最初から最後まで僕を圧倒していた。
「買いますっ!!」
今日1番のテンションで四十万さんは前のめる。お姉さんとの距離がさっきの僕ぐらい近かった。
「お買い上げありがとうございます」
「むっふ〜ん! どんなもんだいっ」
力こぶを作る彼女は褒めてほしそうにこっちを見ていた。学校での印象しか知らなかったのでイキイキした彼女は眩しく見える。
「す、凄かった」
色々と凄かった。
それにそのチケットって。
「ここになんて書いてあるか読める? んん?」
自分のチケットのある部分を指でなぞりながら僕に迫る彼女は楽しそう。
「カ……」
「カ〜? 何かな〜?」
もう、どうにでもなれ!
「キャップるしーとっ!」
やっちゃった。
「うぇっへへ! キャップるしーと♪ キャップるしーと♪」
ぴょんぴょん跳ねる彼女の腕からキャラメルポップコーンがポロリと一粒。
「今日の気分はバラ色だよ〜♪」
そんな言の葉を添えながら、彼女は暗幕の向こう側から手を伸ばす。
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