第14話 蜘蛛の糸

周りを確認せずに散弾銃を放った同業者冒険者からの追撃はなく、無事に先ほど魔豚と戦った場所まで戻ってくる。

そこまでの道中はスージーさんも俺も無口であった。


「……森の奥で何かあったのかもしれないねぇ」


ようやく口を開いたスージーさんから、不穏な言葉が発せられる。


「何か?」


俺は首をひねって聞き返す。


「今のところ何も感じないけどねぇ……まぁ、気にしないことさね。とりあえず、戻るよ。」


そんなこんなで一日目の午後の狩りは終わり、欲しい素材と食料をゲットした。



さて、午前中は体術訓練、午後は実地訓練と魔術訓練を行い始めて1週間。この生活が始まって初の帰宅日になった。

とはいえ家に戻っても強くなるために行動する、という前提は変わらないわけで、そそくさと書庫に俺は向かった。


「さて、魔術陣を織り込まないと。」


織り込み型の魔術陣の発動方法は大きく2種類。外接型と制御型である。

外接型は魔石から魔力を循環させるため、魔石をはめ込むと常時発動することになる。その一方で制御型は体内から魔力を供給するのだが、オンオフの切り替えをすることが可能となっている。さらに制御型は一度供給を開始すると、意識して止めるまでずっと魔力を供給する状態が続くので、自身の魔力切れにさえ注意すれば使い勝手がいい。しかし、まだ魔術を道具なしで使えない俺は、外接型を使うしかない。


「……一応外接型にするが、制御型に変更できるようにしておいた方がいいだろうな。この蜘蛛の糸の品質はそこまでよくないだろうから、徐々にアップグレードしていく感じになるだろうから、いちいち布を消費するのもよくないだろう。」


俺がこの方法に至ったのは戦いなれるためである。

最終目標は、転生させやがった神への復讐。

しかし、チートをくれなかったため、乳児期からの魔術訓練はできず、後れを取っていると言わざるを得ない。

ただでさえ子供の身体では、パワーもスピードも敏捷性も劣っているわけで、こんな状態では戦えない。それを補うための魔術は前述のとおり使えない。

ならば、道具を使って補えないのか、と探求したところ、この方法に行き当たったわけである。


「……神を倒す方法はいまだ見当たらない。焦りは禁物、と言えども5年でこの進捗は遅すぎる。」


白墨で下書きをしたローブに縫い込みながら、今後の展望を考える。

果たして一生かかっても神に到達できるかわからない状態である。


「これは、将来の仕事を考えるべきかもしれない。」


1年ほど前に聞いたところ、どうやら両親は俺も含めて3人とも国に仕えてほしいようである。


「国に仕えるのもいいことではあるが……教会の聖騎士になって、神についての書物から弱点を調べるのもいいかもしれない。そして、そのあと冒険者になるか……」


現時点ではこれが最適だと思っているのだが、果たしてどうだろうか。


「どっちにしろ、初等教育が終わったら、ルカ兄さんと同じように学園に行くんだろうから、そこで情報収集するしかない。だが、その前に魔術と近接戦闘は極めないとな。」


オラクル先生とスージーさんからは、王都に行くまで鍛錬をつけてもらう予定であり、二人曰くあと4年もすれば、今キャンプをしている森の中で、ソロでサバイバルすることくらいは可能と言われている。ちなみにこの森は中級レベルと言われており、パーティで安全にキャンプできるようになれば、冒険初心者卒業であり、単独であれば中堅、と言われる。あくまで目安ではあるものの、的外れというわけでもない。

将来設計をしつつ、魔術陣を縫い終わり、魔石をつける部分と接続する。

簡単に言うなれば、魔石は電池、魔術陣は銅線と考えればわかりやすいかもしれない。魔術陣、いわば銅線の形、電流の流れ方で効果が異なると考えれば想像しやすいだろう。


「……よし、できた。あとは……野営用の結界維持装置もついでに作ろうかな。確か簡易結界なら……魔石5つがあればできたはずだよな。」


魔石を5つほど取り出し、そこに一つずつ若干形が違う魔術陣を刻み込んでいく。簡易結界は東西南北の四方向に1つずつと中心(対角線の交点)に1つ置くことで発動する。場所ごとに若干陣の形が違い、置く場所を間違えると発動しない。

ナイフのガリガリという音が書庫に響く。魔石自体は小さいが、人ひとりならば十分な強度を望めるくらいには大きい。削り終わりふと顔を上げると、入り口にリン姉が立っていた。


「ん。お届け物。」

「リン姉、ありがとう。」


ふわりと浮いている本、いや来月からお世話になる教科書類がこちらに向かってスライドしてくる。これはおそらく浮遊魔術。これに方向(前世的にはベクトル)を加えれば、飛行魔術になる。とはいえ浮遊魔術でも低速では飛行できるのだが……それよりも、


「リン姉、浮遊魔術って基礎魔術じゃないよね?」


使っている魔術の方が気になった。確か初等教育では習わないはず……。


「もう基礎的な魔術は全部習得した。だから、好きな魔術を使うようにしてる。」

「……」


わずか1週間足らずでマスターしたってことか?

まさか、転生者じゃないよね?

かなりチートだと思うのですが?

いや、はったりの可能性も。


「ん。」


立てた右人差し指の先に火が灯る。


「……」


いや、無詠唱かい。イヤ、ホントに転生者じゃね?


「リン姉……前世の記憶ある?」

「ん?ないよ?……ミリアがスパルタ的に教えてくるから、できるだけ。」

「スパルタって?」

「1日目で基本詠唱で魔術は発動できたから、毎日少しずつ省略した詠唱で発動するのがノルマだった。」

「へぇ~。ノルマ達成しなかったら……?」

「……教養の勉強時間が1つ未達成につき15分増える。」

「あ~。」


普通の生徒なら効果がないかもしれないが、リン姉に関しては効果てきめんだろう。何せ、魔術以外の座学はからっきしなのだから。


「イヤなことを避けるために全力で取り組んだ。」


うん、ミリアさんさすがだな。よくリン姉のことをわかってる。


「それは……織り込んだやつ?」

「あ~、うん。」

「試運転は?」

「まだ、してない。」

「じゃあ、やってみよう。もし出来が良かったら、作って。」


リン姉のリクエストはローブである。これはおそらく……


「裁縫、まだ苦手なの?」

「……」


そっぽを向くリン姉。

因みに俺は前世の記憶のおかげで裁縫はできる。この世界では初等学問所で裁縫の基本は教えてもらえ、2年目だと家の手伝いで裁縫をやる子供もいるほどだ。

俺はリン姉をジト目で見てしまう。

とはいえ、試運転は必要なので、一緒に庭に出てやってみる。

結果はうまくできており、リン姉に織り込みをねだられたが、


「あら、ロバート君、初めてにしては上出来ですね。リンちゃん……いい機会です。今日の魔術練習は裁縫での魔術陣織り込みにしましょう。」


と言うミリアによって屋内へ連行されていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したのに、諸事情によりチートが貰えなかった件について 藤友 優 @Yu-Fujitomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ