エピローグ まだ恋なんてしない
最終話 絶対に恋をしない
1月1日。記念すべき新年初日。
目を覚ました僕は、時計を見る。昼近かった。
明け方近くまで起きていたから、寝たりない。寒いし、ベッドから出たくない。ゴロゴロしていたら。
――ガチャ。
ドアの開く音がして。
「モモねえ、ごめん、あと5分だけ」
きっと従姉妹が起こしに来たんだろう。目も開けずに僕は言う。
返事の代わりに、複数の足音がして。
「ほら、幼なじみちゃん。はよ」
「そ、そうね。幼なじみが起こすのは、エロゲの鉄板ネタだし」
どこかで聞いた、ふたりの声がして。
次の瞬間に、急に寒くなったと思ったら、背中に妙な温もりを感じていた。
「冷花さん、着物が乱れちゃうよぉぉっ」
「これが、幼なじみの添い寝プレイか!」
一気に目が覚めた。
おそるおそる背中を振り返る。銀髪の美少女が着物姿で横になっていた。しかも、僕の背中に身体を押し当てている。
幸か不幸か、着物の厚みで胸の柔らかさは感じられない。
けれど、刺激が強すぎる。あの神白冷花が、添い寝をしてきたんだぞ。
ただの添い寝だ。そうだろ、僕。
薄いネグリジェの爆乳お姉さんに週2回は添い寝されてる僕だぞ。色気的な意味での耐性はあるはず。
なのに、人とシチュエーションが変わるだけで、僕の僕が反応しやがる。
「3人とも、ここは部室じゃないぞ」
気を逸らして、血流の高ぶりを鎮めようとする。
「じゃあ、このまま学校まで引っ張っていく?」
「良いアイディアね。ベッドごと部室に運んでくれると、今後の計画も捗るし」
失敗だった。夢紅の戯れ言に冷花が乗ってしまうとは。
困惑する僕を見て、美輝がクスクスと笑っている。
「今後の計画ってなんですか?」
「はっ、粗チ○野郎、決まってるじゃない。部室でエロゲごっこをやるのよ。ベッドがあれば、いろんなプレイに挑戦――」
「廃部になるぞ!」
せっかく廃部を免れたというのに。バレたら、廃部どころか停学間違いなしだ。
「あっ、いけない。あたしったら、また、おち○ぽネタを言ってしまった」
肩を落とす神白冷花。僕が突っ込んだのは、後半だ。まあ、粗チ○も問題なんだけど。
「はあ~」
冷花のため息が背中をくすぐる。
「ホントに、この口をどうにかしたいわね。あたしが慎司くんのこと、粗チ○野郎だなんて言うはずないじゃない」
「れ、冷花さん?」
「慎司くん、ホントはマグナムの持ち主なのにね。あっっ!」
冷花は斜め上方向の反省をしたと思えば、真っ赤になって叫んだ。
「変わらなきゃって思ってるのに、なかなか口が言うことを聞いてくれなくて……」
「変わらなきゃって思ってるんだろ?」
「え、ええ」
「なら、ゆっくりやっていけばいいんじゃね」
「そうよ。冷花ちゃん」
冷花を慰めていたら、いつのまにかモモねえが近くにいた。
「すぐに自分を変えることは難しいわ。でも、少しずつでも行動を積み重ねていけば、人は変わるの~」
和服姿のモモねえがニッコリと微笑む。和服でも絵になる笑顔だ。
冷花はベッドから起き上がると、琥珀色の瞳を輝かせる。
「あたし、やってみる。今度こそ暴言を治す。みんなに迷惑をかけたくないから」
「いい心がけじゃな。新入部員よ」
「夢紅、先輩づらすんな」
クリスマスパーティーで学年主任が去ったあと。もともと、廃部を主張していた彼が撤回したので、対人支援部の廃部案はなくなった。
翌日、神白冷花は対人支援部の入部届けを提出した。これで、正式な部員である。
「冷花さん、今年もよろしくね」
美輝が冷花に手を差し伸べる。最初は怖がっていたのがウソのようにフレンドリーだ。
「こちらこそ、いろいろ付き合わせてしまって」
冷花は美輝と手を重ねて言う。尊い《てぇてぇ》。
「ううん、恋愛ごっこもコアラの延長だと思えば楽しいし~」
美輝、マジで良い奴だな。
「僕もいいぞ。このまえも言ったけど、地獄の底まででも付き合うから」
先日と同じ言葉を繰り返したのに。
「そこまで言うなら、あたしと付き合ってよ」
「ボクも混ぜて」
「わたしを見捨てないでよぉぉっつ」
女子3人が盛り上がってしまう。
「……3股はマズいだろ」
「エロゲならハーレムは普通。あたしは大丈夫」
「ボクも。みんなと遊びたいし」
「わたしも。慎司さまに癒やされるなら、側室でもいいんだよぉぉ」
3人にくっきりしたピンクが見える。
なんで、そんなに積極的なんだよ?
「僕、いまでも恋をするつもりはないからな」
はっきりと告げると、女子3人の顔が曇る。灰色のオーラが漂っていた。
「でも、いつかは人を愛するかもしれない」
たった、ひと言で彼女たちの顔が明るくなる。オレンジの花を咲かせていた。
ところで、僕は力を取り戻していた。
クリスマスパーティーのあと、再び人に色が見えるようになっている。
「いざ、恋をしてから焦っても遅い。だから、冷花の恋愛ごっこを予行演習として、利用させてもらう」
「……慎司くん」
極めて利己的な動機を伝えたのに、冷花の色が緑になった。安心しているらしい。
力があるとはいえ――。
「ごめん、自分勝手だよな?」
僕に映る色だけで、勝手に他人の気持ちを推し量る。そんなことは、もうしたくなかった。
違和感があったら、口に出して確認する。そうすれば、誤解は減らせるはず。
「ううん、そうじゃないの」
冷花は首を横に振った。
「慎司くんが、恋愛を考えてくれるようになって、うれしいの」
「まあ、恋愛嫌いとイキリたつのも痛々しくて面白かったけどな」
「夢紅、おまえが言うな!」
夢紅に突っ込むと、美輝が楽しそうに頬を緩める。
「今年も、みんなで楽しく遊ぶんだよぉぉ」
全員が雰囲気を噛みしめるように、うなずいた。
「じゃあ、僕は着替えるから」
「4秒で支度しな」
「だったら、部屋を出ろっての」
夢紅が無理難題を言い出したので、部屋から追い出した。
○
それから、全員で初詣に行った。
近所にある有名な寺。三が日は、国内トップクラスの参拝客数があるという。昼をすぎても、激混みだった。
人に色が見える。
恋を楽しんでいる人。恋愛に苦しんでいる人。
人生が華やかな人。悩みを抱えている人。
煩悩に心を乱されている人。仙人のように心が自由な人。
初詣に訪れる人は、さまざまだった。
「人の心はわからない」
「えっ?」
つぶやくと、横にいる冷花が聞き返してきた。
「自分の気持ちも自分じゃわかんないんだよな」
「そうね。本当の自分に、あたしですら気づいてない」
冷花は胸に手を添えて、つぶやく。
「でも、わからないからこそ、いろんな経験をしたい」
「そうね。あたしもいつか理想の恋を見つけたい」
冷花が手を差し出してくる。
僕は彼女の白い指に、自分の指を重ねた。
冷たくて、柔らかくて。
でも、しばらくすると、温かくなってきて。
本当に人ってわからない。
「僕は絶対に恋をしないけどな」
「……ムリしなくていいのに」
冷花が僕の左手に抱きついてくる。
着物越しとはいえ、当たってるんですけど。肩を撫でる、銀髪もこそばゆいし。
「死神ちゃん、抜け駆けは絶許だぞ」
すると、夢紅が右手側からダイブしてきて。
「なら、わたしは後ろからなんだよぉぉっ」
背中では美輝が爆乳爆撃をしてきた。
それだけでなく。
「なら、お姉ちゃんは前を担当するね~」
なんと、モモねえが前から来て、僕の頭を撫で撫で。美輝以上の爆乳も当たっている。
四方から女子に抱きつかれたわけで。
「みんな、僕のこと好きすぎるだろ」
強がってみると。
「そうね。でも、恋をしてるとは限らない」
冷花が淡々と言う。
「でも、ボク、楽しいから満足だぜ」
「わたしも癒やされるし」
夢紅と美輝もしみじみとつぶやく。
「そうだな。僕も楽しいよ」
僕たちの関係はよくわからない。
恋をしてるのか、してないのか。
でも、僕たちは納得して、満足している。
だから、今は今の僕たちの関係を楽しむ。
それでいいじゃないか。
僕は、今の日常が続くことを願った。
絶対に恋をしないラブコメ 白銀アクア @silvercup
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