第21話 川風

 クリスマス前の夕暮れ。川沿いをひとりで歩く。橋の梁脇にある、真新しい歩道橋に差しかかった。最近、整備された歩道で、橋を渡った先にはオシャレなショッピングエリアもある。


 赤く染まった川は、カップルに人気な場所だった模様。

 手をつないだり、肩を組んだり、見つめあったり、「夕陽よりも君の方がきれいだよ」とキザなセリフを決めたり。

 ボッチな男子高校生は場違い感がハンパない。


 クリスマス前って、発情期だよな。まあ、人間は万年発情期なんだが、さらにやる気に満ちているというか。キスしてもおかしくないぐらいのラブコメオーラが場を支配している。


 思わず胃を押さえる。


 部活で試作型ケーキ29号機を食べて、女の子がドロドロした甘さを僕に向けて。

 いろんな意味で、胸焼けがした。


 部活が終わるまで、どうにか耐え抜いて。

 解散するやいなや、ひとりで風に当たりたくて川にやってきたんだ。

 なのに、カップルばかりで、さらに胃が痛くなった。


 僕はうつむくと、歩道橋を早足で通りすぎる。「リア充、爆発しろ」と心の中で叫びながら。


 数分後。公園にいた。夕暮れ時の寂しい公園は人も少ない。ベンチに座り、ぼんやりと落ち葉を眺める。


 それにしても、弱ったな。

 冷花のことだ。


 彼女を応援したい、自分の気持ちにウソはない。

 ここ数日、死神は素直な感情を見せるようになった。たまに毒舌があるけど、以前に比べたら、とげとげしくない。

 必死に変わろうとする姿勢は微笑ましい。不器用なところも、かわいい。


 けれど――。


 はたして、クリパに行くと答えてよかったんだろうか。

 冷花の家にて。彼女の初恋話を聞いて、放っておけなくなった。他人事と思えなかったのもある。

 彼女に共感し、僕は彼女を支援することを選んだ。


 しかし、今日の部活でのことが引っかかる。

 夢紅と美輝のことだ。ふたりまで変な色を見せるようになってしまった。


 思い当たる理由は、冷花のケーキ作りとしか思えず。

 死神が舞い上がったのは、僕が彼女の家に行ったからで。


 あの日の行動次第では、今日も頭を空っぽにしてラベンダー役を楽しめたかも。

 恋愛感情や情欲を可能な限り排除して、女子とイチャイチャするのは最高のリラックス空間である。失われて、その価値を実感させられるとは。


 明日からは女子を癒やし、癒やされる部活にしたいものだ。


 僕は胃を押さえながら、ふと顔を上げる。

 向かいのベンチで、見知らぬ少女が本を読んでいた。サイズ的に文庫だ。

 本で彼女の顔は見えない。彼女は薄暗いグレーを放っていた。傷心らしい。失恋でもしたんだろうか。


 そこまで想像し、バツが悪くなる。少女の心を覗いてしまったからだ。

 感情が見えるって、不便だよな。


 こんな力、マジでいらなかった。

 力のせいで、両親が離婚した。自分を責めて、恋愛が嫌いになって。


 恋愛から逃げるようにして、これまでやってきた。僕に好意を寄せる女子がいたら、あえて無視したり、いじわるしたり。


 女子に愛されないことを目指して、これまでやってきた。


 夢紅と美輝。イチャラブしてるのに僕を好きにならない。

 僕にとっては理想のヒロイン。ふたりともラブコメだったらサブヒロインかもしれないが、僕から見れば真逆で。


 恋愛関係にならない安心感は、かけがえのないものだった。


 ところが、ふたりは僕にフラグを立て始めてしまった。


 今日たまたまで済めばいいんだが。

 クリスマスと正月に向けて、冷花はどこまで盛り上がる?

 場合によっては、夢紅の対抗心や、美輝の不安を刺激しかねない。自分でコントロールできないのがマジで大変。


 やるせなくて、ベンチに座ったまま、土を蹴る。つま先が軽く痛い。踏んだり蹴ったりだ。自分が悪いんだが。


 頭を抱えていたら、目の前が急に暗くなった。まぶたに人の温もりを感じる。


「だーれ~かな?」


 後頭部にやたらと弾力のある物体が当たっている。僕の頭は、おっぱい置き場じゃないんだぞ。


「……声かけ事案で通報していいですか?」

「がーん」


 後ろから彼女のすすり泣く声が聞こえた。

 マズい。人に見られたら、僕が悪者になってしまう。


「モモねえのおかげで元気出たよ」

「ホント?」


 モモねえが飛び上がる。想像できた。双丘が揺れてる光景が。


「慎ちゃん、なにかあったの?」


 モモねえは僕の隣に腰を下ろす。


「なんでもないよ」

「ウソ。お姉ちゃんの目は誤魔化せないんだから~」

「うっ」


 さすが、カウンセラー。

 顧問が不在の間の出来事を、僕は報告する。


「……ごめんね」

「なんで、謝るんだ?」

「お姉ちゃんが冷花ちゃんの支援を頼んだから」

「別に、モモねえが気にすることじゃないし」


 僕は笑顔を作る。


「前にも言ったけど、モモねえなりの意図があるんだろ。この状況も読んでたんじゃ――」

「ごめんね。慎ちゃんの推測どおりよ~」


 モモねえは僕に平謝りする。


「モモねえのせいじゃねえって」

「でも、私が……」

「ううん、僕を思ってのことなんだろ。だったら、自分で答えを見つけなきゃ」


 神白冷花が理想の恋を知りたいように。


「慎ちゃんがトラウマと向き合うためには~お姉ちゃんは見守るしかなくて……もどかしいけど」


 モモねえは唇を噛みしめる。普段は笑顔が基本だからか、余計に歯がゆさが伝わってくる。


 トラウマか……。


「無理して解決しようとしなくていいんだからね。お姉ちゃん、どんな慎ちゃんも……だーいしゅきだから」


 従姉妹が僕をホールドする。ぷにぷに物質の肉感と、柔らかい芳香が大人の女性を感じさせた。


 向かいで読書していた少女も、こっちを見てるし。僕に対しての敵意を感じるんですけど。


「ありがとう。モモねえのおかげで元気が出たよ」


 今度は、嘘偽りのない言葉で感謝を伝えると。


「えへへ」


 モモねえは天使の微笑を浮かべ。


「困ったら、いつでも助けを呼んでね。学校にいない日でも、駆けつけるから」

「過保護すぎるし」


 メンタルクリニックをクビになったら、僕のせいだよな。

 苦笑いをしていたら。


「じゃあ、今日は胃もたれにも優しいヘルシーキノコ鍋にしちゃうぞ~」


 従姉妹は意気揚々と立ち上がる。

 お姉さん、見ているだけで癒やされる。


 僕は立ち上がった。少しだけ身体が軽かった。

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