第5章 モテ期とは?

第20話 ケーキも食べすぎると胃にもたれる

「慎司くん?」

「……れ、冷花、なんだ?」


 妙に馴れ馴れしい神白かみしろ冷花れいかと、名前呼びに戸惑う僕。

 だって、無理だろ。遊園地に行ってから、たったの3日。わずか3日である。その間に、256回は下の名前で話しかけられたんだからな。いくらなんでも多すぎる。


 しかも、いまは部活中。夢紅と美輝の視線が僕たちに集まってるんだけど。


「今日は、試作型ケーキ29号機を持ってきたわ」


 冷花は部室の隅にある小型冷蔵庫から白い箱を運んでくる。

 ケーキだった。イチゴのショートケーキだ。彼女は慣れた手つきでケーキを切り分ける。


「昨日は12号機だったよね?」

「ええ、そうよ。今朝は2時起き。2時13分から、13号機の製造に着手。試行錯誤のすえに29号機までたどり着いたわ」


 遊園地の翌日から、神白冷花は毎日ケーキを作ってくるようになった。『試作型ケーキ○号機』と名前をつけて、僕に試食させるという。

 普通に美味いんだから、大量に廃棄してまで試作する必要あるの? パティシエでもあるまいし。


「あたしが食べ物を無駄にするとでも。28号機までは愚者さんに売ったから」

「おうよ。ボクも昼食代が浮いて最高だぜ」

「ケーキ売ったんじゃないのか?」


 僕が首をひねると。


「誰が現金って言ったの」


 冷花は無表情で言い、夢紅は僕を見てニヤニヤ、美輝は苦笑いを浮かべる。それ以上は訊かないでおこう。


「で、今日は29号機を持ってきたってか?」

「遅刻ギリギリまで粘ったの。ケーキを抱えて、食パンをくわえて走るはめになったわ」

「そりゃ、大変だったな」

「慎司くん、どうして、あたしとぶつかってくれなかったの?」


 なにが言いたいのかわからない。


「ヒロインの定番じゃない。ラキスケ属性の主人公は登校中に、『遅刻、遅刻』と食パンをくわえて走る少女にぶつかるの。名も知らぬ少女が実は転校生。教室で再会し、ふたりの運命が始まるんだから」


 クールな顔で、エロゲ脳をこじらせる死神。どぴゅんどぴゅんと乙女オーラを放ちまくる。


「だってな、隠者くん。明日からは死神ちゃんの家の前で待ってろよ」

「それ、ストーカーじゃんか!」


 言えない。冷花の家に上がったなんて。こいつにバレたら、学校中に広まってそうだし。


「慎司さま、次のなりきりプレイは食パンなのぉぉ⁉ わたしが病んだときに、自分の顔をトーストして――」

「食パン丸じゃん。パロは禁止だっての!」


 つい美輝相手に声を荒げてしまった。


 泣き出されたら、マズい。

 慌てて、首からさげたラベンダーの瓶を美輝の前にちらつかせる。


 ファッションギャルは僕の首筋に鼻を近づけて、くんくん。当たってる。胸と胸が。ふんわり食パンとメロンの感触を脳内で比べていたら。


「ちょっと、太陽さん」


 冷花は美輝の二つ名を言う。陽キャだから、タロットの太陽のカードを二つ名にしたのだ。


「どうしたの、死神さん?」

「慎司くんは、あたし専用のエロゲ主人公なのよ。慎司くんは、ひとり乗りだから」


 独占欲を剥き出しにする神白冷花に。


「今日は昭和ネタでお送りするようです」


 夢紅が僕に抱きついてきて。


「こうみえて、ボクも『エロマンガの神様』と呼ばれた身。知ってるか、亡き『マンガの仏様』はパイオツも描いていたんだぜ。歴史改変が行われていて、健全な作品しか残していないことになっているが」


 胸を押し当てながら、意味不明なウンチク(?)を語り出す。


「ちょっ、あんた。Dカップの分際で……。たしかに、慎司くんは隠者童貞お○んぽ野郎よ。でも、女に興味ないフリして、胸だけは好きだから。慎司くんにパイオツを与えないでください」


 まるで、『鳩にエサを与えないでください』とでも言いたげなノリで、冷花は夢紅を睨む。


 冷花の奴、メチャクチャ嫉んでいる。

 そこまでだったら、いいのだが……。


 夢紅と美輝まで、カモの羽のような重い感じの濃い緑に染まっている。嫉妬だ。

 冷花に対して嫉妬している。僕というおもちゃを取られたくない子どもだ。


 まあ、冷花のラブラブオーラは露骨だもんな。いまも夢紅に対抗心をバリバリ燃やしてるし。


「とりま、ケーキ食おうよ」


 僕が呼びかけると、女子たちも着席する。衝突は回避された模様だ。でかした、僕。対人支援部の平和を守ったぞ。


 ショートケーキは手作りとは思えないほどの味だった。


「昨日よりも美味くなってるよな」

「ありがとう、慎司くん。もっと食べて」


 冷花は自分が口をつけたフォークを使って、ケーキを一切れ僕の皿に置く。これ、間接キスなんじゃ。


 食べるのをためらっていたら。


「もう、いらないってこと……せっかく作ったのに」


 冷花は露骨に肩を落とす。

 仕方ない。僕は意識する時間が短くなるよう急いで食べた。


 食後。休んでいると、3人の女子が僕にひっついてくる。

 剣呑な空気が再び流れた。一次休戦だったのかよ!


 胃が痛い。ケーキの生クリームが重かったのかもしれん。甘いケーキも食べすぎると、しんどいんだな。


 気づかれないよう腹をさするが、女子の騒ぐ声が耳にくる。

 ストレスもあるな、きっと。


 遊園地に行って以来、部室の空気が変わっている。


 思い当たる理由は、ひとつだ。

 僕は神白冷花に共感し、彼女の家でクリパへ行く約束をした。


 それから、冷花がケーキを作ってきて、態度にも露骨に出すようになった。

 今日に至っては、夢紅と美輝まで嫉妬に燃えている。


 まさか、夢紅と美輝まで、僕にフラグを立て始めるとはな……。


 タロット占いで僕争奪戦を始めてしまった女子を見て、僕はため息を吐く。

 なんでだよ?

 半年も一緒にいて、恋愛の『れ』の字も出さなかった夢紅たちが、どうして僕に甘酸っぱい色を向けてるの?


 想定外すぎる。

 さすがの僕も癒やされたくなる。

 頼ろう。ラベンダーに。といっても、ラベンダー役の僕が僕自身で慰めるわけじゃない。ラベンダーの香りを嗅ぐのだ。リラックス効果があると言われているし。


 ラベンダーの瓶をくんくんしていたら。


「えいっ。ボクが一番ノリだじぇ!」


 右から夢紅が抱きついてきて。

 右腕に健康な膨らみを。


「なら、あたしは前をもらうわ」


 冷花は僕の膝に腰を下ろし。

 さらさらの銀髪と、もちもちしたお尻を。


「わたしも混ぜてよぉぉ」


 最後に美輝が後ろから僕の首に手を回す。

 背中に超高校級の物体を。


「ちょっ、おまえら……」


 3人の女の子と密着して。

 感触と、芳香と、見目麗しさと、艶めかしい声が、僕を刺激する。


 ある意味、最高の環境なのに。



 彼女たちと触れ合えば、触れ合うほど。

 僕の心は萎んでいく。


 ぜんぜん楽しくない。


 こんなコアラごっこは偽物だ。

 僕がユーカリをしたいのは、女の子がコアラだから。見た目は甘くても、本能に忠実でしかない。僕がユーカリだから、生きるために抱きつくだけ。生存のためである。どんなにイチャラブしているように見えても、偽物の恋。


 紛い物だったから、僕は割り切って、ユーカリ役を楽しむことができた。『おっぱい、柔らか。役得だぜ』と、言っていられた。


 なのに――。

 本物になってしまったら。

 どうすればいいんだよ?


 わからない。

 どう対応すればいいのか?


 女の子たちの色は見えるのに、何が正解なのかさっぱり見えない。


 こんなの僕のハーレムじゃねえっての。

 叫びたいのをこらえたまま、僕は女子の好きがままにされていた。


 ケーキも食べすぎると、胃が痛くなる。

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