第7話 葉桜の君
僕が暮らす
普通ならホームルームの10分前に着くように出て行くけど何故か今日は早く家を出た。
「うぅ、
眠たい目を擦りながらひとり通学路を歩き睡眠不足の犯人に嫌味事を呟く。誰かに聞いて欲しい訳でもなく唐突に声に出したかった独り言。
「私がどうしたの?」
「どひゃっ!?」
突然後ろから声が聞こえた。慌てた僕は民家の壁に飛び退いてしまう。声を掛けてきた人物とは。
「し、しししししじましゃんっ!?」
「うぇへへへっ。しじましゃんだよ。おはようじゅう……
バクバクする心臓を抑えながら改めて彼女を見る。普段教室で目にする彼女と同一人物なはずなのに、1歩外に出るとまるで別世界の住人のように感じてしまう。
「……おはよう二句森くん?」
僕の返事が無くて少し寂しそうにする彼女は風邪でなびく髪を抑えながら近付いてくる。昨日の今日でどう接していいかわからない僕は慌てて挨拶を返す。
「お、おはよう四十万さん! 今日も綺麗だねっ!」
「ほえ?」
アレ? 僕はおはようの後に何て言ったのかな。それに四十万さんが今まで見た事無い反応をしているぞ。もう一度やり直そう。
「お、おはようございます四十万さん」
きっと僕の勘違いだ。さっきの言葉は別の世界のもう1人の僕が言ったんだ。
「うん。おはよう二句森くん。ちなみに今日の気分は桜色なの」
今度は正解だったみたいで彼女は目を弓なりにして朗らかに口にした。
「桜って僕の好きな色だ!」
「うぇへへ、当たり」
ほらね? やっぱり勘違いだったんだ。
僕の好きな色の気分の四十万さん。
僕の好きな――の四十万さん。
「……二句森くん」
「ふぇ?」
少しだけ無言の時間を味わった後、彼女がきっかけの言葉をくれる。
「今日は少し早いね?」
「……うん。今日はちょっと気分的に早起きしちゃって」
気分的に早起きというか寝れなかったんだけどね。そしてその原因は目の前の桜色な彼女だけれど。
「そっか」
「うん。四十万さんはいつもこの時間なの?」
いつものように彼女からの怒涛の言葉はない。思えばいつも話題やきっかけをくれるのは彼女だ。
僕が会話をリードしなくちゃ。
ここが漢の見せどころ!
「私の事が気になるの?」
「うくっ」
誰がリードできるって?
「まぁその……はい」
「うぇへへ。嬉しいな」
もしかしたら素直が1番なのかもしれない。
「私はいつもこの時間かな」
「そうなんだ」
また無言の時間がやってくる。ザァ〜ザァ〜とした音の方を見れば、通学路の桜の木はいつしか緑色が多くなっていた。
「あのさ四十万さん」
「ん?」
女の子と一緒に登校なんて夢のようだけど、ここは務めて冷静に話題を振らなければ。
「四十万さんの好きな食べ物ってなに?」
当たり障り無い話題だよね?
大丈夫だよね?
子供っぽいって思われないよね?
そんな僕の心の内とは裏腹に彼女はどこか真剣に悩んでいる。これは当たりを引いたかもしれない。彼女のどんな答えにも返せるように、僕は頭の中で数十通りのプランを組み立てる。
「二句森くんの瞳かな」
「ぶはっ! ちょっと真面目に答えてよ!」
誰が上手く返せるって?
ってかまだそのネタ引きずってたの?
まったくもう。四十万さんはやっぱりいつも通りだ。
「まぁまぁ、私の事は置いといて二句森くんの好きな人教えてよ?」
「えぇ僕? 僕の好きな人は、し……」
ん? ちょっと待ってちょっと待って!
彼女は今なんて言ったの?
そして僕はなんて言おうとしたの?
「し〜?」
「いや、これは違くてっ」
好きな人?
好きな物じゃなくて?
「その続きが聞きたいな? 聞きたいなったら聞きたいな♪」
「もう、からかわないでよ!」
彼女のペースに乗せられるまま気付けば校門まで来てしまう。いつもはひとりの登校だったけど誰かと喋りながら歩く道のりは楽しいな。
もっと喋っていたい。
「赤くなってどうしたの? 私に惚れちゃった?」
「うぐぐぐっ……」
「ん? ほれほれ言うてみ?」
生徒がチラホラ居る敷地内に僕と彼女だけの空間が出来上がる。
「四十万さんと一緒に歩けて楽しかっただけっ」
これだけは疑いようのない真実。
ちょっと投げやりに言い放つ僕はぷいっとそっぽを向く。
「私もだよ
不意に呟かれた言の葉は桜の葉とともに僕を掠める。
「ずるいよ……四十万さん」
「うぇへへ。じゃあ今日も1日頑張っていこー!」
駆け出す姿に追いつきたくて僕も葉桜の回廊に躍り出る。
もっと彼女の事を知りたい。
降り注ぐ葉桜が彼女を神秘のベールで包んでゆく……その光景は心から美しいと感じた。
「置いてくよ」
「あ、うん!」
駆け出す一歩は君に届くかな。
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