幸せな夢を

 そうして、彼との一日目を過ごした。彼も初めはとても混乱していたようだけれど、なにやらあまり気にしていないようだった。

 そのまま、何日かを過ごした。私はこの世界で普段までと同じように生活することができたお腹は空くし眠くもなる。普通に寝ることもできる。けれど、一度も夢を見ていない。一度、この世界がどこまで続いているのかと気になって、彼が寝ている間に町を囲む山の向こうまで行こうとした。頂上に差し掛かったくらいのところで急にその気がなくなって、結局見に行ってはない。


 何週間かが経った。彼との距離はずいぶん縮んだ……と思う。自分で言うのは少し気恥ずかしいけれど。この世界について話すこともあった。彼は眠るとこの世界に来てこちらの世界で眠れば元の世界で覚醒する、つまり明晰夢のようなものと認識しているらしい。せっかくだから私もそういうことにしておいた。今の本当の私のことを知れば、良い感情にはならないだろうから。


 夢の中、演技をして、猫を被る……は違うか。彼を騙して、それでも私はこの日々が幸せだった。ずっと続けばいいと思っていた。あるいは、現実での生活以上に。同時にそんなことはあり得ないと、うっすらと感じてはいた。

 明けない夜がないように、醒めない夢もない。



 初めは漠然とした感覚だった。十二月の中ごろから、しっかりと知覚できるようになった。根拠はない。だけど、確信を持って分かった。

この幸せは、そんなに長くは続かない。夢はもうすぐ覚める。そう気づいてもなぜだかショックはなかった。現実味を感じていないのか、幸せに溺れているのか、もう諦めているのか……自分でもわからない。今でもまだ。

 でも、それなら。

 けじめをつけないといけない。

 お別れの前に。ずっと自分勝手に付き合わせてきた彼に。

 そう決意をして私はこれからまた、いつものように彼の家に向かう。

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