転生したのに、諸事情によりチートが貰えなかった件について

藤友 優

プロローグ(全2話)

第1話 お約束の真っ白な空間(前)

「以上のことより、会社の合理化を目的とした勤務形態の多様化が必要なことだということはご理解いただけたかと思います。そのモデルケースとして、私の所属する『企画開発部第1課』にてモデルケースを行わせていただきたいと思っております。」


俺は、並み居る重役たちの前で勤務形態の変化の必要性について語り、まずはモデルケースを、と説く。うまくいけば、在宅勤務なども十分に可能になることであろうし、子育てをしながらの労働も可能になるだろう。

仮にうまくいかなかったとしても、俺の評価を下げたい重鎮共がそれ見たことかと糾弾するであろうが、まだ俺は若く返り咲くチャンスなどいくらでもある。そして会社の一部の変更であるため予算は食わず、赤字にもならないはずだ。第一、最も社の利益に貢献している1課が実験台に立候補しているのだ。否定する気もないだろう。失点稼ぎにつながるかもしれないのだから。


「私はいいと思うよ。」


人事部の部長が賛同を示す。彼女は私の隠れた後ろ盾でもある。何度か上と揉めた際などに取りなしを引きうけて頂いた人物だ。いまだに男尊女卑の文化が根付く日本において人事部の部長にまで上り詰めた女傑である。

彼女の座右の銘は『男女差別?そんなことで批判してる暇があるなら、目の前の男を蹴落とした方が速い。』だそうだ。我ながら大きな後ろ盾を得られたものである。

そんな彼女の意見を無碍にはできず、この企画は渋々ながらも了承された。


そんな肩の凝る会議を終え、一日の勤務をこなした俺は帰宅ルートの繁華街を歩いていた。

すると目の前から見覚えのある男がやってくる。あれは、数年前に人事評価で最低の評価を下した男だ。一応他の部で活躍できる可能性を考え、この部には不適格、という判断をしたはずの男である。その後、他の部へ異動となり、すぐに辞職したと聞いたのだが、なぜこの場所にいるのだろうか、などと考えるうちに互いの距離が数歩の距離となった。その刹那―――






「死ねぇーー!」


目の前の元部下が叫びながら、俺に突っ込んでくる。咄嗟のことに反応が追い付かず、腹部に強烈な痛みが生じた。いや、焼けたような痛みというべきであろうか。だんだんと痛みが意識を占拠していくとともに足腰に力が入らなくなり、膝がアスファルトに衝突する。誰かが悲鳴を上げただろうか、警察を、という声が聞こえた気もする。しかし、確認する前に俺は道路にうつぶせに横たわり、意識を手放した。

最後に思ったことは、ただ一つ。あと少しで部長だったのに、ということである。


* * *


『…たまえ…起きたまえ…神の御前であるぞ。』

「…ウグッ」


何かの声により意識が戻った俺はあたりを見回す。目の前に締まった体をした男が立っていた。


『やっと気づいたか、人の子よ。詫びをせねばならぬな。』

「…詫び?」


意識がいまだにもうろうとしている中、何とか復唱する俺。


『そうだ。人の子よ、まだ死ぬべきではなかった。だが、死んでしまった。これは我らのミスである。』

「…?」

『ここへ来る前に、死なせてしまった原因を作った阿呆は神界にて更迭させた。』


ここで、やっと俺の意識は鮮明化し、俺がいる場所の把握をし始める。俺を包む空間は真っ白い空間。医療設備などもない…ということは夢の中だろうか。いや、神の御前、とか言っていたから冥界に近いのか……まぁ、それはともかく確認しなければならないことがある。


「…更迭ですか。神界というからには複数の神がいる組織と捉えてもよいのですか?」

『…ウム。であるからにどうした?』

「組織、であるならば、ミスに対して更迭だけでなく、原因の究明並びに再発防止の対策、そして被害にあった者への詳細な説明をされてしかるべきかと思いますが?」

『人の子よ、神に対してのその態度、無礼である。神と知ってその狼藉とあらば、よほど信仰がないように思える。』

「信仰も何も、俺は道理を言ったまでですが?」

『それは人の道理。我々は神の道理に従う。いちいち我らが人の子に説明する義務はない。』

「…それはただの傲慢というべきだ。人の世界なら損害賠償請求されて然るべき所業だと思うが?」

『…人の子よ、貴様こそ口を慎め。神に対してのその傲慢極まりない態度、到底容認できるものではない。』


若干の怒気が発せられる。しかし、俺は納得のいく説明をなされないことには引き下がる気は起きない。なので、俺は疑問に思っている部分を問う。


「…では、聞き方を変えましょうか。私を殺そうとした男は明確な殺意を持って、俺の前に現れました。これのどこが、そちらの手違いになるんです?まさか、神が思考誘導して焚きつけた…なんてことではないでしょうね?」

『誤解極まりなし。間違った解釈であるため、訂正をするしかない。…本来ならば、人の子を殺した男はその前に、故障した踏切が原因で殺されるはずであった。しかし、死ななかった。これは1分ほどのずれが原因であり、そのずれを起こした張本人を、地球の管理者の一端から追放した。ただそれだけの事。正味で言えば、人口からいえば本日の死の数では一緒であるためそこまで問題とはなるまい。』

「…問題とはならない?ミクロ的に言えば、問題だろう。」

『我々は管理者。大勢が同じであればよい。人の子の言葉をつかうのであれば、マクロ的には問題はなかった、でよいか。』


俺は不満しかない。しかしながら、この神だとかいう奴の話を聞いてみようと思う。反論するのならそのあとだ。


「…マクロ的には問題ない、か。」

『そうである。不満が心の中に渦巻いておるようだが、人の子のそのような些事、我らには関係がないこと。で、あるならば、解決にちょうど良い。』

「…解決?」


俺は何故だか猛烈な危機感に襲われる。


『とある世界で、マクロ的に看過できないミスが起きた。とはいえ、我らからすれば、一人予定外の者が死亡した、だけであるのだが。人口の調節のため、一つ魂を増やさなければならない。が、一つ増やすのに神界では1月を要する。それならばこの魂を、あちらの管理者に渡すのも一つの手。前例もある。』


この言葉に俺は、社会勉強の一環として読んだラノベの転生を思い出す。後輩たちとの会話のネタにでもと思って色んなジャンルを読んでいたか…。転生モノに関してはそこまで面白いものとはいえず、ビジネス書や実用書に比べれば全く読んでいないものの、知ってはいる。あの量産型のハーレムで俺TUEEEだということは。


『ほう、人の子よ、転生を知っているのか。ならば話がはやい。説明の手間が省ける。統一神界からも魂の委譲についての承諾が出た。不幸にも途切れてしまった人生を補填でき、人の子も満足であろう。』


いや…俺は先ほどまで生きていた世界での人生を失ったことに不満を覚えているわけで、異世界での補填は求めていない。それにもう一つ重要なことがある。


「…俺は許可をした覚えが全くもってないのだが?」

『人の子の魂の数は我々が管理するもの。であるならばそのような許可の必要性はないであろう?』

「は?」

『…は?ではない。たとえ拒否しようとも無理やり力づくでの転生も可能である。』

「…」

『口答えはもうないようじゃの。では…』


そう言って、すぐに転移させようとする神。異世界へ行くことは確定のようだ。だからこそ更なる不満を覚える。


「いや、ちょっと待て…」


俺は転生させようとする神に待ったをかけた。

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