第9話 彼女を幸せにしたい、だけどテメェは幸せになるな
そう言い残して、トニーは廊下に消えた。
俺は、心底不愉快だった。
クズなら、人界にもいた。
でも、トニーは人界で接してきた誰よりも遥かに腐りきった悪党だった。
まさに、地球中心天動説ならぬ、自分中心他動説だ。
自分が世界の中心で、他人が意のままに動くのが常識で当たり前。
自分の意に沿うものが正義で、沿わないものを断じる。
全ての判断基準が、自分の感情に置かれている。
でも、今はトニーへの怒りよりも、気になることがあった。
力なくうなだれるリリスに尋ねる。
「なぁリリス。どうしてあそこで言い返さなかったんだ?」
「……言えないよ。だって、戦うのは刀夜だから」
「え?」
「あのね、魔王学院は、使い魔が生徒と同じくらい、場合によっては、生徒以上に戦う場面もあるの。痛いのも辛いのも刀夜なのに、無責任に魔王になれるなんて言えないよ……」
肩を縮めて、リリスは恐縮するようにうつむいてしまう。
「だからって、君じゃ勝てないなんて、刀夜を傷つけるようなことも言いたくない……でも、結局嫌な思いをさせちゃったなら、ごめんね。ダメな主人で」
最後は、ちゃんと顔を上げて、俺の眼を見ながら謝った。
彼女は、何も悪くないのに。
それで理解した。
この子は、本当の意味でいい子なのだと。
リリスの言う通り、10億人以上いる魔族全員が同じ思想じゃない。
トニーみたいな奴がいる一方で、リリスみたいな子もいる。
一人の男として想った。
こういう子に幸せになって欲しい。
こういう子を幸せにしてあげたい。
そして、ああいう奴を、幸せにしたくない。
まして、あんな奴の幸せのために、この子の幸せを潰されたくない。
首筋から背中、肩にかけて、熱が帯びていくのを感じながら、俺は彼女に尋ねた。
「リリス、御三家ってのは、そんなに凄いのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ。王族の魔力は他の人たちよりもずっと高いけど、御三家の人たちはその中でも飛びぬけているの。学院の歴代主席合格者はほとんどが御三家だし、歴代魔王は全員御三家。今の魔界は武力至上主義で、強い人が色々な面で優遇される。大臣も、政治家も、官僚も、御三家の派閥に与する人たちばかりだし、御三家に睨まれたら生きていけないとまで言われているのが現状だよ」
リリスが説明するにしたがって、教室の空気はどんどん重くなっていく。
トニーが顔を出すまでは、選抜試験に闘志を燃やしていたのに、今では、誰もが暗い表情でうつむいて、肩を落としている。
「魔王杯の度に、みんな御三家以外の出場者に期待するんだよ。でも、いつも御三家が優勝するの。しかも、魔界は絶対王政だから、1000年以上もずっと武力至上主義が続いている……」
みんなが囁き合った。
「リリスには悪いけど、トニーの言う通りだよな……」
「御三家に目ぇつけられたら、卒業後も地獄だろうし……」
「御三家につかないと、親にも迷惑かかるしな……」
「安パイ以前の問題だよ。平王族のあたしらには、選択肢とかないんだから……」
誰もがどうせ駄目だと諦めていた。
俺のいた高校では、クラスカースト二軍の生徒は、保身と利益のために一軍のリア充たちに媚びを売っていた。
けれど、ここの生徒たちは違った。
同じ保身と利益のためでも、その深刻さがまるで違う。
御三家という特大のリア充に取り入らないと、人生が終わるのだ。
あらゆる面において、強者が弱者から搾取する構図は、人界も変わらない。
ただ、今の魔界は、国王個人の判断で、そんな原始的で暴力的な制度を布いている。誰もが嫌気がさしていて、疲れているのにだ。
俺の高校のカースト制度を何十倍にも拡大したような惨状に、俺は持ち前の反骨精神を燃やした。
「リリス……それでいいのか? 次も、その後も、ずっと御三家が魔王で」
「よくないよ……一番拳の大きい人が偉いなんて……」
溢れ出た声は、悲壮感に濡れていた。
けれど、一度息を吐いてから、彼女は語り始めた。
「……昔ね、旅行先で、わたしがドラゴンに襲われたことがあったんだ」
顔を上げたリリスは口元を緩めて、昔を懐かしむような、優しい眼差しだった。
「でも、お母さんは体を張って、わたしを守ってくれた。わたしが心配したらね、お母さん言ったんだよ。『大丈夫、お母さんは強いから』って」
思い出を抱きしめるように、リリスは深く感じ入りながら息を吐いた。
「あの時ね、本当に嬉しかったんだよ。だから、わたしは魔王なんて無理かもしれない。自分が魔界最強で魔王杯を制覇するなんて、夢物語かもしれない。でもね、わたしは魔界が、強い人が弱い人を守る世界ならいいのにって思ったんだ」
「そっか、じゃあつまり、リリスは魔王になってもいいんだな?」
「え?」
リリスの、そして教室中の視線が、俺に集まった。
「ムカつくんだよ、ああいう奴。お前は俺が守る。俺が、お前を魔界の女王にしてやるよ!」
リリスは、青い瞳いっぱいに俺を映すと、金色のワンサイドアップを揺らした。
「刀夜……嬉しいな」
大きな瞳を濡らしながら、彼女はお礼を言ってくれた。
その表情が俺に向けられていることに、かつてないほどの幸せと、充実を感じた。
『なら、エクちゃんのチュートリアルを受けることをオススメします』
せっかくのいい雰囲気をぶった切って、聖剣が割り込んできやがった。
でも、チュートリアル、という単語に、ちょっと引かれた。
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