第31話 クリスマスパーティー

 クリスマスイブの夜、対人支援部一同は学校の正門をくぐる。


 暗い中、みんなの吐く息が白い。数日前までは人を包み込んでいた色が、いまの僕には見えない。

 ふと、思う。彼女たちは何を考えているのだろうか、と。


 築40年近い、体育館も兼ねた講堂から楽器の音が漏れる。質素な講堂には似つかわしくない、優雅なメロディーだった。


 既に楽しいクリスマスパーティーは始まっている。

 僕は気を引き締め直す。

 

 僕たちは講堂へ。

 照明が彼女たちを照らしたとたん、あらためて僕は目を見張った。


「どったの? ボクたちに惚れた?」

「……いや、馬子にも衣装だな」


 ウザい人を始め、女子はドレスを着飾っていた。


 神白冷花は純白のパーティードレス。ドレスが余計な自己主張をせず、素材本来の魅力を十二分に引き立てている。まるで、清楚なお姫さまのよう。


「黙っていれば完璧だよな」


 うっかり口に出てしまった。

 怒られると思いきや、冷花はヘラヘラしていた。


 近くにいた男子も冷花を見て。

「おい、あれ、死神だよな」「ドレスだと清楚じゃね」「死神が天使に転生したのか?」「オレ、もう一回コクって、罵られてえわぁ」

 噂話をしている。最後の奴は、ドMすぎる。


 冷花がコクられてたのって、特殊な趣味の人に需要があったのかもな。

 などと思っていたら。


「おい、ボクも褒めろや」


 夢紅が僕の袖を引っ張っる。


「借り物のタキシードなんだから、乱暴なことすんな」


 僕たちの衣装はモモねえが借りてきたものだ。昼間、夢紅たちを案内したあと、出かけたお姉さん。貸衣装屋に行って、4人分の衣装をレンタルしていた。僕たちは最初からモモねえの思惑どおりに動いていたというか。


「ちぇ、なんで死神だけ褒めんだよ。死ぬまでウザ絡みすんぞ」


 渋々、僕は夢紅を見る。

 真っ赤なドレスは、アクティブキュートな彼女の雰囲気に似合っている。スカートの丈は短く、健康的な太ももがウリに出されていた。


「まあ、おまえらしくて、いいんじゃね」


 モモねえのセンスはすげえな。サイズもぴったりだし。


「やったぜ!」

「今度は、わたしの番だよぉぉっ」


 美輝もバッチリ決まっている。


 鮮やかな金髪に、ワインレッドのドレスは反則だろ。身体にぴっちりと張り付いていて、豊かなメロンがバインバインだし。

 超高校級の色っぽさに周囲の目も集まっている。


 というか、神々しすぎて、僕なんかが評価するのが恐れ多い。


「住んでる世界がちがうな」

「それ、褒めてるの?」

「……もちろん。美輝がまぶしすぎるんだぞ」

「まぶしい……わたしが、えへへへへっっ」


 そう言いながら、美輝が腕に抱きついてくる。

 ぷにゅんぷにゅん。薄手なドレスなので、凶器の感触をもろに感じる。


 周りの男どもから睨まれた。ここは逃げないと命がいくつあっても足らない。


「受付を済ませるぞ」


 受付をしていた生徒に生徒手帳を見せ、中に入る。


 体育館の半分は立食パーティーのエリア、もう半分がダンス。奥の方、ステージの右前では、吹奏楽部が演奏を披露していた。


 100人を超える生徒が食事やダンスを楽しんでいる。


 思っていたより、本格的なんだな。料理も想像よりも豪華だし。

『ダンスをした男女は交際する』という都市伝説が生まれるのも納得できる。


「なあなあ、メシを取りに行こうぜ」

「夢紅、目的を忘れたわけじゃないよな」


 ウザい人に釘を刺すと。


「まあまあ、慎司くん。彼女には大事な仕事もあるし」


 珍しく、冷花が夢紅をフォローする。


「夢紅、羽目を外すんじゃないぞ」

「……うむ。酒は飲んでも、飲まれるな。任せておけ」

「おまえ、飲むなよ」


 そもそも、アルコールなんてないはず。教師も監視しているし。


「じゃあ、わたしも友だちに挨拶しないとだし」


 美輝は申し訳なさそうに言う。


「こっちのことは気にすんな。良い思い出を作れよ」


 美輝はうれしそうにはにかむと、僕たちから離れていく。


「さてと、緊張するわね」


 冷花は硬い声でささやく。


「決行までは時間がある。いまのうちに楽しんでおこう」

「そ、そうね。クールに決めるのが、あたしだし」


 そのセリフがサマになるのが冷花だ。


「食べ物持ってくる。嫌いなものあるか?」

「ううん、任せるわ」


 食べ物が置かれたテーブルへ行く。焼きそばやウインナー、ポテト、サラダなどを皿に盛り、元の場所に戻る。


 すると、冷花が男子生徒たちに囲まれていた。

 一瞬、ヒヤヒヤするが。


「ごめんなさい。誘ってくれて、ありがとう。せっかくだけど、連れがいるの。気持ちだけは受け取っておくわ」


 うまくあしらっていた。


「ごめん、ひとりにしちゃって」

「いいの。男同士で来た先輩たちに誘われたわ」

「よくやった」


 最低でも、パーティーが終わるまでは毒舌を吐かない。

 作戦の実行にあたって、重要な課題だった。


「……虫唾が走った」


 冷花は思いっきり顔をしかめ。


「『臭い童貞お○んぽ野郎。悪臭公害だから、あたしから1000キロ離れてくれない?』って、喉元まで出たの。どうにか耐えたけど」

「……おおう。がんばったな」


 冷花は学校でもトップクラスの美少女だけあって、どうしても目立ってしまう。

 冷花の皿が空になるのを待って、僕は彼女に言った。


「隅の方に移動しよう」

「そうね」


 冷花が腕を絡ませてくる。


 恥ずかしいが、仕方ない。

 さすがにナンパもされないだろう。冷花を守る意味でも、妥当な行動だ。


 冷花の奴、首を傾け、僕に体重をかけてくる。彼女の温もりと柔らかさがハンパない。


 周りの視線も痛いし、少しだけ自重してもらおうか。

 そう思ったときに、異変が起きた。


「ほほう、神白冷花」


 冷花の名前を呼ぶ声が、受付の方からして。


「貴様みたいに協調性のない奴が、パーティに来るとは」


 学年主任がニヤリと笑みを浮かべて、僕たちに近づいてくる。


「今年はオレ自らが見回りに来て、正解だったな」


 モモねえからの情報のとおりだ。

 明日の職員会議で、対人支援部の廃部の件が持ち出させる。それまでに、撤回させないと、廃部が確定してしまう。


 モモねえは提案した。

 学年主任がパーティーに来るから、パーティーを利用すれば、と。

 そこで、みんなで相談し、廃部撤回作戦を実行することに。

 そうして、今に至る。


「貴様ら、やっぱり不純異性交遊しておったのか」


 50すぎのおっさんが冷花にイヤらしい目を向ける。


「せっかく、対人支援部に不良の更生をお願いしたのだがな。不良とはいえ、着飾れば、いっぱしの女。メスの色気に騙されたのだろう、小僧が」


 最近まで、僕は恋愛嫌いだったんだぞ。

 いや、僕のことはいい。


 神白冷花がビッチみてえじゃねえか。

 エロゲが趣味だし、エロゲみたいな恋がしたい。なのに、恋に恋する女の子。

 感情を表に出すのが苦手。なのに、僕のために睡眠時間を削って、ケーキを作ってくる。積極的なのか、消極的なのか、よくわからない。


 でも、冷花について、これだけは言える。

 まっすぐで、ただ不器用なだけ。おまえが考えるような悪い子じゃない。


 初恋の人をバカにされて、沸々と怒りが湧いてくる。

 が、ここで態度に出てしまったら、さっき毒舌を我慢した冷花にも申し訳がない。

 深呼吸して、感情の制御を取り戻す。


 僕は冷花の手を握る。プルプルと震えていた。


「大丈夫か?」

「うん……あたしがやらなきゃ」

「僕が支えてるから」


 僕は冷花を励ます。


「ありがとう。もう大丈夫だから」


 冷花は僕から離れて、学年主任の前へ。


「すいませんでした。今まで、ご迷惑をおかけしたこと、反省しています」


 彼女は深々と頭を下げた。

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