第8話 魔術師ギルドⅡ

俺は本棚の目の前で見上げる。目当ての本は魔物図鑑である。

上を見上げながら、本棚に沿って歩いているわけだが、周囲への注意がおろそかになる。当然の帰結として、周りの障害物にぶつかる可能性も上がるわけで、


「わ……ごめんなさい。」

「おっと……坊主、気ぃ付けな。」


魔術使いとぶつかってしまった。その魔術使いは背の高い男で当たり前のように黒いローブを着ている。

あ……これはまさか絡まれる的な感じか?困ったな……テンプレみたいに倒せるわけでもないんだが……


「……てか、坊主……何探してる?」

「……魔物の図鑑、みたいなものを探してて……」

「ん?魔物の図鑑……?ひょっとして討伐でもするつもりか?」

「いえ、どんな魔物がいるのかな、と思いまして。」

「ふぅん。……勢いあまって森に突貫……てキャラじゃなさそうだな、坊主。魔物の図鑑なら……こっちから見て2列目の本棚にある。そこ探しな。」

「あ、ありがとうございます。」


なんだ…親切な人か……


「ちなみにだが、背が届かなかったら……これ。」


本棚の下を指さす。そこには魔水晶がはめ込まれていた。


「これに何段目にある本、みたいなことを言えば下に降りてくる。じゃ、お勉強頑張りな。」

「……ありがとうございます。」

「あと……」


立ち去ろうとしていた男が止まり付け加える。


「一人で魔術ギルドに来るのは大丈夫だが……他のギルドには行かねぇ方がいい。危険だかんな、他の連中は。じゃな……」


俺は黙って一礼しておいた。

あの男の装飾……それは母さんより高位の魔術師を表す銀だった。そして、その男が向かった先に、白いローブを着た女がいたことも俺は見逃さなかった。


「ま、いっか。さて…2列目か。」


2列目の本棚を、先ほどより周りに気を付けながら目当ての本を探す。

すると、本棚の5段目にあった。やはり届かない位置だったか。

高位の魔術師が言っていた通り、魔水晶に向かって5段目の本、と言ってみると……


「ウワッ!」


本棚の5段目が前に出てきて1段目まで下りてくると、1~4段目までがせり上がり、5段目が1段目になったのだ。


「立体駐車場みたいだな……」


そんな感想が思わず出てしまう。後で聞いた話だと、魔導書庫という魔道具の一種らしい。ちなみに、魔術師ギルドの魔導書庫は特別性であるらしいが、よくわからない。緊急時に何かしらのギミックがあるらしいのだが、詳細は不明のようである。


目当ての本を手に取り、リン姉とルカ兄のいるテーブルに戻る。

そして、依頼内容の討伐対象について調べてみる。


『スモールラット

二種類いる。自然界の魔素だまりから自然発生するものと魔素を取り込みすぎた結果、ドブネズミが変異するものがある。

一般的に魔物としては弱いが、変異したものは屋内で食べ物を食い散らかすだけでなく、人間に対して毒となる物質を含む糞をしたり、家自体を食べてしまう。』


「なるほど、外見はネズミで内容はシロアリとゴキブリみたいなものか……」


思わずボソッと呟いてしまう。周りには聞こえていないようだったが。


『危険度並びに討伐難易度は最低ランクのE級、しかし、魔術師がいない場合で屋内、特に住居だと討伐難易度はC級に上がる。』


「……ただのネズミなのに?C級って他なんだっけ?」


危険度、討伐難易度E級にはスライムなど、D級にはゴブリン、ワーウルフなど、C級にはヘルハウンドなど、B級にはオーク、オーグ、グリフォン、ワイバーンなどらしい。

これらからわかるように、普通ならば危険度と討伐難易度が同じなのだが、なぜか危険度が低い魔獣の割に討伐難易度が高いのだ。


オーグとヘルハウンドが、ただの魔物化したネズミと同じ討伐難易度なのだろうか?

前世の記憶では同じとは思えないのだが……


「さて、みんな行きましょうか。」


母さんが来たので思考をやめる。三者三様の過ごし方をしていた俺たちを見て苦笑していたような気がしたが、気のせいだろう。


「あら……ロバート。本借りたのかしら?」

「え……うん。ダメだった?」

「いいえ、大丈夫よ。受付の人に返しておきなさい。そうすれば戻してくれるわ。」

「自分で戻さなくていいの?」

「大丈夫よ。というより、そうするのがマナーってなっているから。」

「わかったよ、母さん。」


そう言って俺は、さっきぶりに受付の老婆のところに行く。


「……ん?メイリンのとこのガキかい?どうしたんだい?」

「えーと……これを読んでいたんですけど、返しに来ました。」

「……なるほどね。返却かい。ほれ貸しな。」


本を渡すと、老婆は杖を取り出し、本に向かって杖を振る。すると、本がひとりでに本棚へ向かって動き出すのであった。


「え……すげぇ。」

「ホッホッホ。この程度できねばのう。それより……お主、何か目標でもあるのかの?」

「……え?」


俺は訊き返す。老婆はにやりと笑い、続けた。


「いやね……リンのように何か目標があるような気がしただけさね。老婆の勘じゃ。まぁ、言いたくないなら無理にとは言わん。リンは“天秤”に認められたいようじゃが、お主は何かへの怨嗟を感じるぞ?」

「……」


気付かれているのか?と俺は心の中で焦る。


「ふむ……なんかありそうじゃの。まぁよい。わたしゃ、この街を終の棲家と決めとる。もし、相談があるなら、このギルドに来ればよい。毎日いるからの。」

「ありがとうございます。魔術が使えるようになったら相談に来ます。」

「よき事じゃ。この歳になって残っていることと言えば、残りの人生で後進を育てることだからねぇ。受付にいなかったら、“暴嵐の魔女”と取り次ぐように言えばよい。」

「わかりました。」


そう言って、俺は入り口の近くで待っている家族のもとへ向かったのだった。

スモールラット討伐を依頼したのは、街の商家のようである。倉庫に数匹出没したのを確認し、ギルドへと依頼を出したらしい。

普通ならばお抱えの魔術師が駆除するのだが、残念ながら今は仕入れの護衛として、この街の外にいるらしい。

その商家へ行く道すがら、母さんとリン姉は相談していた。


「さっき、魔力紙に“探索”の魔術陣と“催眠”の魔術陣を書いておいた。」

「そう。ならいいでしょう。もし、失敗したら私がいますから、気にせずに。あと、浮遊の魔術は?」

「……いつも常備してるから大丈夫。頑張ってみる。」


先ほどから、母と子というより、魔術の師匠と弟子みたいな構図だな、と俺は思った。ちなみにルカ兄はというと、


「…種火よ。よし、一節で“着火”は使えるようになった。だがまだまだ。種火よ。」


魔術の練習である。一応言っておくが『まだまだ』というレベルではなく、この歳にして一節での生活魔術の使用は十分にすごいことである。

まあ、リン姉の実力がおかしい、と言ってしまえばそれまでなのだが。

一方の俺と言えば、ただ三人についていくだけである。ちょうど、母さんとリン姉の話がひと段落したようなので、声をかけてみる。


「……母さん。あの受付の魔女さんって誰?」

「え?あぁ、あの人はね、スージーさん。“暴嵐の魔女”と言われるすごい魔術師よ。あの件さえなければ白色のローブに手が届くと言われたんだけどね。」

「へ……そんなにすごいんだ。」

「ええ……でも“天罰”に巻き込まれてしまったのよ。その時の大怪我で障害が残って、黒基調に銀装飾のローブで打ち止め。そのあとは、王都からこの街に移住して静かに暮らしているわ。」

「そうなんだ。」


もしかしたら、今日来たことは運が良かったのかもしれない。

魔術が使えるようになったら、弟子入りしてみるのも一つの手かもしれない。

俺はそんなことを思いつつ、一つ気になることがあった。

“天罰”という言葉である。全く意味の分からない言葉であるため、これもまた調べてみようと頭の片隅にメモをした。



依頼主の商家の倉庫に着いた俺らは、リン姉と母さんを先頭に倉庫へ案内される。

その倉庫はメインで使っている倉庫ではないため、穀物など重要なものはないらしいが、棚とその棚に置かれている樽などの入れ物がひしめき合っていた。

リン姉はその倉庫の入り口に立つと杖を取り出し、


「……やってみます。“発動”。」


と唱える。すると、杖の先が青く光り、倉庫全体を淡い光が覆う。その光が落ち着くと、違う杖を取り出し、


「“発動”」


と唱えると今度は杖先が赤く光る。その横では母さんが杖を出して、ボソボソとつぶやく。


「魔の者の所在示せ」


母さんの杖もまた赤く光っている。どうやら、魔物の位置を探ったらしいことはわかった。

そのあとは、倉庫内をリンがトテトテと駆け回りながら、時折杖をふるい、眠っているネズミらしきものを籠に放り込んでいった。

ネズミスモールラットの回収が済んだところで、依頼主の商家に依頼完了のサインをもらい、魔術師ギルドで終了の手続きをして、その日は帰宅した。


その後、魔道具による魔術発動の本と天罰についての本を寝るまでの間、夢中で読んだのは言うまでもない。

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