Article 2. It's NOT My Own Intention
Article 2. It's NOT My Own Intention ①
「本当に楽しみにしてたのよ! ようやく食べられるわ」
今日の謠子はいつになくハイテンションだった。どうやらよほど楽しみにしていたらしい。
そんな謠子とは対照的に、葉月はずっと後悔していた。――なんで一緒に行こうなんて言ったんだろう、と。道行く人々は、明らかに自分とはそりが合わなそうな人種ばかりだ。そんな彼らが視界に入るたびに、葉月は柄にもない決断をしたあの日の自分を恨んでいた。
そんなこんなで店に着くと、思っていた通りそれほど並ばずに入ることができた。店内は白を基調としたコーディネートで、あの尖ったメニューとは裏腹に落ち着いた雰囲気だった。ただ、やはり女子高生の集団や若いカップルなどがメインの客層のようで、葉月にとってあまり居心地のいい環境ではない。席につくと、店員からメニューを渡された。謠子はもちろん例のパフェで決まりだろうが、さて何を食べようかと葉月は考える。メニューとにらめっこをしていると、謠子に話しかけられた。
「葉月、ジャンボ桜餅パフェじゃないの?」
勘弁してほしかった。こんなところに来るだけでも葉月としてはとんでもないことなのに、あんなよくわからないパフェなんて。ちょうど、メニューに書かれた「ジャンボ桜餅パフェ」の文字が葉月の目に入った。そのすぐ横に、謠子が読んでいた電子雑誌のものと同じ写真が載っている。細長い容器の頂点には、ピンク色の桜餅が二つ。その周りにも、もろもろのトッピングがしてあった。ものすごく重そうだ。思わず値段を見る。二千五百円。高い。
「せっかくだから、同じの食べようよ」
謠子が追撃してくる。遠慮しとく――と言いかけた葉月だったが、よくよく考えてみると、特別何か食べたいものがあって来たわけではない。あくまで謠子の付添いというだけだ。他で食べられないものを食べる、という選択はありかもしれないな、と考えを改める。
「じゃあいいよ。私もそれで」
結局、ジャンボ桜餅パフェと適当なドリンクを注文した。パフェが来るまでの間、沈黙が気になって、何となく謠子に話しかけた。
「若い人、多いね」
「そうね。でも、私たちだって若いわよ?」
「いや……それはそうだけど」
会話が途切れる。思えば、謠子と課題以外のことを話すのは、ほとんど初めてな気がする。何を話せばよいかわからず葉月が黙っていると、今度は謠子が話しかけてきた。
「葉月はこういうところ、よく来るの?」
「いや、あんまり」
率直に答える。来る来ないは言うまでもなく、そもそも好きではなかった。
正直言ってあまりいい印象はない。より正確に言うなら、こういう場所に来るという行為そのものが葉月には受け入れがたかった。メディアが作り出した流行に、まんまと乗せられているような連中。自分で考えることもせず、権威ある者が「いい」といったものに群がるその態度も含めて、葉月は嫌いだった。だから、今回のようなことでもなければ、到底足を運ぼうなどとは思わない。
そうこうしているうちに、パフェが来た。現実で見るそれは、写真より数段存在感があった。まず、思ったより大きい。器の高さだけで三十センチくらいはありそうだった。最下層からフレーク、ゼリー、あんこ、クリーム、シャーベットが積み重なっている。もちろん、その上には山盛りのトッピングだ。桜色のアイスクリームと生クリームが、器からはみ出さんばかりにこれでもかと盛られていて、その上にこれまた大粒のイチゴが三つ突き刺さっていた。そして、それらすべてを押しのけるように、淡いピンク色の桜餅が二つ、でんと鎮座している。とにかく、ジャンボの名は伊達ではなかった。
予想外のボリュームに、葉月は思わず顔が引きつる。こんなもの女子高生が喜んで食べるとはとても思えなかった。あの雑誌、よくも適当なことを……と思わず毒づきそうになる。
「うわー! すっごい! ねえみてみて、こんなにクリームも、アイスも! 桜餅、おいしそう!」
だが、目の前で浮かれている様子の謠子を見ると、あながち雑誌の煽りも間違いではないのだろうか、と思えてくる。これを見て何も思わないのかと葉月は若干おののくが、当の謠子は、小学生みたいな表情で無邪気に喜んでいた。彼女はフリーグラスで写真を撮ると、早速食べ始めた。
「うーん、甘くておいしい! ねえ葉月、このクリーム、桜の風味でとってもおいしいよ! ほら、早く食べないと、アイス溶けちゃうよ」
謠子に促されて、葉月も専用の細長いスプーンを手に取る。少し悩んで、まずはアイスから取り掛かることにした。少しすくって口に入れたそれは、予想外に上品な甘さだった。薄ピンクの見た目の通り、桜の風味が効いている。甘すぎない、春の優しさを思わせる感じに仕上がっていた。
「うん、まあ、おいしいね」
それからしばらく、二人は各々のパフェとやりあっていた。謠子はいちいち感想を述べながら、実においしそうに食べていた。おなかがいっぱいになるような様子もなさそうで、さすがに高身長なだけはあるな、と葉月は妙に感心してしまう。対する葉月自身は、徐々に膨れてくるおなかに意識を向けないようにしながら、必死の思いで山を切り崩していた。特に目玉である桜餅は本当に重かった。おいしいことには間違いないが、小柄な女子大生の胃袋には限界がある。
「ああ、幸せ」
あっという間にパフェの上部構造を平らげた謠子が、器の内部のクリームとゼリーをかきまぜつつ食べながらつぶやく。本当に幸せそうな顔をしている。今日は特にそうだが、謠子は感情表現が豊富なタイプだなと、葉月は前々から感じていた。
こんなお店に来る人間は、流行に載せられたような連中ばかりだと葉月は思っていた。何が食べたい、というよりは、このお店に来た事実自体を、自分が所属する集団の他者に自慢したいというだけの。しかし少なくとも謠子は、そんな他者へのアピールとしてではなく、純粋にこのパフェを心から味わって、楽しんでいる。器の底に残ったフレークをつつく謠子の姿は、そんな風に葉月の目に映っていた。
楽しそうな謠子を見ているうちに、葉月自身も、何となく嬉しくなってくるような、楽しくなってくるような、そんな気持ちを感じていた。楽しそうな人といると、楽しくなる。そんな当たり前の事実が、葉月にとっては新鮮な発見だった。
――あれ、なんだろう。
その時、葉月は唐突に、ちくりとした胸の痛みを覚えていた。
「憲法、あんな展開になるとは思わなかったね」
謠子が話しかけてきた。いまのはなんだったんだろう、と混乱しながら、葉月は無理やりに自分を現実へと引き戻す。平然を装って、返事をした。
「そうだね。人類を滅亡させればある意味みんな幸せだ、なんて発想は人間にはできないもん」
そう。AIは人類滅亡を選択した。これではディストピアもへったくれもなかった。
「またどうすればいいか考えないと。私、AIに主権を持たせるっていう方向性は、間違っていないと思うのよ。どうやってあの子を私たちがコントロールするか。その枠組みの問題だと思うのよね」
もうほとんど残っていないパフェをつつきながら、謠子が言う。
葉月も、前回の打ち合わせ以来、どうすればいいかを考えていた。だが、まだ答えは出ていない。
「人間を滅亡させるな、って書いたってきっとダメなんだろうね。生かしたまま永久に眠らせるとか、そういう方向性に走っちゃいそう」
「その方法は私も考えたけど、多分、葉月の言うとおりになると思う。AIの思考の後手に回ったら、いたちごっこで必ず負けるわ。だって、あの子はもう人間よりも賢いんだもの」
「だよねえ」
さっきの気持ちを振り払おうと、葉月はパフェに集中することにした。ようやく上段を食べ終えたところで、フレークを食べようとパフェの最下段に向けてスプーンを器に突っ込む。だが、その上にあるシャーベットやあんこが邪魔をして、うまく取れない。葉月は角度を変えてはスプーンを突っ込み、パフェと格闘していた。
葉月の様子を見ていた謠子が、唐突に声を上げた。
「あ、閃いたかも」
え? と思い思わず顔を上げる。
「この方法なら行けるかもしれないわ。葉月のおかげよ、ありがとう」
「なにそれ、え、何を思いついたの」
「まだ思いついただけだから秘密よ。今度の打ち合わせのときには、できあがった対策を持ってくるわ」
よくわからないうちに、謠子はひとりでに納得してしまったようだ。どんな対策なのかものすごく気になるが、謠子を説得しようとしても無駄だろう。葉月は、早々に追及を諦めることにした。
「……じゃあ、もう私課題のことは考えないからね。謠子に任せたよ」
「ふふふ。大丈夫よ、任せなさい」
謠子が胸を張ってそう言った。
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