入間しゅか

第1話

 映画『スカーフェイス』との出会いは高校生の時だった。映画には全く詳しくなかった僕に、父の影響で映画を愛するようになった友が教えてくれた。友とは友達の友ではない。ともという名の女子だ。正確には友美だったか友香だったか思い出せないのだが、僕は彼女を友と呼んでいた。

 友はクラスで目立つタイプの女子ではなかった。我が校は私服校だった。オシャレをする女子たちをよそにいつも暗めの苔みたいな色の服ばかり着ているイメージがあった。化粧をしてきたことなど一度も見なかった(僕が記憶するかぎりでは)。友は美人でもかわいいわけでもなく、カワウソかイタチの仲間みたいな丸顔をしていた。そして、なんといってもトレードマークの丸メガネ。縁も厚めな丸メガネをしていたが、メガネの主張が強く(かく言う僕もメガネだが)見た目をさらに地味にさせていた。

 そんな見た目に反して(と言ったら失礼かもしれない)友は洋画、邦画ジャンル問わず映画に詳しかった。そのことを知っていたのは僕だけだった。別に僕らが恋仲にあったわけではない。その頃の僕は「付き合う」や「恋愛」というものが何であるか理解できていなかった。変なことを言うと性的欲求すらなかった(なかったに等しいくらいにしておくべきか)。友に至ってはクラスメイトと積極的に溶け込もうとしていなかった。


 では、僕達の関係はいつどのように始まって、そして、終わったかをこれから語っていこうと思う。

 様々な教育論を齧っては捨てを繰り返していた母が、突然何かに目ざめ公立高校ではダメだと言い出し、「感受性豊か」な「創造性に富んだ」「素敵な大人」になってほしいと僕をとある私立高校に無理やり編入させたのが全ての始まりだ。何某という思想家が山奥に建てた高校らしく、その何某の思想に基づいた教育システムなんだとか。しかし、高校のパンフレットのどこにも「感受性を育てる」、「創造性の目ざめ」だとか母の理想とする言葉は出てこなかった。その代わりに「奉仕の精神」を持ち「自己犠牲」を当たり前にできる人間を育てると書かれていた。この手の転校はもう慣れていた(いや、諦めていた)僕はどんな場所だろうと母が気に入れば何でも良かった。だが、授業とは別に設けられた修行の時間という謎のプログラムは不安でしかなかった。

 事はとんとんと進み、厳格そうな立派な口髭をたくわえたおじいさん(のちに教頭先生だったと知る)と面接をした後、あっという間に編入が決まった。夏休みの直前という変なタイミング(諸々の手続きの結果、こうするしかなかったとかそうじゃないとか。なぜなのかは知らない)だったことに嫌な予感がした。

 初日。僕は山奥に聳えるドデカい寺のような校舎(一応言っておくが宗教法人ではない)に完全に圧倒された。生徒数は少なく一クラス十人ほどで一学年二クラスしかなかった。全生徒が朝から御堂のような場所に集まり、長めの白髪に立派な口髭のおじいさん(パンフレットにもデカデカと写真で登場した校長先生である)が生徒たちに何やら有難いお話をした。その後、僕は校長先生に紹介され、挨拶をしたはずなのだが全校生徒(五十人ほど)の前で何を話したか覚えていない。「よろしくお願いします」というと、全校生徒が拍手をした。

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