詩的散文に就て

分身

第1話

 詩的散文とは何か。其れは散文の中に犯罪者の狡知を以て詩的事実を嵌め込む事であり語りが騙りとなって読者をポエジーに陥れる事である。丁寧に取捨された言葉が相和してイメージの交響楽を奏し全てが騙りへと収斂していく。罪の無い騙りは読者を突風に巻き込んで何事も無かったかの如く吹き去って読む者をして呆然足らしめる。ソリッドな質感を持つ言葉は研ぎ澄まされ金属の光沢を放つ。其の金属片が接合されて生命体を生成すると被造物は歓喜を謳う。様々なイメージが歌となって宙空を舞い踊る。だが其れは刹那の運動で在って永劫に連続するものではない。かように散らされたイメージが一時閃光を発し闇に落ちいって行く。閃光は眼球を通じて脳髄へと達する。すると脳髄はアレはスペクトルではなかったかと思考する。断じて否、アレはゴツゴツとした不連続体で在ってそうでなくては百花繚乱のイメージが石化して了う。石化したイメージは色彩を失う故脳裏には過去のものとして蓄えられる。其れは最早詩的ではない。ビビッドではないからだ。石化を回避する為には絶えず真摯にテキストを生成しなければならぬ。海を素潜りする様にナラティブの限界に挑戦せねばならぬ。深く深く内面に沈潜して内面の情動の呻吟に耳を傾け自ら反芻しもがき苦しむ様を文字に起こすこと。其れがイメージの事件性である。其れ故詩的散文はアフォリズムの鋭利さに屢々適合する。優れたアフォリズムはウィットを内包する故イメージを艶やかに彩る。換言すると優れたポエジーの通底にはウィットが無くてはならぬ。誰にも悟られない様計算に基づいて配置されたウィットは財布を掏る様に読み手に近づいて気がついた時にはもう騙られているのだ。この様に詩的散文は犯罪である。手口の巧妙さがテキストの質感を決定する。読み手の注意を散漫にする様にテキストは馴致されており不慣れな読者を罠へと導く。この罠は苦痛を伴わず寧ろ快楽を齎らす。テキストを耽溺するための快楽である。この快楽を維持する為には計算が必要である。遠くない日に計算機が快楽の計算をするだろう。然し本物の詩人は芸術家で在る為勇敢にも自らの感性に賭けるであろう。詩的散文は今暫く孤高の芸術として語ることで騙ることを止めないであろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

詩的散文に就て 分身 @kazumasa7140

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ