第2話 お約束の真っ白な空間(後)

「いや、ちょっと待て…」

『なんだ、人の子よ。』


途中で呼び止めた俺に対して神は不機嫌さをあらわにしながら答える。


「どんな世界への転生なのか、くらいは教えるだろう。」

『何かと思えば…そんなことか。剣と魔法の世界。この説明で事足りるか?』

「…ああ、わかった。」

『であれば、転生させ…』

「だが…損害賠償はまだだが?」

『人の子よ、しつこい。』

「損害賠償として、チートスキルの一つくらいは要求する。」


俺は転生系のライトノベルに対し面白くないと思いつつも、そのチートスキルに関しては、異世界に行くのであれば必須だと思っていた。なにせ、右も左もわからぬ世界に行くのだ。保険はあるに越したことはない。この際、嫌いかどうかなどどうでもよい。合理的に勝率の高い、この場合であれば、生き残るための最善策を取ることこそが重要である。

さらに言えば、チートを得ることによって、俺のこれからの人生がそのテンプレ通りになる可能性もあるのだから。もしも、もとからあったレールを辿れるならそれに越したことはない。本の中のこととはいえ、頭の中にその知識があれば、楽をできるはずである。

しかし、そんな俺の願いとは裏腹に、目の前の神は溜息を吐くと呆れたように口を開く。


『否である。』

「は?なんでだ?」

『人の子よ…地球上に存在する転生、転移モノは多いと思わんかね?』


関係がないように思える話題を振られるが、何かしらの情報が得られるならば、と思い話を合わせる。


「ああ、そうだな。」

『では、なぜ多いのだろうな。』

「……それは……なんでだ?」


確かに疑問である。先述の通り話のネタにでもと思い、ラノベのコーナーに行った際やネット小説サイトにアクセスした際、転生、転移モノにあふれていた。確かに多すぎる気がする。なぜだ?


『それはな…それらは代々の神界の者たちが見学した事象を、地球上のラノベ作家という者たちに天啓として与えているということだ。』

「…ということは、実際に世界のどこかであったことだということか」

『うむ、人の子よ、汝は合理的に過ぎるものの、賢いもののようだ。その通り。』


若干貶されたような気もするが、置いておこう。全くもってつながりが見えなかった。


「…それのどこが、チートスキルが貰えないという今の状況に至るんだ?」

『それに答える前に、むろん貶しておる。汝が他者の感情にもっと機微であれば、殺されることもなかったであろう。さらに、信仰のなさもひどい。』

「…意味が分からないのだが?感情、というものは最も不要だ。感情に引っ張られれば、重要な決断を下せなくなる。信仰に関しては、神から利を得たことはない。実際こちらが神のミスによって、不利益を被っているのだからな。目の前に神が存在しようとも、信仰する気も失せる。」

『神の説法を神の御前で否定するとは……。感情をどうこう言うことに関しては一理あるものの、生きにくいであろう。信仰の欠如に関しては…まあ、来世でも後悔すればよい。さて、先ほどの質問の解答であるが…需要がないのだ。チートスキルの需要が。』

「…おい、神…それって代々の神が、供給過多にしてしまったということか?」

『そういうことだ。』


俺はあまりの答えに呆れかえる。需要供給曲線など日本ならば中学で習うことだったと思うのだが…。


「…おい、神…需要供給曲線というものを知っているのか?」

『人の子よ、口に出さずとも聞こえておる。それとも、口に出すことによって我らへの侮辱が狙いか?』

「侮辱…というより呆れている。」


俺は今までの流れを思い出す。


「神の間違いにより死亡、異世界行きは本人の許可がないのにもかかわらず理不尽なことに確定。しかし、旧来の神による需要を無視した供給過多により、チートスキルはなしで、損害賠償もなしということか?」

『言葉の端々に若干の侮辱を感じるものの、おおむねその通り。』

「いや、ふざけるなよ?」


俺の怒りの声に神もまた反発する。


『というよりもな、人の子よ…人の子らは望みすぎだ。きちんと我々は重大なミスを犯したアルタイル・イトウェルを左遷し、責任を取らせた。そして、ミスによって出た被害者への補償として、第2の人生を異世界ではあるものの与えた。これ以上、何が必要かね?』

「…望みすぎ?まず、まだあったはずの人生をミスによって潰された。それに対しての代替案として第二の人生を与える。それも損害を与えられた俺の異世界ではなく前の世界の俺に戻してほしいという希望は無視して、だ。現時点で俺は損しかしていない。であるならば賠償請求権はまだ残っているはずだ。」

『それはそちらの道理。我ら神の道理ではないと先にも言った。我は神の道理として、最新神界法改訂2341版に基づいて、人の子の魂を適切に処理しているに過ぎない。なんら神界法に抵触はしていない。」


企業や政府のようなことをぬけぬけと話す神だと俺は思った。だが、その思考は当然聞こえているわけで…


『人の子よ、これまでの代々の神は、その不手際、主に異世界転生によって左遷されたのだ。その結果、統合神界の総統である神より、神界法改訂のお触れが出た。それに則って、我は淡々と処理をしているまでだ。これ以上駄々をこねるのであれば、日常業務への支障がきたされると判断し、私は統合神界へホットラインをつながねばならない。』

「…連絡したら、どうなるんだ?」

『霊魂の消滅も覚悟した方がよいだろう。』

「…それは?」

『ここで、そちの存在が失せるということだ。そちの霊魂の代わりなど、先ほども言ったように神界で1か月もすれば作られる。』

「…」

『ちなみに、意識がはっきりしている状況での消滅には…1時間ほどかかるが、地球では感じられぬ、そして感じたことがないほどの恐怖、痛み、なんとも言えない不快感をずっと感じられるだろう。どうする?』


俺は内心、脅迫かよ、と毒づく。いろいろ考えてみるものの全く勝算がある案が思いつかない。ここは素直に転生するしかないようだ。だが、いくつか確認したいことがある。


「…わかった。チートはなしでいい。ただ…三つ確認させてくれ。」

『ほう、なんだ、人の子よ。』

「一つ目…努力すれば、強くなれる世界なんだよな?」

『その辺は地球と同じで、努力をすればある程度まではなる。』

「そうか…二つ目…あんたの名前は?」

『私か…リゲル・スターだ。』

「リゲルさんね。わかった。三つ目、神界って入る方法はあるのか?」

『人の子が入ることか…入り方はあるが、力の関係上ほぼ無理だな。』

「そうか…わかった。それで十分だ。今度はミスをしないでくれよ。」

『もちろんだ、人の子よ。剣と魔法の世界へ転移させる。それでは幸有らんことを。』


光が俺を包み込む。どうやら、異世界へ飛ばされるようだ。

自分たちで不幸にしたくせに幸有らんことと抜かすとは…





目の前から神が消えた瞬間、俺は決断した。

目の前にいなければ感情は聞こえない、と判断したためである。







神界のアルタイルとかいう奴と

あのリゲルという神を

倒すと。



* * *


『面倒な人の子であった。』


締まった体躯の神はどこへというわけもなくそう呟くと、また地球の管理監督の業務に戻るのであった。

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