第4話 エリザベスと新弟子試験 2
問題を起こしたのは、髪を赤く染めたヤンキーっぽい子…ではなく、
むしろ彼女は高レベルで穴のないオーソドックスなレスリングで先輩とのスパーリングをいい感じで終えた。
道着を着た空手少女が突きも蹴りも出すことなく、難なく転がされ極められ続けて試験を終えた後、次に呼ばれたのはぽっちゃりさんだ。
あたしの近くを歩いていく彼女の腕や足を見ると彼女の身体は脂肪ではなく筋肉で覆われていた。
恐らく全身そうなのだろう、彼女はぽっちゃりではなく力士のような全身筋肉の塊なのだと思う。
レスリングマットに上がり、合図とともに左手を前に突き出し半身に構えた彼女は、
右手を上げた先輩の腹に右ミドルキックをぶち込む!
一撃の重さを感じさせる打撃音が道場に響き渡り、先輩が腹を抱えてダウンする。
悪びれることなく先輩に近づた彼女は、先輩の腕を取り首周りを両足で締め上げ三角締めを極める。
完全に極まった為たまらず先輩が彼女の足をタップする。
ホールドを解き悠然と立ち上がる彼女と違い、先輩の目には恐怖が浮かんでいる。
そこへ、
「デビューしてるお前が受験者にビビってんじゃねーぞ!」
怒声が飛ぶ。
あれは中堅の萩尾奈々選手じゃ?
萩尾選手に一喝された若手試験官は闘志を漲らせて、彼女からテイクダウンを奪い膝を極める。
今度は彼女は素早くタップする。
その後は重い打撃を浴びせて試験官の隙を作った彼女が柔道風の関節を極め、あるいは決めようとするのを試験官が防いで逆に捕らえるという流れで5分が過ぎた。
その後角刈りで背の高い子の試験があり、次はとうとうあたしの番だ。
ロングの金髪を改めてポニーテールにまとめ、気合を入れるために自ら頬を張る。
レスリングマットの中央で待っていると、向こうから現れたのは先ほどの萩尾選手だ。
今日ここにいる試験官の中では恐らく頭一つも二つも飛び抜けた実力者だ。
あたしは内心で恐怖とそれに反する闘争心に駆られていた。
安土女子の力を試験で感じることができる、そんな幸運めったにないはず。
そう思って舌なめずりをし、試験開始の合図とともにあたしは素早く萩尾選手の足を取りに行く。
萩尾選手が両足を引きあたしの背に両手をついてプレッシャーをかけながらタックルを切る。
ここ!
うつ伏せでかがんだ体勢からあたしは体を半分ひねり、萩原選手の右手首を右手で掴み取り右腕を引いて萩尾選手を下敷きにしてアームロックを極める。
極めた!
そう確信した瞬間両足で首を極められる。
あたしが片腕で両足のロックを外そうとしている間に萩尾選手はアームロックから脱出し、首を極めたまま下半身の力であたしを投げ飛ばす。
くるりと回って背中で受け身を取ったあたしはすぐに立ち上がる。
強い!
あたしを投げる時も態々受け身を取りやすく投げてたし、まだ実力の半分も出さず流してるんだろうけど、それでもこの人がとてつもない実力者であることは間違いない。
なんとか一本取れれば、二次試験は間違いなく合格のはず。
悩んでる暇はない!
あたしは萩尾選手とがっぷり四つに組むと彼女の頭を左脇にヘッドロックし、自らの足を彼女の両足に絡ませヘッドロックを解いて彼女を前のめりにテイクダウンさせる。
前世で一大ブームを築いた初代虎のマスクの人の得意なムーブ、幸いこの世界ではやってる人はいなかったので中学三年間家族の協力の元、基礎トレーニングと並行してレスリングと記憶にある名レスラーのムーブメントを練習してきた。
両親がサッカーのトッププレイヤーで裕福な我が家には庭にあたし専用の道場がある。
そこでやれること、思いついたことをやってきたのだ、ブルジョワチート舐めんな!
予想外の動きで虚を突かれた萩尾選手の股間にお尻側から足を入れ、十字に組ませインディアンデスロックを極める、今回は萩尾選手は極めさせてくれた。
叫び声をあげながらあたしは仰向けに倒れ込む。
一回
二回
三回目に行くと見せかけて萩尾選手の右肩辺りでブリッジをし、両手で彼女の首を極める。
いわゆる鎌固めである。
完全に極まったと思ったが今度は力づくで外される。
そしてあたしごと反転すると決めていた足も外され、そのままするっと背中から首に両腕を回され
『裸締めいやスリーパー!逃げないと!』
だが萩尾選手に上に乗られ、もがいてもびくともしない彼女に手足はもとより身体を振って逃れようとするがまるで逃げられず、いつしかあたしの意識は闇に飲み込まれるのであった。
気が付くとアヅジョのジャージを着たお姉さんに両足を持ち上げられた状態で横になっていた。
しばらくして意識がはっきりすると、
「試験!」
起き上がろうとして足を引っ張られ再び転がされる。
「落ち着きなさい、あなたの試験は終わりです。まぁ萩尾さん相手にあれだけ動けたんだから悪い事にはならないわよ」
お姉さんが宥めるように声をかけてくれる。
道場の中心では掛け声や叫び声が未だ続き他の人が二次試験を受けているのが伝わる。
悔しい!
あれだけ家族に協力してもらったのに、一本も取れなかった…
試験に受かるかどうかよりも、そのことが単純に悔しかった。
あたしが泣きそうになっているのを見てお姉さんは、
「あなた何者なの?萩尾さんはここの道場主みたいな人でうちの若手でもあなたほどあの人相手に動ける子は少ないのよ。妙な動きやマイナーな技を使いこなしてたし、変な子だけどあなたは合格すると思うわ。だから泣くのをやめなさい」
真摯な声音でそう宥めてくれる。
「一本も…取れなかったの…」
悔しげにそういうと、
「あのね身の程をわきまえなさい。負けず嫌いは悪い事じゃないけど基礎体力も基本的な技術もあなたとあの人とでは天と地ほども差があるの。それを流してたからといって萩尾さんを自分の動きにあわさせるなんて普通の入門希望者にはできないのよ?大丈夫だから、落ち着きなさい」
そうしてお姉さんに慰められていると、二次試験のスパーリングを全員が終えたので、別室で一人一人面接を行うと伝えられた。
お姉さんは
「頑張ってね」
と、あたしの頭を撫でて励ましてくれるとそそくさと道場の片づけに行ってしまった。
二次試験を受けた入門希望者たちは道場の隅に置いてあった荷物から着替えを出すと着替え始める。
しばらくして若手の選手が面接の順番が来た子を呼びに来てくれる。
何を聞かれるのか?どう答えればいいのか?不安が募る。
面接が終わった子はそのまま帰途に就くようだ。
なので何を聞かれたか?はわからない。
そして私が呼ばれた。
若手の選手が先導して道場を出て一階の別室に案内される。
ドアをノックすると入室の許可が下りる。
ドアを開け一礼し、試験番号と名前を告げる。
席に着くよう促され着席すると、社長のジョニー・キッドさんを始め数人の男女が並んで座っているのが目に入る。
すると神経質そうな壮年の男性が、
「飯富エリザベスさん、あなたはなぜプロレスラーになりたいのですか?」
そう質問してきた。
あたしは迷わず、
「小さい頃私が住んでいる甲府で安土女子プロレスの試合がありました。生まれて初めて見るプロレスに興奮し、愛川真美選手のデビュー試合を見て感動した私は、愛川選手を追いかけてサインをもらい、将来絶対に挑戦者として前に立つと誓いました。人に生きる勇気を与え心を震わせる、そういう感動を他の人にも経験してほしくてレスラーになりたいと思いました」
そう答えると。
「ではなぜ安土女子を希望したの?」
あれ?この人長山千春さんじゃ?一瞬そう思ったが、
「愛川真美選手と史上最高の試合をしたいからです」
と言い切った。
重い沈黙が部屋に満ちる。
それを振り払うように神経質そうな壮年の男性が、
「社長何かございますか?」
と水を向けると、ジョニーさんは
「貴女処女よね?」
と聞いてきた。
あたしは意味が分からず、
「はい、そうですが…」
と反射的に答えると、ジョニーさんは
「男を知らないあなたの清純さと、男のように闘志に燃える瞳は男女問わずファンがつくと思うわ、頑張りなさい」
と、励ましてくれたのだった。
「ありがとうございます」
思わず返事をすると、
「合否は一ヶ月ほど後に郵送で通知しますので、合格した場合卒業後春から入寮してもらいます、詳細は合格の通知と一緒にお送りしますね」
出来る事務のお姉さんといった感じの女性がそう告げると、
「本日はお疲れさまでした」
と退室を促される。
あたしは立ち上がって、
「ありがとうございました」
と一礼し、退室した。
部屋の外で若手のお姉さんから
「お疲れさまでした、このままお帰り下さって構いませんので、お帰りになってゆっくり疲れを癒して下さい」
そういわれて部屋の前からエントランスへ案内し送り出された。
最後の社長のアレは何なんだ?とあたしは呆然としながら
甲府への帰途に就くのだった。
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