第9話 お茶は二度吹く

「お、真打ち登場」

「ちょっと!」


 丸味まるみくんの発言に浅日あさひさんがコツンと肘を当てる。


「し、四十万しじまさん、普通に登場してくれないかな?」


 僕の指にはまだ生暖かい感触が残滓のように残っているのだけど。そんな彼女はいつもどおりに笑いながら僕の指をギュッと掴む。


「うぇへへ。普通に登場しても面白くないでしょ?」


 別に面白さを求めてないけれど。


「ところで何の話してたの?」

「えっと……」


 僕とアナタの話ですよ。と真っ直ぐ言えたらカッコ良いけれど僕にそんな勇気は無い。

 しかしそれは僕の個人的な感情で、目の前の幼馴染さん達には関係ないのだ。


「ふたりがいっつも楽しそうだなって」

「そうね、お似合いだと思うわ」


「「ふぇ?」」


 この「ふぇ?」は僕の反応だったけど、心なしか隣からも聞こえた気がした。まぁそれはいいとしてせっかく話題を振ってもらったので、ふたりの事を沢山話そう!


「四十万さん聞いてよ!  ふたりって幼馴染なんだって」

「幼馴染?」

「うん、あのね――」


 僕はついさっき聞いたふたりが家で映画を見てる事を語っていた。僕にもし幼なじみがいたのならこんな風になりたいと願望を込めて。


「――なるほどなるほど、ふたりはホの字って事ね」


「「んなっ!」」


 僕の語りが良かったのか四十万さんもなるほどと理解を示してくれる。そんなふたりは少し驚いていたけどどうしてだろう。


 あとホの字ってなんだろう? 

 もしかして幼馴染の隠語かな?

 お花摘みも隠語だったしきっとそうだよね!


「うんっ! ふたりはホの字なのっ」


 僕も四十万さんに倣って同じ事を言う。

 合ってるよね? 

 と目の前のふたりを振り返るとけど。


「「ド天然オバケ」」


 と机に突っ伏してしまった。


 僕は何か間違えたのだろうか。四十万さんの言う通りに言葉を発しただけなのに。


「あのあのっ、もう一個ゼリー食べる?」


「「……もらう」」


 突っ伏していたけどやっぱり小腹が空いてたんだね。それに息もピッタリだし、やっぱりこれが幼馴染ってやつなのかな……あっ、ホの字だったっけ。


 四十万さんの方をチラリと見ると「くくくっ」と声を殺して笑っていた。そんな笑い方もできるんじゃん! と少し言いたくなったけど彼女の横顔に見蕩れてしまう自分がいる。



 ――――――



 キーンコーンカーンコーンッ


 高校の授業にも少し慣れてきた今日この頃。勉強は難しいけどなんとかついていけてる気がする。丸味くんは言動から大雑把な印象だったけど、授業中はとても真面目に聞いている。時折隣の浅日さんに休憩時間を使って質問してるのを見ていたからかもしれない。


「……人って見かけによらないよね」


 初対面で判断するのも必要かもしれない。けれどこうしてじっくり観察しないと分からない事もある。


『人外魔境の学園は決してお前を見放しやしないぞ』


 見た目で判断されて悩んでいた時に父さんがこの学園を勧めてくれた。決して虐められていたわけではなく、力仕事とか男子がやりそうな事からは離れた作業に回されていた。


「気遣いだったのかな」


 今思えばあの頃のクラスメイト達は適材適所を選んでくれていたと思う。それをわからないまま自分自身の殻に閉じこもっていたのは僕の悪い部分だ。


「――くも――くん」


 もっと自分から関わらなくちゃダメだよね。


「よし、僕もいっぱい勉強するぞ!」

「二句森くん!」

「のわぁ!」


 思考の渦に没頭していると不意に目の前に暗幕を降ろされた。


「さっきから呼んでるんだけど聞いてなかった?」


 失礼。

 暗幕ではなく絹のような肌触りの石けんの束。


「ふわぁ、いい香り」

「うぇへへ。ありがと。っんで呼んでたんだけど?」

「ごめん四十万さん考え事してた」


 黒髪をこんなに近くまで感じた事はない。石けんの香り……と評したけれど彼女の雰囲気とか色々混ざって女の子の香りなんだと改めて思う。


「勉強するって言ってたけどなんの勉強?」


 えっと……何だろう?


「もしかして夜の勉強?」


 確かに勉強は夜するよね。

 帰ってからは店の手伝いをしてご飯食べてお風呂入って。四十万さんへの問に今度は間違えないぞ。


「うん、夜の勉強!」


「ぶはぁ」

「ぐはぁ」


 ん? 前の席の幼馴染さん達がお茶を吹き出したよ?


「だ、大丈夫ふたりとも?」


 僕は慌ててポケットティッシュを渡すとふたりは咳き込みながら確認をしている。


「な、言っただろ。二句森はやべぇんだよ色々と」

「こればかりはアンタが正しいわ」


 なんの話をしているのでしょうか?

 僕にはよくわかりません。


「そうだ四十万さん話があったんだよね?」


 この調子ならふたりは大丈夫そうと判断した僕は彼女に話題を振る。そしてニヤニヤした顔のままゆっくりと口を開いた。


「ん。今週末のデートについて話したかったの」


「「あぶはぁへいゃっ!」」


 気を取り直して喉を潤していたふたりの口から世界遺産の噴水が出ていた。


 なんか……ごめんなさい。



 ――――――

 ――――

 ――



「ふたりには悪い事しちゃったかな」

「うぇへへ、寧ろご褒美たと思ってると思うけど」


 そうかなぁ。

 確かに怒ってはいなさそうだったけど。


「結局放課後になっちゃったね」

「私、この時間好きだよ」

「僕も」


 ひとしきり生徒が帰った教室に僕と彼女は隣り合わせ。


「こっち向いてくれないの?」

「いやぁ……あのですね」


 とりあえず今日1日は無心になろうと思ったけどやっぱり無理だった。ふたりになったとたんに昨日の最先端通信機器での液晶画面がありありと脳内に再生されるわけでして。


「よ・る・の・お・べ・ん・きょ・う♪ の足しになるかもよ?」


 彼女の姿とお勉強になんの関係があるのだろう。どちらかというと雑念を抱いてしまって集中できないと思うけど。


「そ、それよりも今週末の事だよね?」

「今週末のデートの事だよ」


「お、お出かけ」

「デートだよ」


「……おで」

「デート」


「……で、デートの事ですはい」

「うぇへへ! 素直でよろしい」


 彼女は毎日楽しそうだなとつくづく思う。僕をからかっているのかなと不安になるけれど、悪意が無いのはなんとなくわかる。


「あの四十万さん。関係ない話していい?」

「うん。24時間付き合うよ」


 それじゃあ明日になっちゃうじゃん。とはいえこうして僕の緊張を解いてくれているのは彼女なりの優しさなのかもしれない。

 今から言う事は唐突過ぎる内容だ。けれど丸味くんと浅日さんを見ていたらどうしても聞きたくなったのだ。


「あのね。どうして僕と関わってくれたの?」


 きっかけはなんなのだろう。

 単に席が隣ってだけでこんなに仲良くしてくれるかな?


「…………」


 彼女からは何の反応も返ってこない。

 表情は髪で隠れてわからない。


 2分ほど待ってみたけど無言のまま。だから僕はアプローチを変えてみる事にした。


「もしかして僕達って昔どこかで会ってる?」


 質問形式なら答えやすいかな。

 どうやら当たりらしくキョトンとした彼女は首を横に振る。


「私は高校に入ってからが初めて」


 なるほど、という事は僕の幼馴染という線は無いのか。前の席のふたりを見たからちょっと憧れがあったんだけどな。


「えっと、前世で生き別れた兄弟的なのは?」


 最近やってたファンタジー作品でこういう設定があった。もしかしたら四十万さんは創作物に興味が無いかもと思ったけどそれは杞憂に終わる。


「私の前世、女豹だから」

「ア、ハイ」


 それはとても納得です。

 他には何があるかな。


「親同士が仲良いとか?」


 これはほぼ可能性はゼロ。


「二句森くんの家がお肉屋ってのは初めて知った」


 ですよねぇ。


「……う〜ん」

「もうネタ切れ?」


 僕に考えつくのはそのくらいなので白旗をあげようかな。


「はい。もう無いです」

「じゃあ私の勝ちだね!」

「なんでぇ?」


 一体いつから勝負してたのさ。

 そんな彼女は「まだ内緒♪」と言って唇に人差し指をあてる。


 あぁ、絵になるなぁ。


 笑い方とか行動とかはまぁちょっとアレだけど、彼女の一挙手一投足は僕の心を掴んで離さない。


 四十万さんの事もっと知りたいな

「四十万さんの事もっと知りたいな」


 心の中だけなら本音を言ってもいいよね。


「それでデートの事なんだよね……アレ? 四十万さん?」


 唇に指を当てたまま固まってる彼女に僕は手のひらをフリフリ。


「へ、うぇへ……へへへっ」


 少しだけ笑い方がぎこちない彼女に違和感を覚えたけれど誰しも調子が悪い時ってあるよね。


 そして1番の本題だけれど。


「二句森くん。一緒に映画を見に行こう」


 彼女は僕をデートに誘った。


「はい喜んで!」


 そしていつか僕が彼女をデートに誘えるようになるんだ。


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