第29話 罪なき死神

「あたし、死神だから」


 神白冷花は自虐的な笑みをこぼす。


「いまさら、あだ名を持ち出さなくても……」

「ううん、そういう意味じゃなくって」


 冷花は首をひねる。

 なにが言いたいのかわからない。


「シン、慎司くんが感情が見えるみたいに……あたしには死神の力があるの」

「し、死神の力?」


 思わず声がうわずってしまった。


「ボクがうざいから、殺しに来るのか?」

「死神が実在しただなんて、ガクガクブルブルだよぉぉっ」


 夢紅と美輝も想像してしまったようだ。冷花が本物の死神だと。

 しかも、怯えたふたりは、抱き合う。互いの胸がくっつき、形を変える。おかげで、僕の恐怖が収まった。


「ちがうから」

「「「へっ?」」」

「鎌も持ってないし。物理的に人を死に導く、死神じゃないから」


 冷花が淡々とした声で否定する。


「だよな」

「……つまんねえの。人智を超えた存在じゃないとは」

「わたし、命拾いしたの?」


 僕たちが胸をなで下ろしていると。


「あたしは人との関係を切る力の持ち主なの。つまり、比喩的な意味での死神よ」

「どういうことだ?」

「あたしがボッチなのは知ってるでしょ?」

「ああ。小学生のときも誰とも話さなかったよな。公園で僕と遊んだとき以外では」

「そうなの。根本的に人に興味ないし」


 その割に、僕たちとは遊びたそうなんだけど。話の腰を折りたくないので、黙っておく。


「たまに人と話しても、思ってもないことで傷つけちゃって」

「もしかして……?」

「うん、毒舌を吐くのは、あたしの意思じゃない」


 冷花はうつむく。


「告白されて振るときも、先生に対しても、思っていることとは裏腹に口が勝手に動くと言いますか」


 銀髪をいじる仕草がいじらしい。


「でも、死神ちゃん。ボクたちと初めて話したとき、『告白ばかりでうんざいしてるから、つい言っちゃう』みたいな説明してたぞ」


 夢紅が1ヶ月前の話を持ち出してくる。


「あのときは、死神の力なんて言えなかったし。強がってるフリをしてたの」


 わかる。僕も他人の感情が見えるなんて言えない。だから、適当な理由で誤魔化すしかないわけで。


「とにかく、あたしは必要以上に毒舌を吐いて、相手を精神的に叩きのめしてしまう。意図的な行為でない以上は、能力と呼んでもいいかもしれない」


 冷花は胸を張る。


 瞬間的に、彼女の言ってることに疑問を感じた。

 毒舌と死神、どう違うんだろう?


 思っている以上に厳しい言葉を使ってしまうなんて、冷花に限った話じゃない。

 自分を死神だと表現するのはやりすぎだ。


 しかし、だとしたら。

 ふと自分の身に置き換えてみる。


 僕の力についても、説明がつかないよな。

 思い込みだと指摘されたら、反論できない。そもそも、病院で検査を受けて、異常がなかったわけで。


「……そういう見方もあるかもな」


 僕は冷花の考えを受け入れた。

 なにが真実かは冷花が決めることだから。


 すると、冷花はうれしそうに頬を緩める。


「あたしは人とのキズナが築けない。毒舌をもって、人との縁を切る死神。正真正銘のコミュ障よ」


 僕はの琥珀色の瞳を見つめ、できるだけ自然に微笑む。


「そんなの最初からわかってた」

「へっ?」

「僕は感情が見える。おまえが僕に毒舌を吐いても、悪意は感じられなかった。それどころか……」


 フラグを立てていた、と口走りそうになって、止めた。


「とにかく、僕は冷花が良い奴だってわかってたから」


 代わりに、前々から思っていたことを言う。


 いまの冷花は自分を死神だと見立てて、自分を卑下している。


 自信がない人間は褒めるに限る。

 そのうえで。


「人との関係を切る力を死神だと呼ぶなら、隠者ボッチな僕も死神だな」


 そばに僕がいると、それとなく伝える。


「なら、ボクも死神候補生だな。ウザい言われて、友だち少ないし」


 友だち少ない僕と夢紅が死神勢に加わると。


「わたしも、あまのじゃくな友だちならいるんだよぉぉっ。けど、良い子だからぁぁ!」


 取り残された美輝が仲間に入りたそうな顔で、叫んだ。


「冷花は口が悪いだけ。べつに、死神じゃない」

「そうなの?」

「毒舌も練習すれば直るらしいぞ。モモねえが言うには、認知行動療法というのがあるらしくて」


 専門家の名前を出したら、神妙な顔でうなずいた。


「毒舌も直るんだね」


 冷花が納得できるまで間を置いてから、僕は言う。


「というわけで、この話は終わり」

「ボク、腹が減った」

「もう少し我慢してくれ。もうすぐ、モモねえが帰ってくるはず」


 僕は棚からスナック菓子を取って、テーブルの上に置く。

 みんなで食べながら。


「さて、ここからは今後の話だ」

「……ごめんなさい、あたしのせいで廃部になって」


 冷花がうなだれる。


「気にすんな。たぶん難癖つけられて、いずれは廃部になってた」


 たしか、今週の職員会議で廃部が正式に決まると言っていた。

 今日は木曜日。もう決まった可能性もある。モモねえが黙っているだけで。

 もし、職員会議がまだだとしても、もう無理だ。ひっくり返せない。


 諦めていたら。


「……ボク、このまま終わるのイヤだなあ」

「わたしも。陽キャグループよりも居心地よかったんだよぉぉっ」


 夢紅と美輝が寂しそうな顔をする。


「おまえら……」


 部長として、歯がゆい気持ちでいたら。


「部活がなくなっても、個人的に遊ぶのは自由でしょ?」

「夢紅ちゃん、それな」

「その手があったか!」


 僕は思わず目を見開いた。


「だな、部活がなくても、遊ぼうぜ」


 すぐに失言だと気づいた。

 僕は夢紅と美輝の好意を半年以上も勘違いしていたわけで。


「ごめん、僕、逃げちゃったのに……」

「隠者くん、気にすんなし。ボクたちは友だち。それでいいじゃないか」

「そうそう。慎司さまは究極の癒しグッズ。コアラはユーカリに恋してるわけじゃないんだよぉぉっ。でも、抱きついていいんだからぁぁ」


 ひどいことをした僕をあっけなく許してくれる。

 夢紅と美輝が良い奴すぎて、目頭が熱くなる。


 僕は泣きかけているのに気づかれまいと。


「なら、部活のことはいいとして」


 依頼人に目を向ける。彼女はチップスをモグモグしていた。


「ごめん。依頼がこんな形で終わって」


 冷花は急いで口の中を整理すると、もじもじして言う。


「……それについてなんだけど」

「うん」

「あたしの初恋の人は慎司くんだった」

「そ、そうだな」


 面と向かって言われると、恥ずかしくてたまらない。


「そのうえで、あたしの目標について考えてみたいの」


 彼女の願いはエロゲみたいな恋をすること。そのために、理想の男性がどういうタイプなのかを知るところから始めた。理想がわかったら、あとは彼女自身で恋を見つける。僕たちができるのは、恋の準備。そういう契約だ。


「あたしの理想の人=初恋の人、すなわち、慎司くんよ」

「ふぁっ?」


 僕が理想の相手だって?

 思わず間の抜けた声が漏れた。


「慎司くんがシンってわかって、あたしは初恋の記憶を取り戻して……すでに立派なラブコメだから。それこそ、エロゲみたいな」

「へっ?」

「みんなに依頼したから……あたしは大切なものを取り戻せたの」


 冷花が立ち上がる。


「エロゲみたいな恋の疑似体験はできたわ」


 彼女は僕に頭を下げる。長く伸びた銀色の髪が重力に引かれた。


「じゃあ、依頼は達成?」

「そこを相談したいの?」


 冷花は座ると、上目遣いで僕を見つめる。


「慎司くん、あたしに恋をしてる?」

「ぶはっ!」


 思わず噴いた。


「もう恋愛嫌いとかイキるつもりはない」

「そう」


 冷花の声が弾む。

 自分は恋愛嫌い。絶対に恋をしない。そう思い込むことはやめにした。


 人を好きになるのに、理由はいらない。時期も、相手も、頭で考えることじゃない。

 いまの僕は恋をしてもいいと思ってる。


「だけど、まだ恋愛のことを考えられないんだ」


 今までの態度を少し改めるだけ。恋愛に積極的になるわけじゃない。


「わかってるから」

「へっ?」

「あたしも」


 冷花は微笑んだ。


「あたしも初恋を思い出して、浮かれてるだけかも」

「……」

「慎司くんを運命の人だと思い込んで、勝手に盛り上がってる。その可能性もあるわね」


 クールな子はまるで他人事のように言う。


「それに、まだ、理想の恋がわからないの。だから――」

「だから?」

「迷惑じゃなかったら、あたしの相手をしてくれない?」


 つまり、依頼は継続してほしい。そう言っているわけだ。


「報酬なら払うわ」

「いや、報酬なんて――」

「身体で」

「ぶはっ!」


 なんと言った?


「趣味の活動だ。報酬はいらんぞ」

「あたしなんかじゃ興奮できないのね」


 冷花は両手を胸元に寄せる。豊かな双丘が協調された。


「そうじゃなくって。依頼は継続するって言ってんの!」


 僕が告げると、彼女は間の抜けたような顔をした。

 僕の答えが信じられなかったらしい。


「冷花のためだけじゃない」


 そう言うと、女子3人の視線が僕の口に集まる。


「僕も自分の恋愛嫌いと向き合いたい。そのために、恋人ごっこするのはいいかも」

「……たしかに、互いの利益になるわね」


 冷花が納得してうなずく。


「なら、ボクたちにもワンチャンあるかも」

「いろんな人と接した方が、自分の価値観に気づきやすいかもよぉぉ」


 夢紅と美輝が笑顔になる。


「部活がなくなっても、よろしくな」


 話がまとまったとき。


 ――チーン。


 オーブンレンジが音を鳴らして。

 タイミングを見計らったように、リビングのドアが開いて。


 モモねえがピンクの髪と胸を揺らして、戻ってくる。


「バッチリだね~」


 意味ありげに微笑んだ。

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