回想、ある少女の独白
ずっと、彼を見ていた。
高校の一個上の先輩で、校舎ではクラスが同じ階にあるからよく見かける。
登下校中にもよく見かけるから家も同じ方向なのだと分かっていたけど、百メートルも離れていないと知ったのはつい最近だ。
ずっと気になっていた――好きだったけれど、話しかけることはなかった。だから彼は私のことをきっと知りもしない。
あの日、ちょっとだいぶ帰りが遅くなって、焦って帰っていた。街灯も少ない暗い夜道でろくに周りを見ていなかったから、その車に気が付かなかった。そして、このあたりの記憶は曖昧だけど、私はその車に轢かれた。
そのはずなのに、次に目を覚ますと辺りは明るかった。あまり見覚えのない場所にいて、でもすぐ目の前にあるのが彼の家だと私は知っていた。
混乱した思考で、導かれるようにドアノブに手を掛けた。鍵はかかっていなかった。扉を開け、中に入る。暗い部屋、嗅いだことのないにおいに出迎えられてそこでふと、我に返った。
我に返った、という表現が適切かわからない。ともかくその時私は途端にそれまでのこと――車に轢かれ、救急車に運ばれ意識を失い、なぜか五体満足でここに立っているというその状況を、唐突にすべて思い出した。それと同時に、これは夢なのではないか、という考えに思い当たった。今際の時に見る夢。私の知る走馬灯とはだいぶ違うけれど、そういうものではないか、と。その可能性は妙に腑に落ちて、私の混乱にすっぽりとはまっていった。
これが最期の夢ならば、その中くらい好き勝手しよう。現実のことは忘れて、精一杯楽しもう。
そう心に決めて、部屋に入る。今までの自分とはもうお別れ。ここにいるのはいつも明るく天真爛漫、ずっと楽しい幸せな「私」。
「……おっじゃましまーっす」
この家に彼以外の住人がいないことは知らなかった。でも不思議とそんな気がしていた。
時計を見る。あたりが薄暗いからだいたいわかっていた通り時刻は六時過ぎ。それなら……
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