十月三十一日

「これは…」

 僕たちの視線の先には、いつもと少し違った街並みがあった。家の屋根に、塀の上に、あまり見慣れない橙色の物体がそこらじゅうに置いてある。

「ぱんぷきーん!」

 そして、こちらはいつも通りハイテンションな彼女。 

「今日はハロウィンだからね」

 そう、今日はハロウィン。この町は一応、観光地としてまあまあ栄えている。なのでこういったイベント事には結構敏感で、毎度町全体が盛り上がっている。元々の豊穣祭なんて何も関係がない、ただ楽しむだけの一日。

 とはいっても、僕達のやることは変わらない。

「さあ、どこに行こう?」

 これまで、初めて会った日から毎日繰り返してきたように、特に目的なしに何も考えずどこかを散歩する。今日は、いつもより見るものも多くて楽しくなりそうだけれど。この町のハロウィンは何度も経験しているけれど、彼女と過ごすのはこれが初めてだ。

「じゃあ、中央街のほうに。あっちのほうが飾りつけも多くて綺麗だよ」

「らじゃー!」

 この底抜けの元気は、いったいどこから来ているんだろう?


 中心街。

 海からは少し外れたところで、駅があったりしてこの町のあたりでは一番の都会である。一番の都会とはいってもそもそもこの辺が田舎なので、一般的な都会のイメージとは違うかもしれない。町の外には出たことがないからあまりわからないけど。

 ともかく、さっきまでの住宅街に比べればたいそう盛り上がっている。今はまだ日も沈んでいないから少し地味だけど、夜になればそこらの装飾も光りだして、それはもう煌びやかになるはずだ。はず、というのは、去年までは行事事には興味もなくて見たことはないからだ。この楽しい人と一緒でもなければ、今だって来ないだろう。

 それでも家の窓からこの方向が明るいのは見ている。その遠くから見ても明るさが分かるくらい、豪勢にやっているということだろう。


「私はね、おなかがすきました」

 少しぶらついていたら彼女が言った。

「さっき何か食べてたじゃん」

「それでもすいたんです」

「じゃあ、何か食べに行く?」

「そうだねぇ、何を食べようか」

「お任せするよ」

「うーん、今日は寒いからぁー」

 うん。今日は格別に寒い。何か温かいものでも食べたい。鍋とか。

「お寿司!」

 何故だ。


 そんなこんなで回転寿司に来た。

「あ、それちょうだい」

 こんなふうに外食に来たことも何度もある。もうあの日から半月くらい経っているから、料理をするのも飽きたらしい。あとはいまみたいに、外にいるときの成り行きだ。

「ん、君さっきから同じものばっかりたべてるよね」

「僕はサーモンが好きなんだよ。そういう君だって魚以外のものだけ食べてるでしょ」

「刺身はあんまりすきじゃないから」

 そういう彼女の横には、ツナマヨとかたまごとかが乗っていた皿が積みあがっている。

「ならなんで寿司屋に来たんだよ」

「いいじゃんべつに、これは好きだし」

 いつも通りの適当さ。今日も彼女は平常運転。

「子供か」

「まだ未成年ですー」

 あれ? そういえば、彼女は何歳なんだろう。見たところ同い年か少し年上、つまり高校生か大学生くらいに見えるのだけれど、時折小学生と話しているような気分にもなる。

「君が何歳なのか知らない気がするなあ」

「女の子に年を聞いちゃだめなんですよー?」

 彼女はわざとらしく頬をぷっくりと膨らませてみせた。やっぱりかわいい。


 店を出ると空はすっかり黒く染まっていた。僕の家のあたりはもうほとんど真っ暗だけど、この辺りはだいぶ明かりがある。特に今日は。

「ふんふん、あ、あっち行こ?」

 彼女が指差した先には、街のメインストリート。ほかの道よりも一段高いビルに囲まれて、そしていちだんと明るい。

 人も多い。

「はぐれないでよ?」

「こっちの台詞だよ」

 言いながら、差し出される右手。いつも元気いっぱいの彼女には似合わない雪のような、華奢な右手。

 つられて僕も、手を伸ばす。左手の先が、その柔い掌に触れる。

 その手はとても冷たくって、まるで。


 そんな縁起でもない思考を振り払って、手を引かれて歩き出す。多分彼女は、いつも通りどこに行くかも何も考えていない。それでも僕は、今はただこのままでいたいと思っていた。

 なんでもなくている日々が、幸せだと、そう思っていた。


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