第13話 蜘蛛と猟銃

午後は一番に蜘蛛を狩ることとなった。

鬱蒼とした森の中を、進む。スージーさんは魔女らしく空中をゆったりと箒で飛行している。


「途中にうまい魔物もおる。そ奴らを狩るのもよいだろうの。」


スージーさんが地面沿いを俺が走るのと同じ速さで滑空しながらしゃべる。


「何がいるんでしょう?」

「ホッホッホ……それは鉢合わせてからの楽しみだのぅ。」


俺のもっともな疑問には答えてはくれないのであった。

無言で移動する時間が続いたが、その時間は唐突に終わりが訪れた。


「来たぞい。」

「あれは……魔豚マトンか?」

「今日は羊肉のシチューにするかの?」

「……」


そう、この魔豚マトンは家畜の豚より大きい豚の姿をした魔物で、火を噴くことと体当たりを主たる攻撃手段としている。体当たりと火の息吹さえ避けることができれば、遭遇率は他の魔物と比べ低い方ではあるものの、討伐は何ら難しくはないと言われている。

しかし、この魔物の需要と単価は高く、この魔物を専門に討伐する冒険者もいるほどである。理由は、スージーさんの言う通り、味が羊肉のそれだからである。

この国で、羊は羊毛確保を主目的として飼育されているため、流通量に限りがあるのだ。しかし、大都市のレストランではこの味を求める客が多く、その需要に応えるべく、多くの肉類からこの魔豚が選ばれたのだった。


因みに魔豚が数世代すると、イノシシの魔獣、ボア類になると言われている。


「それに群れのようさね。何頭か狩ればいい収入源になりそうさね。」

「……そうですね。」


俺はそう言いつつ右手に杖をもち、睡眠系の魔術陣が装填されていることを確認する。それと同時に自作の防御用の魔術を組み込んだ魔石を左手に用意する。


「耐魔術はそれほど高くはない。まずは……睡眠系の魔術を発動させて……」


5頭程の群れなので、俺が発動した魔術の範囲内に全ての魔豚がおさまる。

3頭は千鳥足のようになり、バランスが取れなくなっているようで、眠りにつくのも時間の問題であろうと俺は判断する。残りの2頭は若干くらっとしたもののいまだに健在そうにし、敵意丸出しでこちらを睨みつけてくる。


「過半数はこのまま倒れるが……うわっ、突進じゃなくて、息吹か。」


手を前に出し、かけっぱなしにしている身体強化の魔術で魔石を砕く。砕くと同時に障壁が出現する。

その障壁と2匹分の火の息吹がぶつかり明滅する。


「……身体強化魔術はしばらく続くから、一度装填から外して、水属性……いや氷属性の魔術、雹弾を装填して、と。攻撃がやんだ瞬間に撃ち抜けばいいだろう。」


俺は障壁で攻撃を防いでいる間に魔術陣の書いてある魔紙を装填し直す。そして同時に、防御用の魔術を刻んだ魔石を新たに取り出し左手に握る。


「……息吹とはいえ、魔豚でよかった。亜竜とかだったら魔石が最低でも10個必要だからな。」


徐々に火力が弱まっているなか、障壁の内側で俺は安堵していた。

そして、火がおさまると同時に、突っ込んできた2体の魔豚の眉間に向かって“雹弾”の魔術を発動する。

杖先から撃たれた2発の氷の弾丸は、魔豚の眉間に吸い込まれ、頭部を貫通する。それと同時に撃ち抜かれた魔豚は、力が抜け推進力を失ったものの、突っ込んできた勢いを殺しきれず、地面を滑るようにこちらへ向かってくる。


「あぶね!」


身体強化魔術に頼り、すぐ近くの木の上までひとっ飛びし、俺は事なきを得た。

すると俺の隣にすぐスージーさんが現れ、


「ホッホッホ……まだまだじゃの。」


と言って笑ったのだった。


倒した5頭の魔豚は、スージーさんの空間魔術によって、異空間にしまわれた。

その状況に驚いていると、そこまでレアなスキルではなく、真面目に鍛錬していれば、この収納異空間は習得できるらしい。

魔豚を倒した後はそのまま、本日の目標たる大魔糸蜘蛛の生息地へと足を踏み入れた。


「……いたるところ巣だらけですね。」

「まぁ、狩りの手段は普通の蜘蛛と同じだからのぅ。ただし、標的は他の魔獣や人間なんだがの。」


この蜘蛛の糸を素材として使う場合、まず低温にしなければならない。こうすることで糸本来の粘着力をなくすことができ、採集者が絡まって蜘蛛の餌になるというリスクが低減される。

そのため、俺は“雹弾”を風属性の“冷風”の魔術陣に変えた杖を左手に、土属性の“土隆棘”を装填した杖を構え、この巣窟をゆっくりと進んでいる。


するとその時、わずかながらにカサカサ、という物音が聞こえ、俺がそちらに杖を向けると、そこには10歳の子供ほどの背丈の身体を持つ8本足のムシがいた。


『お出ましか……話には聞いていたが、ハリーポッターかよ。』


俺はそう内心思いながら、まず動きを緩徐にしようと思い左手の杖の魔術を発動させる。すると、若干動きがゆっくりになったので、そこで止めに右手の杖の魔術、“土隆棘”を発動させた。

発動した魔術は、見事に頭胸部と腹部の間のくびれ部分に棘が突き刺さり、


『キシャァァ』


という小さいながらも高い悲鳴を上げ絶命した。


「見事さね。油断しなければ単体は心配いらなそうさね。」


少し後ろで様子を見ていたスージーさんが、声をかけてくる。


「さて、あと何体か取ればいいさ。」

「わかりました。」


スージーさんは俺に声をかけながら、アイテムボックスに死体をそのまま入れる。

そして、少し先へ進むとまた大魔糸蜘蛛を見つけ、杖を構える。

魔術を発動しようとした瞬間、破裂音が鳴り響き、目の前の蜘蛛の頭胸部が爆ぜる。


「おやまぁ……他の冒険者さね。それも炸裂銃じゃねぇかい、ありゃぁ。」

「炸裂銃?」

「弾が分散するんだよ。散弾銃とかも言ったかねぇ。危ないったらありゃしない。全く……。」


そう言いつつ、無詠唱で赤い光を灯すスージーさん。そして、俺に向かって一言、


「相手は若干殺気立ってる。あたしから離れるんじゃないよ。」


そう言って、蜘蛛の遺体から離れる方向、すなわち今まで来た道を引き返した。





*  *  *  補足  *  *  *


赤い光を灯す理由


ス「ロバート坊、何でかわかるかい?」


ロ「えーと……赤い光は遠くまで届くため、声が届かない位置とか声を出せない状況の同業者に、いるということを知らせるため、ですよね?」


ス「そうさ。殺気立った生き物ってのは危険だからねぇ……人間も例外じゃぁなくてね、昔は誤射なんてもんもあったのさ。だからで鉢合わせた同業者に、ここに人がいます、ってことを知らせるためさ。ちなみに、赤い光を点滅させるのは?」


ロ「救援要請?」


ス「正解」


ロ「でも、赤い光を出す魔物もいるんじゃ?」


ス「もちろんいるさ。まぁ、気をつけなさい、ってことをしらせるのさ。」


ロ「なるほど。じゃぁ、僕も気を付けないとね。」


ス「ああ、そうさね。」

 『こういう時は、年相応の反応な気がするんだが…………たまに大人と喋ってる気がする…………』


ロ「?」


*  *  *  補足終  *  *  *

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