第6話 カルチャーショック
少なくとも、歴史の授業では、そう教わっている。
有史以来、魔族は幾度も人界に侵略してきた。
だが、その度に神に祝福され聖剣に選ばれた勇者が悪の魔王を打ち倒し、人界を救ってきた。
教師やテレビのコメンテーター曰く、今でこそ魔族はおとなしいが、それでも、奴らは付け入る隙を虎視眈々と狙っている。とのことだ。
「あはは、よくあるプロパガンダだね。仮想敵国は国民を団結させたり内閣への不満を逸らすのに便利なんだよ。ちなみに、魔界じゃ人身売買は重罪だよ」
クロエ先生は笑って、リリスは気まずそうに頬をかいた。
「だ、だいじょうぶだよ。刀夜は悪くないよ。そういう環境で育ったら、信じて当然だもん」
——な、なんだ、この気遣われっぷり。
優しくされているのに、涙が出そうだった。
「なぁ、もしかして、全部嘘なのか?」
「半分正解で半分嘘かなぁ」
眉根をきゅっと寄せて、リリスは視線を逸らした。
「あのね、魔族はわたしたち悪魔族だけじゃなくて、竜族や鬼族、死神族もいるし、州政府も強い権限があるの。10億人以上いる魔族全員が同じ思想を持っているわけでもないし、地域と時代によっても風潮って結構変わるんだよね」
言われてみればそれもそうだ。
俺も、クラスメイトの、特にパリピな連中と【人間】でいっしょくたにされたくない。
「だから、トニーみたいに、人間より強い魔族は優れた種族だっていう魔族至上主義の人もいるし、そうした人たちが暴走して人界で犯罪を起こしたり、魔族至上主義が強い時代は、戦争をしかけたりもしたと思う。真祖様が魔界を統一する前は、100以上の国に分かれていたしね。でも、その頃わたし生まれていないし……」
リリスが苦し気に視線を投げると、受け取ったクロエ先生が饒舌に語った。
「人間は臆病だ。強者に恐怖し、恐怖は疑心暗鬼を生み、ありもしない敵を作り出す。もっとも、作為的にボクらを悪者扱いする人もいるみたいだけど。困ったことがあれば魔族が暗躍したことにして責任逃れをするのは人間の常套句だ」
話を聞いていると、恥ずかしくなってきた。
「なんか、悪いな」
「なんで刀夜が謝るの? 刀夜は騙されていただけで、悪いのは政治家じゃない」
「あとは、金目当ての陰謀論者やコメンテーターたちだな。それに魔族至上主義たちの存在は事実だ。君が気にする必要はないさ」
リリスも、クロエさんも優しくて、そして正しい意味で賢い人だった。
俺は、中学や高校の狭い世界しか知らない。
けど、ネットの誹謗中傷やバカッター、警察気取りの暴走野郎に自己中迷惑モンスターたちのはびこる人界のことを思い出すと、早くも気持ちが魔界に傾いた。
このまま帰れないのは困るけど、今すぐ帰りたい、という気持ちは薄れる。
――まぁ、しばらくは魔界観光も悪くないか。
「さて、そろそろ教室に着く。クラス代表について、説明しようか」
「クラス代表?」
俺は聞き返した。
◆
近代的かつ解放感溢れる校舎と同じで、教室も近代的な、魔界のイメージにそぐわないほどハイテクだった。
黒板の代わりに、タッチパネル式の巨大液晶モニター。
机は全席システムデスクで、卓上にはタブレット型コンピュータが用意されている。
広い教室の天井四隅にはエアコン完備で、しかも、除湿加湿機能付きだ。
「なぁリリス。魔界って、なんでもかんでも魔法でやっているイメージだったんだけど?」
「あ~、やっぱりそういうイメージなんだ。あのね刀夜、もう忍者はいないんだよ?」
雄弁なセリフで、俺は全てを察した。
リリスは席に座りながら、補足してくれた。
「えっとね、昔はそういう時代もあったけど、魔力が空っぽの時でも誰が使っても同じ効果を得られる科学のほうが国民に優しいよねってことで、魔界も機械化が進んでいるんだよ。はい、席は自由だから、刀夜もここに座って」
「お、おう」
リリスのすぐ隣の席に腰を下ろすと、ちょっと周囲を見回した。
教室は本当に広くて、俺の高校の三倍はある。
席の数は、生徒の倍以上だった。
他の生徒も、使い魔は自分の隣の席に座らせている。
教室の後ろはがらんとしていて、大型の使い魔は、そこで昼寝をしていた。
全員席に座ると、教壇に立ったクロエ先生が、パンと手を叩いた。
「さて、入学式も使い魔召喚の儀式も無事終わったことだし、君らにはこれから、クラス代表選抜試験を受けてもらうよ」
さっきも言っていた単語に、俺は耳を傾けた。
クロエ先生は、俺らの顔を満足げに眺めながら、小気味よく、朗々と語る。
「君らも知っての通り、ここは未来の魔王を育成する魔王学院。君らは全員魔王候補であり、魔王を目指す者たちだ。だが、魔王を決めるバトルトーナメントに出場するには、この学院を主席で卒業しなければならない」
「主席って厳し過ぎだろ」
「いい質問だね刀夜君」
俺の小声を耳ざとく広い、クロエ先生はウィンクをした。
――すげぇ地獄耳だな。
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