第3話 メテオストライク!


 オペレーターと思しき、活舌の良い女性の声が響いた。


『緊急警報! 緊急警報! 未確認飛行物体接近中! 繰り返します、未確認飛行物体接近中! 速度はマッハ7、8、9、まだ上がります!』

「ッ、今のは!?」


 リリスと、そして周りの生徒たちが顔色を変えて、一斉に同じ方角へ振り向いた。


 俺にはなにがなんだかわからないけれど、アナウンスが説明してくれた。


『王都魔防防壁、第五から第一まで突破されました! 弾道計算完了。予想着弾地点は、学園ドーム、アリーナ内です! 皆さん、至急避難して下さい!』


 言い終えるのと同時に、アリーナから空へ向けて光が迸った。


 その正体は、無数の魔法陣だった。


 リリスたちが見上げる方角のアリーナ外縁部から、空に向けて幾何学模様を内包した光の円がいくつも駆け上がっていく。


 魔法陣が幾重にも重なり、まるで無数の盾が城壁を築いていくようだった。


「リリス、あれは?」

「万能絶対防壁魔術【ウルク】。大陸間弾道ミサイルの直撃にも耐えうる魔界屈しの防御魔術だよ。でも、わたしも展開されるのは始めて見たよ」


 唖然とまばたきを忘れ、リリスは興奮と緊張で軽く震えていた。


 他の生徒たちも、似たようなものだった。


「大陸間弾道ミサイルって、ようは核ミサイルだろ!? 都市どころか県のひとつやふたつ消し飛ぶぞ!?」


 次の瞬間、大気が引き裂かれるような金切り音が世界を震撼させた。


 高速接近中の何かが、ウルクに激突したに違いない。


 無数に広がり、幾重にも重なり、一つの大きな魔法陣の壁を形成していた小さな魔法陣が、凄まじい勢いで砕け散っていく。


 核ミサイルを凌ぎ切る防御魔術を打ち破る何かの恐怖に、俺は息を呑んだ。


 刹那、ウルクが内側に爆ぜた。

 無数の魔法陣は雲散霧消し、霧状に散っていく。


 衝撃波に肌を叩かれ、あまりの爆音に腹筋が限界まで縮んでしまった。


 同時に、死を覚悟した。


 核ミサイル以上の脅威に勝てる奴なんていない。


 たとえ伝説の勇者だって、現代最強を誇る核ミサイルには勝てないだろう。


 わけもわからないまま魔界に連れてこられて死ぬ。


 なんて理不尽だろうと思いながら、軽く人生を振り返ってしまう。


 本当にロクでもない人生だった。神様、走馬灯はカットの方向性でお願いします。


 などと後ろ向きな神頼みをしていると、ソレは俺の目の前に着弾した。



 

 生徒たちの悲鳴が上がる。


 そして今度はうってかわり、水を打ったような静寂が、アリーナを支配した。


 それは何故か。

 理由は単純。

 俺も、ソレに言葉を失ってしまったのだから。


 芝生に、一本の剣が突き刺さっていた。


 銀色の燐光をまとう白銀の刀身に、金と銀を貴重とした、豪奢なグリップ。


 それは、俺のいた人界では、あまりに有名なシロモノだった。


 教科書で、テレビで、ネット動画で、映画、マンガで、アニメで目にしてきたそれは、どう見ても……。


『ワタシは聖剣エクスカリバー。今代の主様のため、馳せ参じました。主様、アナタの名前を教えてください』


 クールで無機質な、けれど涼やかでよく通る、綺麗な声だった。


「喋った!?」


 それは、俺の声であり、みんなの声だった。


 いや、確かに、エクスカリバーは喋るらしい。


 剣の女神が宿り、持ち主を導く運命の剣、それが聖剣エクスカリバーだ。


 生徒たちの間に、どよめきが広がった。


「おい、エクスカリバーって確か、勇者の剣だよな?」

「数百年に一度、選ばれし者にしか抜けないっていう」

「選ばれた者は人界を救う、文字通りの勇者って伝説の」


 聖剣は繰り返す。

『主様、アナタの名前を教えてください』


 そこで、俺はハッとした。

 この場で、人間は俺一人だ。と、いうことは?


 胸の奥に、むずむずと期待が湧いた。


「それって、俺に言っているのか?」


『はい。その女性のバストラインを射抜くサルのように卑猥な目。女性のヘアフレグランスを嗅ぎ逃さないブタのように淫猥な鼻。通り過ぎざまに女性のヒップラインをなであげるのに最適化されたカッパのように卑猥な手。アナタこそ我が主、今代の勇者です!』


「馬鹿にしてんのかテメェ! 言っておくけどな! 俺はそこそこ顔はいいんだぞ! クラスの女子だって黒城って喋るからモテないんじゃない? て言うんだぞ! つまり顔はいいんだ!」


『馬と鹿のように頭が軽そうなポジティブさ。やはりアナタこそ我が主!』

「やっぱ【馬鹿】にしてんじゃねぇか!」


『馬鹿になどしていません。はかばかしくないアナタの人生を救いにきたのです』

「マイナーな単語を使ってさりげなく馬鹿にするな!」


『ゴタクはいいので早くワタシをヌいて貰えませんか? エロくない意味で』

「変な言い回しをするな! ていうか俺が勇者なわけないだろ! 歴代勇者のことは学校でも習うんだからな! 勇者っていうのは健全な精神と崇高な理念、一途な信仰心と絶大な人望を持つ高貴な生まれの聖人君子様。俺みたいな庶民生まれのボッチが勇者なわけないだろ」


 実際、メディアで次期勇者と目されているのは、聖女と呼ばれる宗教学園の生徒会長に、剣聖と呼ばれる剣術大会の世界覇者、賢者と呼ばれる魔法研究者たちだ。


 だから、俺なんかが勇者のわけがない。もしかしてこの俺が、なんて、期待してないんだからな! ほんとなんだからな! セーフなんだからな!


 俺が睨みつけると、芝生に突き刺さる聖剣は、しばしの沈黙を挟んで一言。


『ちっ、また美化されてやがる』

「おい聞こえたぞ。今ちょっと素が見えたぞ聖剣」

『ただいま、留守にしております。御用の方は、ピー、という音の後に要件をお願いします。ピー』

「誤魔化すな!」

「いつまでもじゃれてんじゃねぇぞ!」


 しびれを切らしたように、トニーが歯をむき出しにして怒鳴ってきた。


 やばいと思いながら顔を上げると、トニーは怒りのあまり、全身から沸き立つ魔力の波動で髪が揺らめき、眉間にしわを集めていた。


「ド腐れド低能のド三品が! このトニー・ベルゼブブ様を侮辱しやがって、ドタマかち割ってやるよ!」


 周囲からは、やっちゃえトニー、と声援が聞こえる。


 その期待に応えるように、殺意漲る視線で俺を睨みつけ、トニーは大股に近づいてくると、勢いよく聖剣を握りしめた。そして、


「あばばばばばばっばばばばぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぇえええええええええ!」

 

 全身を激しく痙攣させながら奇声を発してのけ反り、白目を剥きながら背後にぶっ飛んだ。



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