Article 2. It's NOT My Own Intention ⑥
「実は、前回から引っかかってたことがあったのよ。実際、いまの結果を見てもそうだったけれど。こいつら、なんか妙な動きをしてるのよね」
こいつら、とは
「妙な動きって?」
「謠葉国から、脱出してるやつらがいる」
「は⁉ 脱出⁉ 何それ!」
びっくりして大声が出た。
謠子の解説によれば、こういうことだった。国民の一部はディストピアが嫌すぎて、国外逃亡、つまり亡命、をしているらしかった。それにあろうことか、亡命した一部の国民は外国から武器や人員を連れてきて、革命勢力として謠葉国で大暴れをしていたらしい。しかも、といいながら、謠子はさらに衝撃的な言葉を告げた。
「よくよくみてみると、執行機関の人間まで逃亡してるのよねえ……。国の仕事にかこつけて、国外に行ったっきり帰ってこないとか」
「なんじゃそりゃ! 裏切り者じゃんか!」
葉月は思わず叫ぶ。まさか体制側の人間に再び裏切られるとは思わなかった。
「彼らも死にたくはないでしょうしねえ。どうせ支配者側に回ったって、どれだけ真面目に頑張っても国がうまくいかなくなったら粛清されるわけだし。逃げ出したくなる気持ちもわかるわ……」
「感情移入してる場合じゃないよ謠子。こんなの認められるか!」
「でも、何が何でも生き延びようっていう執念、たくましいと思わない?」
謠子は妙に感心していた。お前はどっちの味方なんだと思いながら、葉月は対策を考える。
「そもそも、国民はこの中のデータでしょ? こいつらってシミュレーターの外に出られたんだ……」
葉月は素朴な疑問をつぶやいた。
「正しく表現するなら、実際には外に出てはないのよ。外に出られたものと仮定して、その後の謠葉国内の影響をシミュレートしてるみたいね。シミュレーターの世界は他に国家のない単一国家として設定されているから、本来はそんなのあり得ないはずなのだけれど、あまりにも外国との交流を望む個体が多すぎて、挙動を偽装したみたいだわ。こんなことってあるのねえ」
謠子の説明を正確に理解することは難しかったが、言っていることの雰囲気だけでもどうにかつかんで、葉月は思案する。
「とにかく、この展開は潰す意外ないでしょ。明確な課題が一つ見つかったってことだね。ええっと、これを憲法に書くとすると……」
しばらくして書きあがった条文を、謠子に見せた。
(移動ならびに居住および移転の制限)
第○条 移動ならびに居住および移転の自由は、これを認めない。
(出国の禁止)
第○条 謠葉国からの出国は、創造主および国家秩序に対する重大な反逆であって、何人に対しても、絶対にこれを禁ずる。
二 国の機関または私人による出国手段の保持は、これを認めない。
条文を眺める謠子に、葉月が解説する。
「内容はシンプルにした。とにかく、移動も引っ越しも認めない。特に出国は意地でも認めない。個人であろうが国家機関であろうが、出国できる手段、飛行機とか、船とかの保持は、例外なく一切認めない」
「ずいぶん過激な内容ねえ」
「これくらいしないと止まらないと思って……。さっきこの国は単一国家だって言ってたけど、それってつまり外交は想定されてないってことでいいよね?」
「ええ、その通りよ。本来的にはこのシミュレーターには外交っていう概念自体が存在しないわ。だから、外交をできなくしても、特に国に影響はないわね」
謠子は、葉月の質問の意図を察して説明をしてくれた。この条文は、実質的に国の外交を不可能にするものだ。もし外交ができなくなって国家運営に影響が出るようであれば、根本的に条文の方向性を見直す必要があった。だが、その心配はなさそうだと葉月は安堵する。
謠子はついでだからと、このシミュレーターは、そもそも諸外国からの影響を受けるような法制度をシミュレートする目的では作られていない――というような説明もしてくれた。
「謠子、とりあえずこれでシミュレートしてもらえる?」
葉月に促されて、謠子がシミュレーションを開始する。六分ほどして、シミュレーターは止まった。存続期間は微増したにとどまった。
「あんまり効果なかったのかな……?」
これで大きく解決するものと密かに期待していた葉月は、落胆していた。
「そうね。とりあえず、国外逃亡はなくなったわ。ただ……」
謠子は、さしあたっての目論見がうまくいったことを告げた。しかし、不穏な空気をにじませながら言葉を続ける。葉月は、じれる思いで続きを促した。
「ただ、何?」
こういうときの謠子の説明はいつも要領を得ない、と葉月は思う。もっとわかりやすく説明して欲しい、といった雰囲気をにじませながら、言葉を継いだ。
「なんていうかその、今度は通信が目立つのよね」
返ってきた答えは、またしても衝撃的なものだった。
「通信て、何と」
「ええっと、現実世界? つまり、こっち側の――私たちの世界と、連絡、取ってるみたい」
シミュレーターの中の国民が、現実世界の誰かと、連絡を取っている。
葉月は、脳内で謠子の言葉を反芻してみたが、言っている意味がよくわからなかった。いや、言っている意味は分かるのだが、脳が納得を拒否していた。
混乱した様子で沈黙している葉月に、謠子が声をかける。
「大丈夫? 一応説明するとね、彼らは外の世界――つまり、現実世界の人間とコンタクトを取って、国家転覆のノウハウを教わってるみたいなのよ」
「それって、やっぱり外の世界と通信があったものとして、シミュレートしてるわけ?」
素朴な疑問をぶつけた。
「いいえ、それが違うのよ。今度はすごいわ。彼ら、本当に現実世界にSOSを出してるのよ。それをキャッチして、現実の誰かがアドバイスをしてたようね。普通の人間が到底反応できる速度じゃないから、どこかのAIが相手をしていたみたいだけれど」
葉月は、謠子の言葉を最後まで聞いていなかった。なんとしてもこの状況を潰さねば、という熱い使命感に燃えて、条文の作文に取り掛かっていた。
出来上がった条文は、このようだった。
(通信の制限)
第○条 通信は、国の統制に服する。
二 通信の秘密は、これを認めない。
三 国外との通信は、国家秩序に対する重大な反逆であって、何人に対しても、絶対にこれを禁ずる。
四 国の機関または私人による国外との通信手段の保持は、これを認めない。
「さっきと似たような感じね。これもずいぶん過激な内容に仕上がってるわ」
「国外との通信も、個人なのか国家機関なのかに関わらず、もう一切認めない! 反逆しようとするなら、粛清だ、粛清! 謠子、この内容でお願い!」
荒れる葉月に「はいはい」と言って、謠子が憲法をシミュレーターにかける。
今度は、十分弱もった。
「割と効果的だったのね」と言う謠子に、少し頭が冷えてきた葉月は思うところを述べる。
「私は、あくまで国外との通信を遮断するつもりで書いたんだけど、よくよく考えると、これって国内の通信も国が傍受したり妨害したりできるんだよね。これで、国内の革命勢力同士の連携も取りづらくなったんじゃないかな。だから、体制の存続期間が結構伸びた」
葉月の説明を聞いて、謠子が画面に向き直る。何やらしばらく確認していたが、やがて葉月の方を見て言った。
「あ、ほんとだわ。ログを確認する限りでは、葉月がいま言ってくれた通りのようね。意外な条文が思わぬ効果をもたらすのね。これこそシミュレーションの醍醐味だわ」
謠子が、感心したように、そして楽しそうに言った。
「とりあえず、わかりやすい課題は潰したかな」
葉月の言葉に、謠子が同意する。
「そうね。私が気づいたのはこの二つよ。いまのこのログを見ても、目立った課題はないわ。うーん、これからどうすればいいかしら」
それから二時間ほど二人で試行錯誤を繰り返していたが、めぼしい結果は出なかった。
謠子が頭を抱えながら、ぽつりと言った。
「そろそろ、独学で進めていくのも、限界かもしれないわね」
葉月も、同じようなことを思っていた。誰かに頼るしかないか、と考える。ちょうど良いことに、頼れそうなアテが一つだけあった。できれば力を借りずに進めたかったが、背に腹は代えられない。指をぱしりと弾いて、フリーグラスで連絡を飛ばしてみる。
謠子が「帰りましょうか」と言ったタイミングで、葉月は提案してみた。
「ねえ謠子、来週の水曜日は、時間ある?」
「大丈夫よ。今回の件もあったから、基本的に水曜日の午後は空けておくことにしたの。それで、どうしたの?」
「いま連絡を取ってみたんだけど、知り合いの先生に助言を求めてみようかなって思って」
葉月のその言葉に、謠子が目を丸くした。
「え! そんな仲のいい先生がいるの⁉ 葉月に⁉」
「……それ、どういう意味」
詰問する葉月だったが、謠子には適当にかわされた。
ロッカーに資料をしまったあと、来週の水曜日、午後二時に先生の研究室に行くと決めて、二人は別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます