第15話 おにぎり女

1999年夏…

 

 ぼくは素敵な彼女に出会った。

 

 街コンパーティーで…追憶

 

「もしかして、君って さくら?」

 

 ぶしつけな質問から会話が始まる。

 

「何、私がお金貰って参加してるって訳!?ふざけないで」

 

 彼女は実際のところ『さくら』であった。

 でも本気でぼくに恋してくれた。

 

「名刺の裏に携帯番号書いておくから」

 

 ぼくは彼女が『さくら』だと確信した上であえて連絡先を忍ばせる。

 

「一応貰っておくわ」こんな田舎の街コンで、煌びやかすぎる彼女は紛れもなく『さくら』であった。名前も「桜」と名乗っていた。

 

 

 3日後、彼女から電話が携帯にかかって来た。

 

「もしもし、〇〇君。もしよかったら、週末どっか行かない?」

 

 ぼくは彼女は確信犯だと思っていたのだが、あえて応戦する。

 

「いいよ。どこにする?秋だから紅葉でも見に行く?」

 

「いいわね。じゃあお弁当を作っていくわ」

 

 なんかさくらの発言ぽくない。紅葉デートもまんざらでもないかのよう。

 

 3日後、彼女宅へ迎えに行くと頬を赤く紅葉色に染めて、お弁当袋を手渡して来る。

 

(おや、なんかイメージと違うぞ。どうせさくらなくせに)

 

「桜、おにぎり作って来たの4つ。おかずないけどイイ?」

 

「ぜんぜんイイよ。じゃ、車に乗って」

 

 ぼくは助手席のドアを開け、彼女を紳士的に一応エスコートする。

 

 久々のトキメキで、車中『ドギマギ』して上手く喋れない。

 

「そういえば、家立派だね」

 

「あらそう。父親が建設会社の社長だから」

 

 さりげなくお嬢ぶってくる。さくらのくせに…

 

「兄弟姉妹はいるの?」

 

「お姉ちゃんがひとり。東京でモデルの卵やってる」

 

 おかずは無いと言ってたのに、ゆで卵をぼくに勧めてくる。

 

「おにぎりは運転しながら食べるの大変だから、ゆで卵作ってきた」

 

 ぼくは彼女からの口移しで口に卵を含む。

 

 ドキドキした。ぷるるん。

 

 彼女の可愛い唇を見つめると、なんだかさくらに思えなくなって来た。

 

「桜さ…」

 

 彼女は無邪気に自分のことをお喋りして来る。僕は聞き手に尽くす。

 

 

 やがて絶景の紅葉が望める観光地に到着し、二人乗りの観光用自転車に乗り替え、ピクニックに出かける。

 

 昼時に、自転車を降り、ふたりで川辺でレジャーシートを敷き、さくら色のおにぎりを頬張る。

 

「おいしい?」

 

「うん おいしい」

 

 

 帰途の途中、彼女の自宅近くで、ラブホを見つける・・・ホテル「ピクニック」

 

「ちょっと寄ってく?」

 

「いいわよ」

 

 軽く甘いひとときの後、ぼくは眠ってしまう。

 

 目が覚めた瞬間、財布やお気に入りの高級時計が盗まれたのに気づく。

 

 

 置手紙が一通置いてある。

 

 

「ごめんなさい。今日1日とても楽しかったわ……」

 

 

 ぼくの勘は正しかった。

 

 

 令和元年秋。

 

 ぼくは息子に思い出を話す。

 

 夏から秋にかけて続く『誘惑』には惑わされるなと。

 

 泡い思い出が秋風にピューと溶かされ、ぼくのこころをまどろませる。

 

 奥のキッチンから妻のの声が響く。「ゆで卵出来たわよー」 

 

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