素直な星座

田土マア

素直な星座


 死ぬまでに一度は南十字座サザンクロスが見たい。と思うこの暑い夏、夜には星を眺め未だ謎の多い宇宙へ思いを馳せる。

 つい最近にはブラックホールの観測、内部構造が少しずつ解明されてきている。

 宇宙は常に膨張していると言われ存在がどんどん大きくなっていくが地球という惑星でだんだん存在が小さくなっていく僕。


『もっと自分を打ち明けたい』


 これは僕が素直に生きていいと思えたキッカケの話だ。



 小さな時から嘘をついて生きるようになっていた。それはきっと父のせいだろう。


 父は度々僕に意見を求めてくる。僕が返した言葉に満足しないと父は僕を叩き、そして蹴る。それが嫌で僕は「本当」を隠し父の「満足する答え」に近いだろう返答することが僕の中の「本当」になりつつあった。


 小学6年生の時、あまりにも父の暴力が頻発し悪化していった為家を逃げ出したことがある。



 外はポツリポツリと雨が降っている。

行き先もなく困った僕は一人田んぼ道を歩く。


 時間が経つにつれ服は濡れていくのを感じた。


 雨足が強くなっていき雨宿りが必要だと感じた僕は田んぼ道から抜け商店街に向けて足を運んでいた。

 ポツポツと降っていた雨は風と共に強くなっていく。

 気づけば服はビチャビチャに濡れて歩くたび服に水の重みを感じた。


 八百屋の前に差し掛かったあたりで見覚えのある女子を数件先の魚屋に見つける。

 それは同じ学校の果林かりんちゃんだった。

 こんな姿をクラスの女子に見られたらきっと笑い者にされる。そう思った僕は早くこの商店街から別の場所に移動しようとおもったが思った以上に服が重かった。

 買い物を済ませたであろう果林ちゃんが後ろから走って近づいてくる。

「あれ、有也ゆうやじゃない!?どうしたのそんなに濡れて…」

 きっと形だけの心配だろう、学校に行けば僕は笑い者が確定。そう思った。


「ねえ、こんな雨すごいのに傘持ってないの?入る?」そう言って自分の傘を僕に差し出す。

 小学生という思春期真っ只中の子が必ず感じるであろう羞恥心がないのか。と思った。

 こんな姿を他の子に見られたら有也と果林が相合傘をしていたと噂が立つ。


「大丈夫。家すぐそこだから。」

 そう断って走った。がバスケのスポ少に入ってる果林に足の速さが勝てるわけがなかった。

「ならなおさらだよ。一緒帰ろ?」

 そういって僕を半ば強引に傘に入れた。


「いいの…?僕なんかと一緒に傘入ってるの他の人に見られてたら果林ちゃん嫌じゃない?」


「なんかあったでしょ。」


 え。と言葉を詰まらせた僕に果林ちゃんは追い討ちをかける。


「なんかあったよね?服ビショビショだし…。」


「ほ、本当に何もないよ……」


「暴力…。だよね?…有也。さっき有也見つけた時濡れてて服が少しすけててさ、白いシャツ着てるはずなのになんか肌の色じゃない青?見たいな見えてさ…声かける前に少し見ちゃって…ごめんね。」


 もう何も隠せないんだと察した。


「果林ちゃんが謝らなくていいよ。実はね…。」

 一呼吸した後僕は今まで父に受けたことを言葉を一つ一つ選びながら話した。


「え、有也。それってほんとのこと…?

 おかしくない…?有也はホントの事言ってるだけじゃん。なら有也に聞くなよって感じするし。ちゃんといいなよ。」


「…ちゃんに、、がわかるの。」

 声が震えていた。

「果林ちゃんに何がわかるの…。」


「有也。どういうこと?」


「自分は他人だから言いたいこと言って。実際そういうことがないから果林ちゃんはそうやって簡単に言えるんだよ!…僕だってそれができたら僕の今までの苦労なんか要らないよっ!!」


 家の前まで送ってもらったくせに、僕はそう言って傘を振り払った。



 雨に濡れる僕と同じ学校の女子。

 地面に開いたままの傘が転がっていく。


「ごめん…身勝手だったよね。」


 泥まみれになった傘を拾って果林ちゃんは帰ろうとした。


 その時家の玄関が開いた。


「こら有也!果林ちゃんに謝りなさい!」


 家の中からサンダルを雑に履いた母が飛び出してきた。


 すると帰りかけていた果林ちゃんの足も止まり果林ちゃんが振り返り近づいてくる。


「おばちゃん。いいの。有也は何にも悪くないよ。ただ自分に素直になりたいだけだから…」


「でも果林ちゃんにそんな事することはないわよ。ほら有也謝りなさい。」


 雨に打たれ冷静になった僕が果林ちゃんの方を向き謝ろうとしたその時果林ちゃんが口を開いた。


「おばちゃん。その有也の背中見てなんとも思わないの…?こんなになるまで有也は自分を隠してたんだよ?そんな奴が少し素直になろうとして何か悪いの!?」


「…!!!」

 母は言葉を失いどうしたの、と尋ねる


「アンタの旦那さんがストレス解消のために有也に当たったんだよ!有也はこんなになっても誰にも相談出来なかったんだよ…。こんなのおかしいよ。おばちゃん。ねえ……。」

 そう言った果林ちゃんの頬には水が滴っていた。


「有也……ごめんね。気づいてあげられなくて…。本当に、ごめん…。」


 そう言って雨に濡れて冷たくなった僕を母が抱く。


 んじゃ。あとは家族で。という雰囲気を出して果林ちゃんが帰ろうとする。

 それを見て母が果林ちゃんを呼び止める

「果林ちゃん。ありがとう、あなたが居なかったら私気づかないままだったわ…。有也、果林ちゃんに傘借りたんだからその傘洗って果林ちゃんお家で送っていってあげて。」


 僕はその言葉の通り果林ちゃんの泥まみれの傘を洗い家の傘を持って家に送ろうとした。

 もちろん果林ちゃんはそんな事しなくていいと遠慮する。

 それに対して僕はさっき無理やり僕を傘に入れたでしょと強引に傘を押し付けた。


 無事に果林ちゃんを家に送り届け、帰るだけだった。

「果林ちゃん…。ありがとね。それでさ、今日のこと内緒にしてくれない…?」


「当たり前でしょ?そのかわり、私が泣いていたことも黙っといてよ。」


「もちろん。」と元気よく答える。


 でもどうして果林ちゃんはそんなに素直に言葉を発せるのか気になった。

 聞いてもいいことなのか悩んだが気づけば口は勝手に開いていた。


「果林ちゃんはどうしてそんなに素直に言えるの…?」


「え。私?私ね星を見るのが好きなんだ。特に北極星(ポラリス)!」


「どうして?北極星なんてほとんど動かないのに…」


「だからいいんでしょ?だって北極星があればそれを道標みちしるべにして歩くことだって出来るんだよ?人をまっすぐに導く…それってかっこ良くない!?だからね、私。人をまっすぐに導けるような人になりたいの!」


「もちろん人はそんなに綺麗じゃないのは知ってるよ。たまに道から外れることだってあるだろうしさ…けどねまた道標にして元いた道に戻って欲しいんだ。だから私もまっすぐに生きよう!って思ったんだ。」


「そっか。いいね北極星。僕もそんな人になりたいよ…」


「何言ってんの?北極星は私なんだから。有也には譲らないよ!…なら有也は南天の星座、南十字星になったら?」


「なんで南十字星?南極星じゃだめなの?」


「北極星は私が一番最初に覚えた星座なの。だから譲れない。だから南天の星座にある南十字星。一応南極星も存在はしてるみたいよ。でも五等級くらいで少し暗いの。だから昔の大航海時代では南十字星の方が道標として使われることが多かった、だから南十字星。」


 なるほどと勝手に理解してしまう。


「ね、ねぇ。な、なんで、そこまで僕に星の話をするの…?」


「私、有也が星が好きって知ってるから。」


 と言い切ると果林ちゃんは家の方へと振り向き家に入っていった。


 僕は少しだけ自分に素直になれると思った。

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素直な星座 田土マア @TadutiMaa

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