第2話 エリザベスと家族

 興奮の安土女子の興行が終わり、あたしはしばらく呆けていた。

 やっぱり長山千春最高!

 勿論相手タッグであった邪悪同盟のユンボ松木とレッドベア中村も凄かった。

 邪悪同盟はヒールとして凶器攻撃や場外戦を中心に千春選手のパートナーである、アマゾネス明日奈を集中的に攻撃し、終始試合のペースを握らせない展開を見せていた、リングに戻った際の明日奈選手の一瞬の切り替えしから千春選手の怒涛の攻めで中村選手をピンフォール。

 その際相手の攻撃を受けまくっていたはずの明日奈選手が松木選手の相手をしてフォローその流れが見事だった。


「あずじょさいこう…」


 これを聞いた母が危機感を持ったらしくその晩緊急の家族会議が開かれた。


「このままではリズの将来が恐ろしい事になるかもしれません」

 何年も日本に住んで日本語が達者になった母は、厳かにそう断言した。

「リズは何になりたいの?」

 兄である虎太郎があたしに問いかける、あたしは迷わず

「じょしプロレスのせかいチャンピオン!」

 と迷わず断言した。

 兄はなれるといいねぇと言いながら頭を撫でてくれる」

「リズはサッカー好きじゃないの?」

 寂しそうに父が問うてくる。

「さっかーきらいじゃないよ、でもプロレスの方が好き。アヅジョに入ってチャンピオンになるの!」

 そう返すと居住まいを正し

「とうたん、まま、あちしにバレエと体操を習いに行かせてくだたい」

 頭を下げてお願いする。

「プロレスラーになりたいのに、何で体操とバレエを習いたいんだい?」

 疑問に思ったのであろう父が問いかけてくる、

「とうたんのぱしょこんにじーなんせいが大事って書いてあった。あと大きくなってからでないと筋肉付けるのはよくないって。それに柔道やレスリングの道場に今のあちしが行っても意味ないと思う」

 そこまで言った後、母が憤然と

「私はリズが女子プロレスラーになることは反対です。あんな竹刀で叩いたり、そんな危ない事をする所に可愛い娘を行かせられません!」

 どうやら母は先日の興行での邪悪同盟のラフファイトがお気に召さなかったようだ。

「でもまま、サッカーも勝てないから相手のチームの中心選手にケガさせるところあるよね?審判にずるさせたところもあったよね?」

 母に詰問すると彼女は苦々しげに、

「そういうナショナルチームはあるし、クラブチームにもありました。でもそういう人たちは決してリスペクトされない…」

 そこに食い気味に

「でもあるんでしょ?今も?あちしが大きくなってもそういう人達に大怪我させられるかもしれないんでしょ?」

 苦虫を噛み潰したように困り切った表情の母は、

「可能性は0ではありませんが…」

 そこに父が割って入るように、

「リズが将来どうしたいかは大きくなってから、又話し合えばいいじゃないか。とりあえず、体操とバレエの教室を父さんの伝手で探すから、良い所があったら見学に行こう」

 その日はそれで家族会議は解散となった。


 父はすぐにあたしが家から通える範囲で優れた指導者がいるという評判のバレエ教室と体操教室を探してきてくれた。

 まぁぶっちゃけ父のサッカークラブと同じ系列の地域密着型のスポーツ振興組織のスクールらしいのだが…


 バレエの方は週に一回、体操の方は週に二回通うことになった。

 その内、他に習い事も始めるつもりなので、通う比率は変わると思うけど…

 うちから山道のアップダウンを乗り越え、そこからスクールがある日は練習をして、山道を登って家に帰る。

 兄が所属するサッカークラブの練習がある日はそこに混ざり兄と一緒に家に帰るが、そうでないなら一人だ。

 山道とはいえ熊や鹿イノシシは出ない。

 可哀そうだから殺すなという連中を地元の政治家は全く相手にせず駆除し続けたから。

 前世の日本で猟師は危険だけども実入りは少なく、無能な警察と組めば犯罪者扱いされた。

 武を貴しとするこの国ではそんな糞ポリコレな案件はない。

 海外かぶれがそんなことを言っても失笑されるだけである。

 なので3歳児であってもしっかりしてるからという理由であたしは結構行動の自由を与えられている。

 それには家族のお手伝いをしっかりやっていることも無関係ではないと思う。

 情けは人の為ならずやね、一人山道を歩きながらそんなことを考えていると

 天啓のような閃きが頭の中をよぎる。

 このしんどい山道をケンケンや進行方向に背を向けて走るなど、工夫しながら走れば行きかえりだけで結構なトレーニングになるんじゃないのか?

 思いついたら即実行!

 流石に幼女の身にはきつくその晩は倒れるように眠ったが、


 翌日体幹を鍛える歩き方と、走り方を調べると兄にそれを伝え。

 二人で帰るときは二人でそれをやって帰るのだった。

 そんなことを二年ほど続けあたしは5歳になった。

 誕生日に両親は可愛いぬいぐるみや可愛い服を買ってくれた。

 気分はちょっとしたお嬢様気分だ。

 でもあたしは5歳になったら言おうと思っていたことを家族に告げる。

「週に一回柔道の道場に通いたい」

 それを聞いた両親はとうとう言ってきたかと諦め交じりに許可してくれ。

 元オリンピック強化選手であった先生の道場に通わせてくれた。


 雨の日も雪の日も晴れた日も、あたしはその日そのコンディションでできる

 トレーニングを欠かさず続け、小学校に通い始めてからは男子顔負けのスポーツ少女として一目置かれていた。


 この数年間安土女子プロレスだけでなく、男子を含め複数の団体の興行に通い続けた。


 母はあたしにサッカーをやってほしかったようだが、あまりにもプロレスに夢中である様子を見続け、途中から何も言わなくなった。


 長山千春選手はあの日から3年間タイトルを維持し続け、レッドベア中村との抗争から失陥、新女王”ギロチンカッター”レッドベア中村がエースとして君臨している。

 愛川さんはジュニア王座にこそ就けなかったがアジア王座戦線で活躍している。

 やっぱすごい人だったんだ。


 あの日あたしの目に焼き付いたあの人の背中、今はまだ遠いそれにいつか追いつく。

 下校後、日によってさまざまなスクールや道場へ通いお稽古をするが、

 小学校に通っている間も無駄にしない。

 仲の良い女子と話しながら空気椅子をしたり、地味に自重トレーニングを重ねる。

 国語や算数、理科の授業は普通に知っていることだが社会の授業は知らないことばかりなので、勉強もおろそかにしない。

 兄は勉強はあまり好きではないようだが、きちんと予習復習はしている。

 後、録画してもらった自分の試合をあたしに見せ、感想を求めてくることがここ数年増えた。

「お兄ちゃんはピッチ全体をよく見て次やその次…できればもっと先のプレイを意識してトラップしてパスしたら、将来的にはお父さんよりすごい選手になると思う」

 そう助言したら、周りを見る機会が徐々に増え、セルフィッシュにドリブルでつっかける機会が減り、結果としてチームのジョーカーという位置からチームの中心に成長していった。


 兄はサッカー選手として成長し、あたしは柔軟性と体幹とスタミナを重点的に鍛え、自重トレーニングも徐々に増やし行く。


 ある日あたしは子供から少女になった。


 初めてのことなので母に泣きついたら、抱きしめられ落ち着くのを待ってくれてから「おめでとう」

 とお祝いの言葉を貰った。

 家族でお祝いをしてくれたがちょっと恥ずかしかった。

 元おっさんとしては恥ずかしがる必要はないという思いもあるのだが、

 今の人格としてはどうしても恥ずかしさを感じてしまう。

 ただ自分の中の一部が冷静に自らの成長を観察し、数年以内に両親と

 きちんと話し合わなくてはいけないことを厳然として示していた。


 中学に入るとあたしは本格的に筋トレを開始した。

 理由は小学校中学年まではクラスの平均より高かったのに、高学年ではあまり伸びず、中学に入ってすぐの身体測定でははまったく背が伸びていなかったからである。

 でも胸だけは毎年どんどん大きくなるんだよね…

 正直運動するのに邪魔なので母と相談してスポーツ選手向けのブラを愛用しているのだが、周りの女の子に比べても異様にデカい。

 女子としては間違いなくストロングポイントなのだろうがスポーツ選手としてはどうなのか?

 愛川さんもそこそこ巨乳っぽいし、ご苦労されてるんだろうなぁ…

 その愛川さんはアジア王座を防衛し続けた後返上し、インターコンチのベルトを巻いている。

 数年以内に新女王誕生するのかな?周りにいる女子プロ好きの友達とその話題で盛り上がる。

 プロレスファンの友達とこんなにコアな話題で盛り上がれるなんて幸せだな…

 前世の孤独なプロレス観戦を思い出し現在の幸せを噛み締める。

 だけどあたしは欲張りなんだ、愛川さんを倒して絶対エースとして君臨する!

 その為にも。

「緊急家族会議です!」

 あたしは家族が集まった居間でそう宣言する。

「議題はあたしの卒業後について」

 家族全員が溜息を吐いたような気がする。

「でもリズは安土女子プロレスの入門試験を受けたいんだろ?」

 兄の虎太郎が指摘する。

「リズにもサッカーをやってほしかったけど、小さい頃からそれだけを目標に習い事をしながら、家の手伝いもして、学校の勉強も頑張って来た、最近ではうちの食事はリズが作ってくれることがほとんどだ。だから父さんは女子プロレスラーになりたいなら反対しない。むしろ必要なことがあったら頼ってほしい」

 ちょっと寂しげな表情で父がそういう。

「…」

 俯いた母は無言である。

「ママ?」

 あたしは母に問いかけると。

「ママね、リズにはワールドカップで優勝した女子日本代表のキャプテンだった人みたいな選手になってほしかったの…でもね。この10年弛まぬ努力し続けるリズを見てこの子にとってプロレスは生き甲斐なんだなって思ったの。ママにとってフットボールがそうだったように…だから条件付きで認めます」

「条件?」

 あたしは食い気味に問い返す。

「そう条件。あなたが中学を三年になって安土女子プロレスの入門試験を受けるのは認めます。でも20歳までに何かの実績を残せなかったらそこで辞めて大学入学資格検定を受けて進学する。その条件を呑めるならママは反対しません」

 事実上の承認である。

「ありがとうママ!」

 あたしはママに抱き着いて感謝する。

 あたしの我儘を許してくれるなんて、今世の家族は優しすぎる!

 このお礼は絶対にエースとなることで返す、改めて心に誓うのだった。


「ところでパパ、安土女子の新弟子が必ず経験する拷問トレーニングってどんな効果があるの?」

 前世の昭和や平成のメジャープロレス団体では当たり前にあった拷問訓練、

 そこに科学的な根拠はあるのだろうか?

「あ~、肉体的には故障の原因になることはあっても過剰なトレーニングメニューに意味はないな。あるとしたら『このメニューをこなせたんだから』というメンタルの強さを養えることかな?でも拷問トレーニングは入門したらやらないといけないんだろ?」

「そうみたい」

 あたしはそう答えると。

「リズは今140cm代か…これから伸びても150行くかどうかだと思うけど、

 今年から徐々に拷問トレーニングに対応するために徐々に負荷をかけていこうか。

 柔道の先生も言ってたけど首周りの強化も含めて、完全休養日を入れながら徐々に鍛えて柔軟性をそのまま生かした怪我をしない体を作っていこう」

 父がこれからのトレーニングメニューを考えながらそう答えてくれる。

「ありがとうお父さん。お兄ちゃんも今まで練習に付き合ってくれてありがとうね」

 家族への感謝を言葉にして頭を下げる。

 想いは伝えようとしないと伝わらない、だからこの愛しい家族に感謝を伝える。

 本当にあたしは恵まれている。

 そう思うと自然と涙がこぼれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る