第4章 ラブコメの冬

第15話 打ち上げデート

「オレの歌を聞けぇぇっっ!」


 夢紅むくが部室のドアを開けると同時に、叫んだ。

 せっかく、ひとりで本を読んでいたのに。


「夢紅、うるせえ。邪魔すんな」

「どーてーい、どーてーい! クリスマスと年末もソロプレイですか? プークスクス」


 いつも以上にウザいんだが。クリスマスツリーの下に埋めていいですか?


「どったの?」


 救世主が現れた。美輝さん、いつもより金髪にツヤがある。


「美輝、なにか良いことあったのか?」

「さすが、慎司さま。あいかわらず、勘がいいんだよぉ」

「まあな」

「数学もケアレスミス減ってたし、英語はなんと80点。明日からはオネショしないんだよぉぉ」

「……おう、良かったな」


 まさかの自爆である。試験前は夢にうなされてた言ってたけど、そこまでだったとは。どうりで、ここ数日のラベンダープレイが激しかったわけだ。


「褒めて、褒めて、ボクも褒めて」

「おまえ、なにかしたの?」

「ぷくぅぅ……ボク、赤点なかったのさ」

「おま、赤点がないのは――」


 誇れることじゃねえだろ、と言いかけたところで。


「なんと、歴史は80点だぞ!」

「ぶはっっ!」


 ありえねぇぇぇっっ!

 つい、噴いてしまった。


 証拠と言わんばかりに、夢紅は紙切れを渡してきた。

 今日、発表されたばかりの成績表だった。


「マジで歴史は80点なんだな?」

「おうよ。ボクは過去に意識を飛ばして、歴史を見てきたのさ」

「おー、すげえな、すげえな」


 自分の努力を認めるのが恥ずかしいのだろう。ガキだ。


 仕方ないので、夢紅の茶髪も撫でると、子犬が尻尾を振るみたいに全身で喜んだ。

 おま、不意打ちだぞ。ウザくても、かわいいものはかわいいからな。


「愚か者め、タイムスリップはカンニングよ」


 神白かみしろ冷花れいかが澄まし顔で現れた。

 こいつに冗談は通じないのかよ。


「まあ、結果を出せたのなら、あたしはなにも言わないけど」


 素直じゃないんだから。


「ところで、隠岐おきくん。あなた、大丈夫よね?」


 神白は無表情ながらも、全力で僕を心配していた。色が言っている。


「成績によっては、エロゲ主人公を頼めないからね。あたしのせいで勉強できないなんて言わせないわ」

「大丈夫だ。問題ない。数学も平均点は超えられた」

「そう」


 淡泊に答えると。


「なら、安心して、冬のラブコメイベントを回収できるわね」


 神白は頬を緩ませる。

 あくまでも、僕を褒めるつもりはないらしい。あまのじゃくなんだから。


「年末年始にかけて、クリスマスとお正月といったイベントが続くわ」

「リア充氏ねや、ゴルルァァァッッッツ!」

「あはははは」


 夢紅が叫び、美輝が苦笑いする。


 僕としては夢紅の気持ちに近い。

 この時期、街を歩くだけで呪いたくなる。ラブコメオーラ全開のリア充、盛りのついた犬かよ!


 人の気も知らずに、神白は話を続ける。


「あたしが試験勉強に協力しました。おかげで、みんなの成績は上がり、廃部の危機は回避できそう」

「「「ありがとうございます」」」


 3人の声が揃った。

 神白の教え方はうまい。毒舌がなければ、最高の教師だった。

 感謝こそすれ、文句は言えない。


「だから、今度は、あなたたちの番」


 神白は表情を変えずに、全身からピンクを放つ。


「クリスマスとお正月を利用しない手はない」


 僕たち部員の視線が集まる中、依頼者は。


「ラブコメイベントを起こすのよ!」


 人差し指を突き出して、要求してくる。


 部員でもない神白が僕たちを助けてくれたんだ。もっともではある。

 ただし、ラブコメイベントが気になる。確認しておこう。


「ラブコメイベントって、具体的には?」

「大きなものとしては……クリスマスパーティね」

「あっ、クリパ!」


 美輝が叫んだ。

 夢紅もうなずいている。

 僕だけ話についていけてない。


「クリパって?」


 僕が訊ねると。


「クリパのダンスで踊った男女は、恋人になるって伝説があるんだよぉ」

「てめえ、我が校の常識だろ?」

「エロゲ定番のネタよ。絶対に回収したいわ」


 神白の僕を見る目がピンクすぎます。

 話の内容的にもアウトだ。都市伝説だと思うが。


「それだけは勘弁くだしゃい」


 力強く断ろうとして、噛んでしまった。

 すると。


「そんなにムキにならなくてもいいのに」


 神白はぷっくらと頬を膨らませ。


「とりあえず、ノリでクリパ行きたいと思っただけ。現実はエロゲじゃないわ。別に、あんたとなんか踊ってあげないんだからねっ!」


 なぜか怒り出す。

 理由は察し。でも、僕は鈍感なフリをした。


「死神さん、ツンデレですなー」


 夢紅がドヤ顔でしゃしゃり出てきた。


「素直になれない死神ちゃんもかわいくて、遊びたくなる我がいる」

「ちょっと愚者さん。これじゃ支援にならないよぉぉ」


 部の良心である美輝が動き出す。


「まずは、予行練習を始めてみようよぉぉ」

「美輝、予行演習って?」

「とりあえず、デートしてきたら?」

「「えっ?」」


 神白と声が揃ってしまった。


「理由が必要そうな顔ね。なら、試験の打ち上げとか、どう?」


 神白と僕で試験打ち上げデートをしろ。そう美輝は言ってるわけで。


「デートって、どういうことだよ?」

「いつも、わたしたちがいたでしょ」

「ああ」

「グループでいるから、あんま恋愛を意識しなかったのかもよぉぉ」


 陽キャグループの美輝が指摘すると説得力がある。


「そうかもね。勉強会のときは勉強を優先してた。全然ラブコメになってなかったわね」


 神白も神妙なうなずいた。

 だったら、鬼教官するなよ。


「だから、慎司さまとふたりっきりで出かけるのよぉ」

「「……」」

「異性とふたりきりになれば、死神さんも恋愛について考えられるかもしれないんだよぉ」


 そういうことか。

 神白は対人経験が少なすぎて、理想の恋人像が描けていない。だから、エロゲ主人公なる言葉で濁しているわけで。


 夢紅と美輝がいなければ、いやがおうでも、神白は僕と向き合わなければならない。

 

 デートを通して、男性と触れ合う経験を積む。

 以前、夢紅に婚活サイトの記事を読ませられたことを思い出す。やたらと体験イベントあったんだよな。アクセサリー作りとかワインを飲むとか。男女が一緒に何かをすることで、相性の良い人が見つかるケースもある。その記事ではまとめられていた。


 同じことを美輝はしたいのかもしれない。

 神白への支援策としては、美輝の作戦が正解なのだろう。

 だが。


「ホントにデートしないといけないのか?」


 想像するだけで気が重い。恋愛嫌いの僕がデートごっこで戦力になれるか疑問だし。


 しかし、僕以上に戸惑っていたのは――。


「で、で、デート? しゅぽーん」


 神白だった。全身が茹でダコのよう。

 ポンコツと化した死神を前に、夢紅が仁王立ちして。


「死神はエロゲ主人公を求める姫。隠者はエロゲ主人公(仮)。デートぐらいしろっての」


 正論を吐いた。槍が降るんじゃね?


「デートなんて、絶対に無理!」


 死神が顔を真っ赤にして、叫ぶ。


「♪デート、デート、デート、デート、デート」


 夢紅が囃し立てる。おまえ、小学生かよ。

 まあ、珍しく神白の上に立てるんだ。やり返したくなる気持ちはわかるが。


 肝心の神白が抵抗を示している。

 僕たちがするのは、あくまでも神白の支援だ。神白自身が主体的に自分の恋愛について考えるべきだ。僕たちが指図して動かしたくない。


「ごめんなさい。お母さん、あたし、エロゲ主人公を見つけられないみたい」


 神白は目に涙を浮かべている。

 予想以上に弱気である。


 が、一方で、神白は僕を意識しまくって、盛大にフラグを立てていた。

 ふと、思う。


『おまえ、僕のこと好きなんじゃね?』

 と、ストレートに言えれば、どんなに楽か。


 けど、無理がありすぎるんだよな。

 まずは、僕が人の感情を読めることは秘密である。根拠もなく、『僕のことを好きなの?』なんて言おうものなら、痛い奴だ。

 そもそも、色だけでなく、文脈や表情、声の調子なども含めて、総合的に気持ちを読み取っているだけ。あくまでも、僕のできることは推測にすぎない。


 それに、僕は恋愛嫌い。

 万が一にも、神白が僕への気持ちを認めてしまったら、面倒なことになる。

 絶対に付き合うつもりはない。だからといって、傷つけたくもない。みんなが満足する道を見つけるなんて無理だ。


 しかし、このまま放っておくわけにもいかず。


「なら、僕から提案がある」


 神白は困っている。

 なら、恋愛が嫌いでも、助けるべきだ。


「みんなでデートすればいいじゃん」


 僕が切り出すと。


「……ありがと」


 神白は蚊の鳴くような声で答えた。

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