ピアノ

 私には、ずっと忘れられない人がいる。

 それは幼い時にピアノの発表会で出会ったある男の子。その子の演奏は今までにないくらい綺麗で、高校生になった今もそれは変わらない。私が覚えていることは、彼の演奏と名前だけ。一緒に遊んだけど顔も思い出せなかった。


「えー、今日から1-5の担任になった諸橋もろはしだ。さっそくだが自己紹介をしてもらう。まずは1番の相田あいたから」

「はい。──」

 そうしてそれぞれ自己紹介をしていく。その中でふと、彼の名前──はら和也かずやの名前を思い出した。なぜだか分からない。だが、直感的になにかがあると思ったのかもしれなかった。

「次、13番」

「はい。原和也です。ピアノをやっています」

 この人だ、と思った。私の前の席の人。

「次は14番」

「あ、はい。穂波ほなみ陽花梨ひかりです。私もピアノをやってます」

 君は私のことを覚えているだろうか。一方的に覚えていてもおかしくないくらいの年月が十分にたっている。勇気をだして話しかけてみるのもいいかもしれない。……とても緊張するけれども。


 自己紹介が終わり、フリータイムとなった。

 今しかない、そう思って声をかけてみる。

「あ、あの。えーと、覚えて、ますか?」

 どう話せばいいのかわからず、外国人のようだ。だけど彼は、私の目をしっかりと見てにこりと微笑み、

「もちろんだよ。ひかちゃん、でしょう?」

 私の予想をいい方に裏切ってくれた。

「そうだよ! かずくん。もう一度、ピアノを聴かせてね」

「こちらこそ」

『ひかちゃん』『かずくん』

 それらは、私たちがかつて呼びあっていたあだ名だった。

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