プロレスを愛したおっさん、TS転生して女子プロレスのエースを目指す

不知火読人

第1話 エリザベス運命の人に会う

 兄にパイルドライバーをかけられ頭を打ってのたうち回っていたら自分が前世でプロレスファンのおっさんで、生まれつき心臓が弱くその為プロレスラーになるどころか30手前で死んだことを思い出した。

 3歳の誕生日の日の事であった。


 今世の家族、飯富家はサッカー一家である。

 父は現役時代スピードを生かしたドリブルでユースの頃から日本代表の主力選手として活躍し、ドイツの2部チームを昇格させる原動力となりそのクラブのアイドルとして引退まで活躍したらしい。

 母はアメリカの女子サッカー代表のフォワードとしてワールドカップ優勝経験があるそうだ。

 いずれもあたしが産まれる前の話なので直接見たことはない。

 7歳の兄もボールの扱いは滅茶苦茶上手い。

 プロレス技をかけてきたのはあたしがせがんだからで、

 彼はプロレスよりサッカーの方が好きなようだ。

 長女たる飯富エリザベスことあたしも産まれてすぐにボールを与えられた。

 だが兄と違ってあたしはボールで遊ぶことをあまり好まなかったらしい。


 記憶が戻っても一人称があたしなのが妙なのかもしれないが、

 記憶それは知識としてあるだけで、人格にはあまり影響がないのかもしれない…

 いや!普通三歳児がこんな論理的に考えるはずがないのだから、影響がないはずがない!!


 でも、自分の中にある知識はこの世界で役に立つかは不明だ、何せ記憶にある有名人はこちらには一人として存在しない、少なくとも近世以降は。


 それは父のパソコンを使ってネットで記憶にある単語や人名で検索したところ、織田信長は本能寺のを生き延びて安土政権を400年近く維持したらしいし、安土政権は伴天連から技術を搾り取るだけ絞った後禁教にし、日本は鎖国せず、黒船は来なかった。


 戦国時代世界屈指の軍事力を持っていた日本は、その軍事的優位を技術革新によって維持しながら琉球、台湾、ハワイにオーストラリアまでを併呑し、海洋大国として君臨し、400年に渡る皇室との暗闘を制した後、帝を国外に追放。


 織田天帝として即位し、日ノ本安土帝国として日本は栄えている。


 ちなみに世界大戦と言える物は一度しかなく、第二次世界大戦の代わりに起きたのはヨーロッパ大戦であったそうな。

 オーストラリアを併呑して海洋帝国として繁栄し始めたのがかなり早い時期なので世界恐慌からも大きな影響を受けず、資源に困って戦争する必要もなかったらしい。


 全ては織田信長が生き延びて西欧に遅れを取るなと海洋進出に力を注いだ結果のようだが、近世以降は記憶にある歴史とまるで違う。


 だが嬉しい事にプロレスはこの異世界の様な日本にもあった!


 あたしの記憶にあるレスラーとは違う人が多いし、プロレス史的に起きたこともまるで違うが、あたしが前世で愛した、相手の攻撃を受けてよい所を引き出し、その上を行く技術や戦術やフィジカルを持って相手に勝つ、プロレスはこの世界でも繁栄しているのだ!


「とうたん、あちしプロレスみたい」

 ある日父にプロレスの試合に連れて行ってもらえないかおねだりしてみた、口調がアレなのはご愛敬だ。

 まだ幼いからね…

「リズはサッカーよりプロレスが好きなのかい?」

 ちょっとしょんぼりして父が問い返す。

「プロレス大ちゅき、みにいきたいの!」

 父の足に縋りついておねだりする、もちろん上目遣いで泣きそうな顔をして。

 金髪碧眼の美幼女の上目遣いに娘にメロメロな父は、

「よし!安土女子プロレスがうちのクラブのスタジアムで興行やるそうだから連れて行ってあげよう」

 うちは甲府の少し外れの山の中に家を構えている。

 父の出身地でありユースから生え抜きで海外に行くまでお世話になったクラブのコーチとしてここで働いているからだ。

 アップダウンのきつい田舎でコンビニに行くのも大変だが、この時は感謝した。

「とうたんだいちゅき!」

 父に抱き着いて感謝を示すと抱き上げた父に頬ずりされる。

 髭がチクチクする…

「おひげいや~」

 不満げに抗議すると父は軽く謝りながら頭を撫でてくれた。

 少なくとも今世は家族に恵まれている、持病もないし前世で家族には負担をかけるだけで何も返せなかった…

 だから今世の家族にその分お返しをしよう。

 そう心に決める。

 まずは出来る事からと夕食の準備をする母のお手伝いとして食器を並べるのだった。


 安土女子プロレス。

 首都安土に道場を構える日本女子プロレスのパイオニアにして最高峰。

 ここ10年入門試験受験者は100名を超し、合格者は10名に届いたことはない。

 そんな超難関を経て待っているのは10ヶ月の拷問トレーニング、狭き門をくぐった者達もここで脱落する者は多いそうな。


 そんな超名門団体の試合がこの田舎にやってきてくれた。

 良い子にしてお手伝いもしてたせいか母と兄も一緒に来ると言ってくれたので今日は家族でプロレス観戦だ。

 前世ではノートPCでネット配信されている試合しか見ることができなかった。

 あの頃は自分の病弱さが恨めしく、画面の向こうで凄まじい攻撃を受けて倒されても立ち上がっていく選手を羨むことも多かった。


 だが今日は初めての生観戦だ、父には感謝しかない。

 ワンボックスワゴンに家族で乗り込み会場へと向かう。

 山の中を結構な距離走り続けると突然街が広がる。

 街のちょっとはずれにある世界最大のドームスタジアムの駐車場に車を止め会場へ入る。

 ジャージを着たお姉さんたちやアルバイトらしい人達が忙しく立ち回っている。

「とうたんちきちほしい」

 父にサインをもらうための色紙を貰う。

 試合を見に行くことが決まった翌日からサイン色紙の重要性を父に滾々と説き続けていたので、忘れずに持ってきてくれたようだ。


 会場の席が徐々に埋まり18時になった頃

 照明が落ち、勇壮な音楽が響き渡る。

 安土女子プロレスAWWAのテーマだ。

 記憶が戻って試合を見に来る今日まで父のパソコンで何度も聞いたから覚えた。

 AWWAのテーマにのって全選手が入場してくる。

 リング上で整列した彼女らの最前列に一人の女性が立つ、

 丁度リングサイド特別席に座るあたしの正面に鍛え上げられた肉体を誇示するがごとく立つその女性がマイクを握って、


「本日は安土女子プロレスにご足労いただきありがとうございます。全試合全力でぶつかり合いますので、女と思って舐めんじゃねーぞ!!」


 奇麗なソプラノで彼女は挨拶を終えた。

 今この団体の全てのレスラーの頂点に立つエース、女子プロレス界の至宝

 ”クィーンオブクィーンズ”長山千春を見たあたしは感動で泣き出してしまい幼女をびっくりさせたと勘違いした彼女がリングを降りた後あやしに来てくれるという貴重な体験をしたのだった。

 選手たちが控室に戻り、まだしゃくり上げるあたしを他所にリングアナウンサーが第一試合のコールを行う。

 若手の選手と今日デビュー試合の高校生くらいのお姉さんの試合らしい。


 レフェリーがボディチェックを行い、両者に口頭での注意を伝える。

「リングベル!」

 レフェリーの合図が会場に響くと試合開始のゴングが鳴る。


 先輩であろうしっかりとした体つきのショートカットの女性はその激しい気性を目に宿し、今日がデビューの後輩をにらみつける。

 対してちょっと地味目のパッツンお姫様カットロングヘアで女性らしいスタイルの後輩選手は緊張するでもなく涼しい顔で先輩の視線を受け流す。

 両者がリング中央で手四つの体勢になると先輩はすぐさま左足で後輩のお腹を蹴り上げる。

 手を放し、身を折ってかがむ後輩の左側頭部に先輩の右ミドルが決まる。

 盛大な打撃音が会場に響いて後輩選手は倒される。

 そこに先輩が近寄るが、後輩選手は不用意に近寄ってきた先輩の左足を両足で絡め足首をロックしてしまう。

 倒されてすぐヒールホールド?

 この選手凄い人なんじゃ?

 幾つもの思いが頭の中を駆け巡る。


 足を極められた先輩は慌ててロープに逃げる。

 とレフェリーがロープブレイクを命じる。

 苦々しげに先輩が後輩を睨みつけるが後輩さんはすらりと立ち上がると助走をつけセカンドロープを掴んだままの先輩の横っ面にこれでもかと蹴りを見舞う。

 あまりの勢いにもんどりうって倒れる先輩。

 後輩さんはそのまま先輩を立たせると先輩の左手首をつかんだまま右手で喉笛に逆水平を見舞う。

 鳴り響く打撃音と後ろに倒れる先輩。

 だが後輩さんはそのまま先輩の左手首を引っ張って無理やり起き上がらせると連続して逆水平を見舞った。

 会場が一気に沸く。

 三度目の逆水平を見舞うのであろうもう一度先輩を起き上がらせようと腕を引っ張った後輩さんの左手を振り払った先輩が彼女の左頬に張り手を食らわせる。

 ちょっとムカッとした表情が地味顔に現れ後輩さんも先輩の左頬を張り倒す。

 両者が交互に相手に張り手をお見舞いするがどちらも一歩も引かない。

 四回目の張りて交換の後らちが明かぬと思ったのか後輩さんは先輩のあご先に奇麗なフォームのドロップキックを決めた。

 喰らった勢いでロープにもたれかかる先輩。

 チャンスと見たのか?反対のロープに走る後輩さん。

 だが俯きながらもそれを見ていた先輩は右腕を掲げ猛然とダッシュする。

 振りぬかれる右腕、顎を上げ吹き飛ばさるように倒れす後輩さん。

 カウンターのラリアット…

 大の字に倒れる彼女に素早く駆け寄り体固めを極める先輩。

 レフェリーがカウントを取る。

 1!

 2!

 返して!

 思わずそう声を出して願うが、

 3!

 試合は決してしまった。


 リングアナが試合時間と勝者をコールし、

 レフェリーが勝者を称えるように手を上げさせる。

 セコンドのお姉さんたちが倒れた後輩さんの様子をうかがう。

 打ち倒された彼女はしばらくして起き上がり頭を振って意識を呼び覚ました後

 四方に礼をしてリングを降りた。

 花道に向かう彼女をあたしは思わず追いかけ、


「おねーたん、さいんちて!」


 彼女の背中にそう呼び掛けた。

 後輩さんはちょっと驚いた表情を浮かべながら、

「私なんかのサインでいいの?」

 と問い返す。

「おねえたんが良いの!お姉たん凄い人なの、絶対エースになる人なの!」

 何故だかわからないがあたしはこの人に一発で惹かれた。

 ネット越しではあったが今まで何人も何百人ものレスラーを見て、試合を見てきた。

 生で見た初めての試合だからか?いやこの人は将来きっと日本の女子プロレスを引っ張っていく人になる。

 そんな直観に突き動かされた。

 後輩さんは照れながらあたしが持っていた色紙とペンでサインをしてくる。

「お嬢ちゃんお名前は?」

 彼女が聞いてくる。

「おぶえりざべちゅ、ちょうらいあなたのベルトにちょうせんするするおんなです!」

 決意を込めて彼女に名乗る。

 この人はきっと偉大なチャンピオンになるだろう、あたしはこの人と王座をかけて戦いたい!

 前世も含めてここまでの思いを感じたことはなかった。

 だが感じてしまった、もう決めた、絶対この人の昇った高みへ至るのだ!


「私の初めてのサイン、お名前はこれでいい?」

 彼女はひらがなで「あいかわまみ」書いてくれたサインをあたしに渡すと、

「待ってるわ」

 と一言だけ残して去っていった。


 追いかけるのだ、あの背中を!


 心の中でそう決意すると、駆け付けた父に抱き上げられ席に戻ったのであった。

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