Article 3. A Nomads' Tea Party ②
そんな二人の様子を見かねてか、
「ちょっと弓美、やめなさいよもう。
謠子に注意されて、はいはい、と弓美は軽い返事を返す。謠子もそれ以上は突っ込む気はないようで、そのまま二人で会話を始めた。
「いやはや、謠子が年下好きとはねえ。まあ、年上好みか年下好みかって言ったら、年下の方が好きそうだけど」
「なにそれ、勝手に分析しないでよ」
嫌そうな顔をする謠子に、弓美が追い打ちをかける。
「いやいや、私はお前のことならよーく知ってるんだからな。間違いなく年下好きだだろ、お前」
「なによもう。……別に年下が好きだっていいじゃないの」
「ほらな! やっぱりだ!」
口を尖らせて発された言葉とは対照的に、謠子はとても楽しげに見える。葉月は、何となく胸に重たいものを感じていた。
「ちょっと何か言ってやってよ、葉月」
「え、いやあ……」
唐突に謠子に話を振られたが、完全に弓美のペースに乗せられていた葉月は答えに詰まる。そんな葉月の様子を見て、弓美がまた笑った。
「ははは。そんな聞き方して、謠子の方こそこの子をいじめるんじゃないよ。おーおー、お姉さんにいじめられてかわいそうに」
からかうような視線を向けられるが、葉月は何も言えない。と、謠子が話を戻した。
「弓美こそ絶対年下好きでしょ」
「まあね。でも、いまの彼氏は年上だけどね」
「ふーん。長続きするかしらね、それ」
謠子の軽口を、弓美は笑ってかわしていた。そのうち、いつの間にやら話題が切り替わって、また二人で話し込み始めた。情報分野の専門的な話のようで、葉月はまったく話題についていけない。さっきまでのふざけた調子はどこへ行ったのか、気づけば最初に見かけたときのように真面目な表情で話していた。
話が一区切りついたところで、弓美が言った。
「そろそろ時間じゃん。謠子、行こう」
時計を見れば、昼休みも終わりが近づいていた。
「そうね、行きましょうか」と謠子が返事をしたその時、唐突に弓美が「そうだ」と言って葉月の方に向き直った。
「葉月ちゃん、連絡先交換しとこうか」
そう言って、彼女が目を合わせてきた。弓美のコンタクト型フリーグラスから申請が飛んでくる。葉月は言われるがまま申請を承認した。いつの間にか名前で呼ばれていたことには、端末のリンクが完了したころにようやく気が付いた。
「謠子の共通の知人ってことで。これからよろしくな、葉月」
そして気づけば呼び捨てされていた。距離の詰め方がおかしいところは、謠子に似ていた。
「じゃあ葉月、また来週ね」
謠子が葉月に別れを告げる。連れ立って離れていく二人の姿を、葉月は茫然と眺めていた。嵐のような勢いが去って、少し落ち着いて考える余裕が出てきた。
謠子の友だち。自分の知らない人。
せっかく会ったのに、謠子はあまり自分に関わってこようという感じではなかった。一方で、弓美と話す彼女はとても楽しそうな様子だったな、と葉月はそう感じていた。お互い一切気兼ねしない様子で、浅い付き合いではないらしいことは葉月にもすぐに分かった。二人の距離感は、自分と謠子のものとはまた違ったもののように思える。
真由との飲み会の日以来葉月の中に居座り続けているものとはまた別に、何となく心に引っ掛かるものを覚えたが、言葉にできずもやもやが止まらない。
三限の始まりを告げる鐘の音を聞いてようやく我に返った葉月は、急いで教室に向かった。
*
その週末、葉月は
何かに悩んだとき、一人になりたいとき、ぼーっとしていたいときは、いつもここに来るのが習慣になっていた。でも、それももう終わりだ。
ほんの半年程度の利用だったとはいえ、なくなってしまうとなると、やはり何となく寂しいものがあった。
眼下に見える町並みは、今日も変わらぬ様子でそこにある。天球に輝く満天の星空も、いつもの通りだ。ALISが終了した後、この町も空も、どうなるのだろう。無人のまま放置されるのか、それとも、何もかも消えてなくなるのか。
そんなALISと一緒に自分も消えれば、もう悩まなくてすむだろうか。あるいは、いっそ世界ごと――。
なんとなく、ネガティブな方向に考えが向く。
葉月は、現実的なことに思考を切り替えようとした。七月に課題を提出して立法学が終了した後、謠子と自分はどうなるのだろう。そんなことを思った。
先日の謠子の態度を思い出す。
弓美は謠子の友人のようだった。友人と話すときの謠子はあんなに楽しそうなのか。葉月の胸がずきりと痛む。謠子にとっての自分は、やはり単なる一時の付き合い、課題をこなすまでの間柄でしかなくて、自分たち二人は、やはりそれ以上の関係にはなれないのか。ああも見せつけられると、どうしても自分との差に愕然とする。
謠子に感じていた自分の気持ちは、やはり一方的なものでしかないのだろうか。
居酒屋で問いかけられた質問が、葉月の頭をよぎる。自分にとって謠子はどんな存在なのか。いまとなっては、答えなくて正解だったのかな、と葉月はそんなことを考えていた。
ふさいでもしょうがないか、と葉月はまとわりつく思いを振り払うように頭を振った。腰を上げて、吹き付ける風を全身で感じる。体中をくすぐる気持ちよさに、自然と意識が外界に向かう。時間を確認すると、まだ夜の十時だった。
ALISももう見納めになる。せっかくだから街を見て回ろうかと思い、葉月はゆっくりと丘を下って行った。
サービス終了発表の効果もあってか、街の中は心なしか普段より賑わいを増しているような気がした。実際、いつもより人自体が多いように見える。
街中で立ち話を聞いている限りでは、運営側の担当者にとっても、今回の件は寝耳に水だったようだ。みな困惑はしたものの、最後まで誠心誠意がんばるぞ、と彼らも燃えているらしい。物理法則の限定解除も規制が緩くなって、街のあちこちで運営入りのアカウントが飛んだり跳ねたりしていた。
そんな光景をぼんやりと眺めながら、葉月は街の中を歩いて回った。
中央広場に出た。ここも、普段よりかなり騒がしかった。出店もいつもより目につく。このヴィクトリア朝風の中央エリアはあまり人気のない場所だが、ここでこの盛況ぶりということは、ほかはもっとすごいことになっているのだろう。今度ログインするときは、別のエリアも見てみようかな、と葉月はとりとめもなく考えていた。
葉月が目線を前に戻すと、巨大な時計塔が目に入った。中央広場の奥、赤の女王が鎮座する城は、賑わう人々など素知らぬ素振りで、いつもと変わらない様子でそびえたっていた。粛然としたそのたたずまいは広場の盛り上がりとは対照的で、かえって一層冷たく見える。神様に見下ろされるってこんな感じなのかな――と考えて、葉月はふと気づいた。実際のところ、この世界を閉じるのは管理者である赤の女王なのだろうから、神というのもあながち間違いではないような気がする。「機械仕掛けの神」などと言う単語が、葉月の頭の中をよぎった。
中央広場を抜けて、裏路地に入った。両手には三階建てくらいの石造りの建物が続いていて、上を見ても空は驚くほど小さい。そんな中を縫うように、狭く入り組んだ道が迷路のように伸びていた。さすがにこんなところまでは人も溢れてはいない。静まり返った道を、葉月は一人歩いていく。
葉月は、こんな裏道をぶらぶらするのも好きだった。いくら世界が精巧に再現されているとはいえ、街中には百鬼夜行さながらに多種多様なアバターがあふれているから、ALISはそういう意味での没入感は薄かった。だが、こうして人気のない裏道に一人でいると、本当に十九世紀の街並みにタイムスリップしたのではないかと錯覚しそうになる。
小一時間ほど歩いて、ようやく裏路地を抜けた。気づけば葉月の知らない風景だった。地図を呼び出して確認すると、近くに植物園があるらしい。いままで足を運んだことのない場所に行こうと思っていたので、これ幸いとそこに向かうことにした。
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