第5話 エリザベスと合否通知
入門試験の翌日の昼過ぎ、安土女子の会議室では社長のジョニー・キッドを始めとする、昨日の面接官たちが集まっていた。
神経質そうな壮年の男、井村営業部長が
「では今年の最終試験合格者は
不動恵
長友優子
橋田真琴
支倉響
小山直子
山下恵子
飯富エリザベス
以上の七名でよろしいですね?」
確認の意味を込めてそう伝える。
一瞬会議室がざわめく、
「打撃なしのスパーリングというルールを無視した支倉と橋田を合格させるのですか?」
眼鏡をかけた出来る女性という雰囲気の本宮経理部長が非難がましく問う。
それに対して社長のジョニー・キッドは、
「禁じられたからやらない、言われたことしかできない、そんなレスラーに誰が魅力を感じるのかしら?試合でなんて4カウント以内にやめれば反則は許されるのよ?それを利用する知性のない子は必要ないの」
とにべもなく切り捨てる。
次に口を開いたのは人事部長になったばかりの長山千春だ、
「レスリングの強化選手だった不動と、華のある飯富は鉄板として、坂東と尾坂は切るにはもったいなかったのではないですか?二人とも良いもの持ってると思いますし、小山と山下と入れ替えてもよいのでは?」
と提案するが、またしても社長のジョニーさんが、
「あら、だってあの二人非処女だったでしょ?」
爪をいじりながらそう問う。長山は、
「確かに面接ではそう答えてましたね」
と肯定すると、
「あれ?見栄だと思う?」
ジョニーさんに問われる、
「事実のように思えました、少なくとも自分には」
長山がそう答えると、
「あたしもそう思うわ、だからいいもの持ってても駄目なの。うちからデビューするガールズは皆乙女でないといけないの。それがブランドよ。まぁ21過ぎたら男の味を知る子が出るのはいいわ、でも10代の若い子は駄目。乙女が花咲く時期は短いのよ」
そうジョニーさんが言い切ると。
「一週間後と二週間後に又話し合いの場を持つ、それまでに社長を説得できる材料なりなんなり用意出来たら持ってきてください。ではここまで」
そう言って井村営業部長が解散させる。
「あ、待って頂戴!来年入ってくる新弟子は拷問トレーニングをさせないようにしようと思うの」
ジョニーさんのその言葉に周囲が凍り付く、拷問トレーニングはアヅジョ創世記からの伝統だ、それを来年からやめるというのはそれを潜り抜けてきた現役レスラーからも、ファンからも強い反発を受けるだろう。
「社長はそれが何を意味するかお分かりなのですか?」
長山千春がそう訊ねると、
「毎年期待してた子たちが、拷問トレーニングで故障や古傷作って、そのままリングに上がり続けるのをあたしは良い事だとは思わないのよね。トレーニングメニューはきちんとレスリングが出来て、怪我をしにくい身体づくりが出来るように千春ちゃんが責任者としてスポーツドクターやコーチと一緒に外部の専門家に協力求めて相談して決めて頂戴、道具や機材を整える必要があるなら本宮ちゃんに話を通してからあたしのところに来て」
こともなげにジョニーさんはそう伝えるとヨーロッパの貴族夫人のような扇を揺らしながら会議室を出ていくのだった。
残った会議参加者は頭を抱えながらその後姿を見つめるしかなかった。
一ヶ月あたしは不安と期待の間を揺れながら、不安定な日々を過ごしていた。
優しい兄は父がコーチを務める地元のクラブとプロ契約を結んで家を出て寮生活を送っている、最近では世代別代表の試合もあるようでなかなか会えない。
不安に揺れるあたしを宥めてくれるのは主に父と母だ。
両親にも兄にも感謝しかないが今は不安でたまらない。
あの萩尾選手と渡り合ったとはいえ一本も取れずに落とされて試験終了だったのだ。
これで不安にならない方がどうかしている。
あたしが悶々と過ごすうち無情にも一ヶ月が過ぎた、
学校から帰って郵便受けを開いて確認する。
そこには一通の封筒が入っていた。
あたしは興奮気味に封筒を取り出し震える手で差出人を確認する。
アヅジョからあたし宛に送られたものだ。
試験の結果を知りたい!
でも一人で見るのは怖い!
あたしは封筒を手に家の中に入ると、リビングのテーブルにそれを置き、母が帰ってくるのを待つのだった。
2時間いや3時間くらいだろうか?
封筒を見つめ続けたあたしに帰ってきた母が声をかける、
「リズ?どうしたの?」
あたしは泣きそうな声で、
「アヅジョから合否の通知が来たの…」
そう答えると、母は私の隣に座り抱きしめてくれる。
170cmを超え180cmくらい身長のある母が子供をあやすようにあたしを抱きしめる。
身長以外はママとそっくりだけあたしは150㎝ないんだよね…
若干コンプレックスを刺激されるが、不安げなあたしを母が落ち着かせようとしてくれているのは伝わる。
「ママ、封筒開けてみるね」
意を決してあたしははさみで封を開け中から通知と思しき手紙を取り出し折りたたまれた、それを広げる。
「拝啓 飯富エリザベス様
貴殿は我が安土女子プロレスの入門試験を優秀な成績で合格されました。
ここにお喜び申し上げます。
また入門、入寮に関して契約書及び案内を後日送付いたしますので、ぜひよくお読みになった後、御同意いただけるものでございましたらご記入の上、入寮の際にお持ちくださいませ。 敬具」
読み終えたあたしは今までかかっていたプレッシャーから解放され、
「やったよママ!あたし合格したよ!」
母に抱き着いて泣きじゃくった。
母は興奮するあたしを宥めると父に連絡し、父は兄と一緒に帰ってきた。
今日は久しぶりの家族の団欒だ。
食事の前にあたしは、
「お父さん、ママ、お兄ちゃん、今まであたしの我儘に付き合ってくれてありがとうございます…安土に行ってもあたし頑張るからね」
途中から涙がこぼれてしまったが今まで影に日向に協力してくれた家族に感謝を伝える。
本当にありがとう…
「でも子供たちが二人とも実家を離れるなんて月日が経つのも早いものだな…」
お父さんが寂しげにそう呟く。
「リズはちょっと前までこんなに小さかったのにね」
感傷に浸りながら母がそういう。
「安土にも試合でいくことがあるから、向こうの案内頼むな」
優しげに兄が笑う。
あぁ、あたしは本当に幸せ者だ。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん本当にありがとう。
そして合格通知が届いた翌日からあたしは一層ハードなトレーニングを開始する。
足腰膝首を痛めないようにしながら、徹底的に鍛える。
拷問トレーニングほどの回数はこなせないが、体作りには十分な負荷や強度をかけ時間と回数を重ねる。
いつか愛川さんの背中に追いつく!
でも今目の前の目標は入寮後の拷問トレーニングをこなせる体作りだ。
このときあたしは知らなかったが社長のジョニーさんの思惑とは全く違う方向にあたしは突っ走っていたのだった。
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