廃墟編03

 神楽坂には、母親がいなかった。正確には、すでに両親は離婚していて、今は一緒に暮らしていない――と、いった意味だ。父親に引き取られた神楽坂は、母親と最後にあったのは二年前になると言っていた。離婚の原因を、神楽坂は話してくれなかったから、それ以上聞くのは野暮だと思い、口を閉じた。

 両親は健在で、それなりに仲の良い夫婦を親に持つ僕には、神楽坂の境遇は同情はするが、理解は出来なかった。

 あえて言うなら、僕は恵まれた環境にいる事に感謝しなければならない。それでも、普通の人間である僕は、そんな幸せな日々を当たり前の様に過ごしている。

 この廃墟から出たら、親孝行でもしようと思った。


 「とにかく、現状を整理しよう」


 神楽坂はいつも、ペンダントをつけていた。それは、母親からもらった形見の様な物で、いつも肌に離さずつけていた。しかし、校則で決められている通り、貴金属を身につける事は禁止されている為、学校にいる間は、鞄の中にしまっていたらしい。それは、他の女子達も同じ様にしているらしく、別に当たり前の事らしい。男の僕からしたら、そんな女子のあるあるを初めて知った。

 しかし、そのペンダントが原因で、僕達はこの廃墟に閉じ込められてしまった。


 放課後、帰ろうとした神楽坂は、いつもの様に鞄からペンダントを取り出そうとしたが、ペンダントがない事に気づく。当然、鞄をひっくり返すして探したが、見つからなかった。どこかで落としたのかと思いだしていると、鞄の中に見知らぬ紙を見つける。

 紙には「お前のペンダントは預かっている。返して欲しければ、地図の場所まで来い」と書かれていた。ペンダントが、誰かに取られてしまった事に気づいた神楽坂は、取り戻す為に、いつもと違う道を歩いていた。

 そして、地図に示された場所がこの廃墟で、無事ペンダントは見つかったが、部屋の鍵が閉められてしまい、僕達は閉じ込められてしまった。部屋の出入り口は一つしかなく、窓の外は隣のビルが近すぎて出る事は出来ない。それに、ここは三階の為、そもそも飛び降りわけにもいかなかった。

 助けを呼べない以上、まさに絶体絶命のピンチに陥った僕達は、現状を整理すればするほど、絶望的状況を受け入れるしかなかった。


 「――って事で、状況を整理したが……」

 「やっぱり絶望的ね」

 「ああ、整理したが意味はなかったな」

 「本当ね」


 もう一度、出入り口の扉を試してみるが、やはり鍵がかけられている様で開かない。入る時は、鍵などかかっていなかった事を考えると、おそらくペンダントを盗んだ犯人は、ここに神楽坂を閉じ込める事が目的だったようだ。

 なぜ、こんな廃墟に神楽坂を閉じ込める必要があったのか。色々な状況を考えると、神楽坂に恨みを持った者の犯行。

 ここから抜け出す突破口となるかもしれない。僕は、犯人を推理する事にした。


 「……ごめんなさい」


 突然、神楽坂が小さな声で言った。聞き取れるか微妙なほど小さな声をだったが、確かに神楽坂は「ごめんなさい」と言った。


 「どうした神楽坂? 何を謝っている?」

 「……私のせいで、あなたまで巻き込んでしまったようね。だから、ごめんなさい」


 自分責任だから、神楽坂は謝っているようだ。あの、捻くれた性格をしている神楽坂でも、他人を巻き込んでしなった事に責任を感じるようで、それで謝っているらしい。もっと、ぶっ飛んだ性格をしていると思っていたので、この不意打ちに近い謝罪は、僕の心をざわつかせる。


 「いや、謝るなよ。僕が、勝手に神楽坂について来ただけだから、別に神楽坂のせいじゃないよ」

 「でも、私がしっかりと断っていれば、きっとあなたはこんな所に閉じ込められる事はなかった。私は知っていたのに……」

 「知っていた? 何を知っていた?」


 神楽坂の言動が、少し引っかかる。知っていたとは、一体何の事だ。

 その答えは、すぐに神楽坂本人が話してくれた。


 「私は……。私は呪われているの」


 神楽坂は幼少の頃から、関わる者すべてが不幸になると言う。放課後、初めて友達になったクラスメイトは公園で遊んだ帰りに交通事故にあった。それだけなら、単なる偶然として終わる話だが、それで終わりではなかった。初めて遊びに行った友達の家は、翌日火事になり全焼してしまい、初めて好きになり告白した男子は、家庭の事情で遠くに引っ越してしまった。そんな風に、神楽坂と関わる者すべてに不幸が降りかかる。

 神楽坂は、そんな自分の境遇を呪われていると考えているようだ。


 「でも、呪いなんて本当にあるのかな? スマホ一つで何でも出来る、この現代社会で呪いなんて――」

 「あるわよ! 現に、あなただって私に関わったから、こんな廃墟に閉じ込められているでしょう!」

 「それは……」


 返す言葉が思いつかない。

 それでだったのか。廃墟に入る前「後悔しないで」と言っていた神楽坂の言葉に、何となく違和感を感じていたが、それはこの呪いの事を指していたようだ。


 「でも、それはたまたまかもしれないだろう? 何を根拠に呪いだと思っている。それを証明する証拠もないだろう?」

 「証拠ならあるわよ! お母さんが、私の本当のお母さんは、私のせいで亡くなったの!」

 「本当のお母さん?」

 

 離婚して、今は一緒に暮らしていない母親は、存命なはずだ。それはさっき、神楽坂本人が話していた事だ。それなら「本当のお母さん」とは、一体誰の事なのだろう。


 謎は深まるばかりだった。

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