第8話 メイトinゼリー
「林間学校楽しみだね〜」
「どんな事するのかな?」
「この学園の行事はどれもデンジャラスらしいよ」
クラスメイトの言葉を聞きながら僕と四十万さんも席に着く。
「四十万さんは林間学校って行ったことある?」
「うんあるよ。そういう聞き方をするって事は
「実はそうなんだ。中学の時は体調崩して行けなかった」
「なら今回が初体験だね! うぇへへ」
なんでいつも際どい言い方をするのかな。
「し、四十万さん。その言い方はちょっと色々まずいって」
「うぇへへ」
ほら、周りのクラスメイトがそっぽを向いてるじゃないか。それはそれとして。
「どんな事するのかぁ。楽しみだなぁ。焚き火でお芋とか焼くのかなぁ」
「うぇへ。可愛いなぁ〜食べちゃいたい」
ひと月も先の行事に思いを馳せる僕は少し子供っぽかったかもしれない。彼女が呟いた"可愛い"の言葉をスルーしつつホームルームまでの時間を満喫する。
「あのさ四十万さん」
「ん?」
「聞き辛い事聞いていい?」
「私のスリーサイズ? いいよ。上から……」
「はわわわわっ! 違うから興味はあるけど違うからっ」
「興味はあるんだね」
ダメだ。昨日からずっと彼女のペースに踊らされている。
「ごめんごめん」
「うぅ……」
四十万さんはホントずるい。
「ちなみにさ」
「なに?」
話を振るつもりだったのにやっぱり彼女のペースに巻き込まれる。
「私の今の気分は何色でしょう?」
気分って確か。
「朝答え言って無かった?」
「いいからいいから」
なるほど、今な気分って事ね。
ブルーから始まって段々明るくなってきたし、今朝は桜色で……う〜ん。
「赤?」
さて彼女の答えは。
「ブッブー! 正解はワインレッドでした〜」
「えぇ! それ赤じゃん。正解じゃん。四十万さんずるい」
「正確に言わないとダメなんだよ〜っだ」
あっかんべーをする彼女はキャッキャと笑い楽しそう。
「それじゃあ罰ゲームだね」
「聞いてないよ!」
彼女はいつも突然だ。
「あ、その前にお花摘みに行ってくる」
「あっ、うっ……」
その単語は僕にとってはトラウマです四十万さん。
「二句森くん、今日は着いて来てくれないの?」
上目遣いで楽しそうにする彼女に僕は白旗を上げてしまう。
「勘弁してください。何でも言う事聞きますから」
「うぇっへへ。言質取ったからね」
ルンルン♪ とスキップしそうな勢いで彼女は教室から出て行った。
ワインレッドってなんだろう?
血のような赤って事かな?
う〜ん、僕の血でも飲むのかな?
「ふぅ……何なんだよもぅ」
彼女との会話は楽しいけれど精神がすり減る感覚になる。教室に取り残された僕は少し寂しいなと感じていると前の席から声が聞こえた。
「ぐふっ、あはははっ」
「ちょっと笑っちゃダメ……うふふっ」
はてな顔の僕を
「はぁ……はぁ。ごめんごめん。ふたりの会話があまりに面白かったから」
「ちょっと正直に言い過ぎだってば!」
「お前もそう思ってるじゃんか」
「うっ……」
振り向きながら謝ってきたのは僕と四十万さんの前の席のふたり。
「えっと、
「気にすんなって。いつも楽しませて貰ってるから。ちゃんと話すのはこれが初めてだな。
大柄な容姿に比例して声も大きくハキハキしている。僕の目指す男らしさを持っているようで少し羨ましい。
「ちなみに俺は何でも1番がいいんだ。成績だろうとスポーツだろうとな」
「う、ん?」
急になんだろう。確か自己紹介の時も似たような事を言っていた気がする。
「だから俺の事はナンバーワンの帯太。オビワ……んごっ」
「はいはい暑苦しいのはほっときましょうね。ごめんね二句森君、こいついつもアレだから」
オビワ……けふんっ。丸味くんを力で遮ったのは線の細い印象の女の子。
「改めまして自己紹介するわね。私は
「こちらこそよろしくお願いします」
この人は普通そうだな。何かあるんじゃないかってドキドキしてしまったけど気にしすぎかな。
この学園は人外魔境だからね。
この前の放課後もどこかの部室で変な儀式してたし。
「ちなみに私の事は親しみを込めてアサシンって呼んでくれていいわよ」
「えっ?」
アサシンさん?
それって
「ったくおめぇが1番厄介だっての」
「アンタこそ何言ってんのよ。映画の見すぎよ!」
「いいじゃねぇか人の趣味ぐれぇ」
「1日中何シリーズも付き合わされる私の身にもなりなさいよね?」
「なんだとぉ!」
「何よ!」
あわわわ。急に喧嘩になっちゃった。一体どうすればいいんだ。
「ふ、ふたりとも落ち着いて! と、とりあえずゼリー食べる?」
喧嘩の原因はお腹が空いてる事が多いと父さんと母さんが言っていた。ならば例に漏れずコレで解決するはず。
「「…………」」
アイタタタ。
これは失敗したかな。
父さんと母さんはいつもこれで機嫌が直るのに。
「あの……もらってくれないの?」
「「――っ!」」
なんだか泣きそうになってきた。
四十万さんにからかわれ、目の前のふたりの喧嘩も止められない。これじゃあいつまで経っても漢らしくなんて。
しょんぼりしているとさっきまで喧嘩をしていたふたりが慌てたようにまくし立てる。
「もらう、もらうからっ! だからそんな顔しないでっ」
「そ、そうだぞ! 悪かったって、な?」
何が琴線に触れたか分からないけど僕の手からひと口サイズのゼリーを受け取るとパクっと口へ運ぶ。
「うまいっ! うまいぞ二句森」
「えぇ、とても優しい味がするわ二句森くん」
その言葉に少しだけ元気になった。
「しかしアレだな」
ゼリーを堪能した丸味くんが改めて僕へ向き直る。
「二句森と四十万の会話が面白過ぎる!」
「へ?」
傍から見たら面白い……のだろうか。
「そうなの?」
僕の疑問顔に浅日さんはむむむっという反応をしながら眉間に指を当てる。
「なんというかチワワとシェパードのじゃれ合いを見ているような」
「お前も俺の事言ないぐらい失礼だ」
僕がチワワだよね……それは何となく分かります。
「アンタは何も分かってないわ。懸命に吠えてるけど弄ばまれてる感じが堪らないのよ」
キャンキャン吠えるように見えているのかな。
「いやいや二句森の天然具合が突き抜けてるのがいいんだって! お前も聞いてただろ? この前の――」
僕抜きで僕達の会話をしているふたりに何を言えばいいのやら。ふたりは主張が違うけど僕と四十万さんを良く見てくれてるみたいだ。
それがなんだか嬉しくて……同時にそんな関係が羨ましくもある。
「ふたりは……あの。お付き合いされてるんですか?」
「「――っ!」」
ふたりのように気の置けない会話ができる関係になりたいな。その想いから自然と言葉が出てきた。
「いや……俺達はただの」
ただの?
「……幼なじみって言うか」
幼なじみ。僕にもそんな人が居たらこんな風になれるのかな。
さっきまで喧嘩のような言い合いをしていたふたりは別方向を向いてボソボソ喋っていたい。
「お似合いだからてっきり恋人同士なのかと思っちゃった。へへっ」
いい関係だなぁ。
そんな僕の言葉に顔を赤くしたふたりは。
「見ろ。これが究極天然オバケだ」
「真っ直ぐ過ぎて目眩がしてきたわ」
オバケ?
何の事だろ。
とりあえず僕もゼリー食べよっかな。これ甘くて美味しいんだよね。人差し指と親指で中のプルルンルンルンを押して口に運ぼうとすると、首筋にサワサワした感触が伝わる。
あもんっ
「ひゃい!」
人差し指と親指に生暖かい吐息がかかる。
そして横目には黒と肌色のベールが顕現する。
「もきゅっもふっ……んふっ。二句森くんの濃厚ゼリー頂きました♪」
ワインレッドの姫が妖艶に登場しました。
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