第30話 スパイス

「さて、仲直りしたところで、お昼ごはんにしましょ~」


 お姉さんはにっこり。もしかして、この展開を読んでたのかよ?


「だな。昼もだいぶすぎたし」

「ボク我慢できん。とりま、巨乳3人組よ。おっぱい飲ませて」


 夢紅がセクハラしやがったので、邪魔しよう。


「バカなこと言ってないで、食事の準備をするぞ」


 というわけで、全員でランチの支度をする。モモねえの指示のもと、夢紅と美輝が手伝う。なお、神白冷花はひとりで別の作業をしていた。


 女子が料理をしている間、僕はクリスマスツリーの飾りつけをする。努力の甲斐もあって、我が家のリビングはクリスマスパーティーの会場になった。


 七面鳥の丸焼き、ローストビーフ、海鮮サラダ、ミートパイ、パスタ。

 クリスマスらしい贅沢な料理がテーブルに並んだ。


 全員が席に座ると、モモねえが僕たちを見渡して言う。


「じゃあ、クリスマスパーティーを始めまーす」

「モモねえ、昼の部って?」

「それについては、食べ終わってから言います~」


 天使の笑みである。微笑みの裏で、なにかを企んでるんだよな。女帝らしい。

 まあ、モモねえだ。僕に都合の悪い考えをするはずはない。僕が壁を乗り越えるために、さりげなく試練を課す人ではあるのだけれど。


 文句も言えないので、料理に口をつける。絶品だった。夢紅が手伝っているから不安だったが、どれもおいしい。


「隠者くん、失礼なこと考えてない?」

「おまえ、僕の心読めるのかよ?」

「ボクは正真正銘の超能力者。ハンパ者には負けんぞ」

「悪かったな。中途半端な力で」


 軽口を叩き合い、食卓が賑やかになる。


 女の子たちが笑っているのを聞いて、思った。

 やっぱり、力の秘密を打ち明けたよかった。胸のつかえが下りた気がする。


 みんなとの絆が深まった直後のクリスマスパーティー。モモねえの超絶料理が普段以上に美味く感じられた。


 あっという間に楽しい時間がすぎていく。

 ひととおり、食べ終わったころ。


「冷花ちゃん、修行の成果を披露するときよ~」


 モモねえが微笑ましい目を冷花に向ける。


 冷花はキッチンに行くと、トレーを持って戻ってきた。

 冷花は運んできたチョコケーキをテーブルの上へ。さっき、ひとりで作業してたのは、ケーキだったのか。


 先週の出来事が脳裏をよぎる。

 冷花が毎日ケーキを作るようになって、夢紅と美輝が思わぬ行動に出て。その後に、いろいろあって今に至るわけで。


 ここ1週間、複雑な気分だった。

 鬱展開については、正直、思うところがある。


 が、苦い経験をしたことで、立ち直ったときの喜びは格別なものだった。

 苦みが今日の料理を引き立てるスパイスだったかも。


 などと考えていたら。


「ごめんなさい、また、ケーキで」


 冷花が謝罪する。


「あらあら、冷花ちゃん、謝らなくていいのよ~」

「華園先生?」

「だって、クリスマスケーキは平和の象徴なのだから~」

「モモねえの言う通りだ」

「ボク、ケーキに罪はないと思うんだよね」

「冷花さんのケーキ、ホントにおいしいんだよぉぉっっ」


 というわけで、ケーキをいただく。こってりした料理が多かったのもあり、カカオのさっぱりさが優しい。


 先週よりも味も見た目も整っていて、冷花の努力も伝わってきた。


「がんばったな、神さま」

「しょ、しょうでもにゃいわ」


 僕に褒められたのが予想外だったのか、冷花は噛みまくる。


 なにはともあれ、楽しかった食事も終わる。

 みんなの腹が落ち着くタイミングを見計らって。


「モモねえ、説明してくれ」


 僕は暗躍していた女帝に問いかける。


「みんな、仲直りはバッチリできたのよね~」

「ああ。廃部になっても、友だちとして活動を続けることにした。冷花の支援についても継続だ」


 僕が話し合った内容を手短に説明する。冷花が僕の幼なじみだったことも含めて。

 なお、お姉さん、衝撃の事実を聞いても、顔色を変えなかった。もしかして、予想してたのか?


「みんな~、よしよし。いい子、いい子」


 お姉さん、上半身を揺らして、頭を撫でる仕草をする。双丘がゆさゆさ。ASMRボイスが母の胎内にいるかのような錯覚をもたらす。


 思わず寝落ちしかけたら――。


「それで、みんなは悔しくないのかな~?」


 不意打ちだった。


「みんなが楽しんでいた部活を、大人の勝手な理由で取り上げられたのよ~。そのことについて、どう思ってるのかな?」


 優しい声が深く胸をえぐる。

 僕は他のメンバーを見やった。夢紅は舌打ちをし、美輝は涙を浮かべ、冷花はうつむいている。


「悔しい。泣きたい。悲しい」


 僕が代表して答える。


「このままでいいの?」

「……」

「大人の論理で、若者が我慢させられて、本当にいいの?」


 モモねえの瞳が悲しそうに揺れる。


「大人はね~見えるものばかりを評価しようとするの」


 誰にともなく、つぶやくようにモモねえは言う。


「……そうだな」


 僕たちが愚痴を言いやすいようにしてくれた。ならば、気持ちを吐き出そう。


「僕たちを見もしないで、活動実績がないとかってうぜえ」


 冷花がうんうんとうなずく。


「たしかに、コアラごっこだの、エロゲみたいな恋だの。知らない人からすれば、遊んでるだけだろうさ」


 女子たちがピクッとする。色がわからなくても、彼女たちの悔しさが伝わってくる。


「でもな、くだらない遊びで救われる人もいるんだ」


 僕が言うと。


「ボク、みんながいなかったら、鬱になってたかも」

「わたしは陽キャグループでミスして、ハブられた未来しか見えない」

「なら、あたしは裏サイトで誹謗中傷されまくって、全面戦争に突入する可能性があるわね」


 仮に、対人支援部がなくて、彼女たちと関わらなかったとしたら――。

 僕は、どうなっていただろうか?


 恋愛嫌いだとイキって、高校3年間女子と話さなかった可能性が高い。

 過去のトラウマが、現在と未来の僕を束縛していたのだ。もったいない数年間だったと、いまにして思った。


「うん。慎司さまに抱きつくと、落ち着くんだもん」

「ウザいボクを受け入れてくれた」

「あたしも。死神の戯言に付き合ってくれて、本当にうれしかったんだから」


 美輝は陽キャでなく弱い自分を見てほしい。夢紅はウザさを受け止めてほしい。冷花は孤独の自分を受け入れてほしい。


 僕は感情が読める力を利用して、彼女たちがしてもらいたい気持ちに寄り添った。

 それだけ。たった、それだけで、人によっては救われる。


「慎司くんが言ったように、くだらない遊びであたしは救われたの」


 冷花が僕の言葉を賛成してくれる。


「だから、こんな素敵な部活が実績がないとか言われたくないの」

「冷花、ありがとな」

「正式な部員ではないけれど、居心地が良かったから」


 素直な言葉遣いに加え、普段より抑揚がついている。冷花が本音で言っているのが感じられて、目頭が熱くなる


「いや、もう冷花は仲間だ」

「ん、もちのろんよ」

「仲間外れにはしないんだからぁぁっ」


 僕はみんなの顔を順に見てから。


「なら、やることは決まってるな」


 女子3人が同時に首を縦に振る。


「居場所を取り戻すぞ!」

「ああ。ボク、ハゲ野郎に負けたままなんて、自分が許せねえ」

「さすがのわたしも、ヘラヘラするのは無理なんだよぉぉっ」

「ああいう奴は弱みを見せたら、とことん調子に乗るわ」


 女の子たちも乗ってくる。

 彼女たちの様子を見て、顧問はニコニコしている。


 妥協して、廃部になったところで実害はない。食事前に考えたように部活がなくても、友だちとして活動できるから。

 しかし、それでは、ダメ。消極的な妥協案では、主体性は生まれない。自分の意思で高校生活を楽しんだことにはならない気がする。


 きっと、モモねえは僕たちに考えさせたかったんだ。


 ここまで来たら、突っ走ろう。


「みんな、僕たちは自由だ!」

「おう、自由のためなら、地獄の門番に命を捧げても構わぬ」

「わたし、もっともっとコアラをしたいんだもん」

「あたしは部室でエロゲをやってみせる。エロゲみたいな恋をするための参考資料だし」


 女子たちが好き勝手なことを言う。


「そのとおりだぞ」


 恋をするのも、しないのも。遊ぶのも、勉強するのも。ボッチで生きるのも、ウェイウェイ騒ぐのも。


 僕たちには自由がある。

 無理して、意思を曲げてまで、なにかの方向に自分を変えたいとは思わない。


 高校生4人が息巻いていたら。


「じゃあ、話がまとまったところで~」


 顧問がまとめてきたと思えば。


「みんなでクリパに行きましょ~」


 想定外の提案だった。


「クリパ。学校のアレか?」

「ダンスで踊った男女は、恋人になるって、都市伝説のアレよ」


 そういえば、冷花と行くと約束したんだった。すっかり忘れていたけど。


「けど、なんでクリパに僕たちが?」


 僕がモモねえに訊ねると、顧問は意図を説明した。

 少々強引だが、この手なら廃部を撤回させられるかもしれない。


「夕方まで、みんなで準備しましょ~」


 お姉さんはのほほんと微笑んだ。

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