第2話

 教室は三列に席が別れていた。一列三席の九人クラスだった。僕は真ん中の列の真ん中の席だった。窓側の隣の席にいたのは明らかに年上のあの男子生徒だった。彼は高岡という苗字だったのでタカと呼ばれているらしく、僕に対してもタカと読んでくれてと頼んできた。タカは三歳年上だった。彼は小中と成績が悪く周りにもとけ込めなかったという。彼の両親はその原因は日本の教育がダメだからだと信じ込み、ヨーロッパ(フランスだったかドイツだったか)に移住し現地の高校に通うことになった。しかし、家族ぐるみで強烈なアジア人差別を受けた(よく三年間耐えたものだ)結果、日本でもう一度高校生活をやり直すことにしたのだ。母の意向で転校を繰り返していた僕は似たものを感じて、すぐにタカと仲良くなった。そして、反対隣の廊下側の席に座っていたのが、友だったのだ。友にどんな第一印象を抱いたかすら覚えていない。何しろ地味だったから。気づけば当たり前に隣にいる存在として認識していた。

 この高校には先述の通り授業とは別に『修行』の時間があった。と言っても仰々しいものではなく、職業訓練のようなものだった。農業、林業、大工、庭師、厨房の調理補助と多岐にわたる『修行』を各生徒に割り当てていた。男女で修行内容は違った。男女で一緒にやるのは厨房の修行のみだった。僕は校舎の修繕をする修行に当たった。鎚やインパクトドライバー、スコヤなどに触れたことさてなかった僕は(僕に限らず他の生徒も)この修行の指導員である教頭先生に怒られてばかりだった。

 編入から一週間で夏休みになった。まだ学校の仕組みにすら慣れていないというのに、長期間の空白は辛いものがあったのを覚えている。

 まだクラスメイトと遊びに行ったことのなかった僕は、夏休みにタカと遊びまくると(勝手に)決めていた。だが、彼は夏休みはいつも親戚が住むというタイで暮らすことになっているらしかった。タカ以外にも仲良くなった生徒はいた。同じ修繕の修行を担当している一組の(僕は二組だ)やまちゃん。クラスで随一の派手さ(僕的にオシャレを履き違えた)だった堀越さん。その堀越さんの彼氏の守屋くんなどなど。友達になりつつある生徒は何人かいた。だが、遊びに誘うほど仲良くなった気はしなかったから、声はかけなかったし、声をかけられることもなかった。そんな訳で一人虚しく帰る終業日。明日からどうして過ごすか途方に暮れていた僕を救ったのが、友だった。

 山奥の校舎から校門のある麓までの道をとぼとぼ歩いていると、後ろから早足で誰かが近づいてくるのに気づいた。振り向くとこちらに手を振る友がいた。だが、名前を覚えていなかったので「あ、隣の席の…」と言ったきり黙るしかなかった。僕のとこまでくると彼女は「そう、隣の」と言ったきり黙ってしまった。しばらく、沈黙のまま並んで歩いた。僕が名前を覚えていなかったことがショックで落ち込ませてしまったのではないかと不安になった。

「あの、」と二人同時に声を出した。沈黙がつらかったから声を出したのに、ハモってしまい余計に気まづい気持ちになった。

「あ、今から映画観に行かない?」とぶっきらぼうに彼女が言った。全くの予想外の申し出にせっかく思い出した彼女の名前が吹き飛んだ。だが、僕の口はすでに動いていた。「あ、名前思い出した!えっと、思い出したんだけど、何とか友子さん、橋本?いや、違うなあ、あの橋…」

「橋つかないし、友は合ってるけど友子じゃないし。もう友でいいよ」

 そうか、友かと妙に納得したのを覚えている。失礼な間違いをしたというのに、僕は友の容姿を上から下までまじまじと見た。モスグリーンのシャツに、この暑さだというのにジーンズで、可愛げの欠けらも無い白のスニーカーを履き、丸顔丸メガネ。丸メガネの奥につぶらな瞳。何となく夜行性の小動物っぽいと思った。そう思ってから失礼な気がしてきて「ごめん、友」と謝った。こうして僕は友と出会ったのだった。

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