第14話 選択肢で未来は変えられる!

「その様子だと、うまくいってないみたいね~」


 モモねえは簡単に見抜いた。

 さすが、カウンセラー。態度や顔色を観察する訓練をしているだけのことはある。僕の師匠だし。


 僕みたいな特殊な力はなくても、感情の推測はできるのだよ。最近は感情を読み取るAIもある。つくづく、僕の能力はポンコツだな。


 モモねえ相手に見栄を張っても意味がない。僕はあっさり降参する。


「期末試験まで2週間。このままやっても、できる気がしない」

「ボクは3日で100万回は死んだぞ。ループを繰り返すたびに、絶望が我が身を焦がすのじゃ」

「わたしは数式と英単語が夢に出てくるんだよぉぉ。夢でもケアレスミスばかりで……わたし、ダメな子すぎる。ぴえん、ぴえん」


 僕と夢紅、美輝が弱音を吐くと。


「あなたたち、成績を上げて、廃部を阻止したいのよね?」


 神白冷花が冷たい声音で、正論を叩きつけてくる。

 ここで沈黙になるかと思いきや。


「ボクたちはダダ甘軍団。軍隊方式は無理っての」

「もうダメ。わたし、ユーカリが切れたコアラだよぉ」


 夢紅と美輝が言い返した。見直したぜ。

 だが、ふたりが立ち上がっても蹂躙される未来しか見えない。


 案の定、神白は腕を組んで傲岸不遜に舌打ちして――。


『どうしよう? 泣かすつもりじゃなかったのに。一生懸命勉強を教えただけで』と、内心で叫んでるじゃないですか!


「あたしは本当のことを言っただけ」


 なぜ、そんなこと言うの⁉ あまのじゃくだな~。


「おっ、さすがは、死神さん。学年主任を泣かせただけのことはある」


 ほら、夢紅に誤解されたじゃん。

 バカな夢紅ですら怒っている。かなり空気が悪いんですけど。


 僕は神白の感情が読めるので、冷静でいられる。


 気持ちとしてはフォローしたいのだが、神白の感情を当てるようなことをしていいか悩む。


 みんなに僕の秘密を黙っているわけで、不自然に思われたくない。

 万が一、僕の秘密がバレたとする。特に、相手は繊細な女子。感情が読まれていたと知ったら、どれだけ相手を傷つけるか。


 人間関係を壊したくないから、下手に動けない。


「はいはい、みんな、そこまでよ~」


 僕の困惑を読み取ったかのように、女帝が動いた。のんびりした声で、僕たちと神白の間に割って入る。


「なんとなく事情は飲み込めたわ~」


 神白も組んでいた腕を膝の上に置く。モモねえには一目置いているらしい。おとなしくなる。


「冷花ちゃん、みんなのことを考えて、厳しくしてくれたのね~」


 神白は目を見開く。『どうして、わかったの?』と、言いたげだ。


「ありがとね。知り合って間もないのに、面倒ごとに付き合ってもらっちゃって」

「いえ、あたしは別に……勉強会イベントをしたいだけですから」


 神白はバツが悪そうに、銀色の前髪をいじる。


 モモねえは微笑ましい目で、そんな神白を見つめる。

 ふたりの視線が交差した。


 神白は手を顎に添えて、しばらく考え込む。

 1分近く経ったころ。


「……少し厳しすぎたかも。ごめんなさい」


 なんと僕たちに頭を下げた。


 原因は、モモねえだ。

 モモねえ得意の天使の笑み。単に優しいだけではない。


 小3のとき、学校をサボっていた僕は、モモねえから今みたいな目を向けられた。

 穏やかであり、厳しくもあり。独特な圧を放っていて、自分を省みさせられた。その結果、反抗して学校を休むことの愚かさに気づいたんだよな。


 あの微笑みが死神すら謝罪させるとは。まさに、女帝はラスボス。


「冷花ちゃん、自分で気づけて、エラいねー」


 モモねえは神白の頭を撫でる。さすがの死神も借りてきた猫のよう。


「正論はね~、要注意なの。指摘が当たってるだけに、相手は文句を言えないから。怒られた方は萎縮しちゃって、力が出せなくなることもあるんだよ~」

「……ごめんなさい」

「ううん、責めてるわけじゃないの」


 モモねえは僕たちに目で訴えてくる。


「僕も怒ってない。おまえが真剣なのは伝わってきたし」


 ここ数日、神白から読み取った気持ちをそのまま伝える。


「ボクも……いいよ。貴様とは拳と拳で殴り合った。あとは、親友になるだけさ」

「わたしも。神白さん、教え方うまいし。豆腐メンタルは事実だもん」


 とまあ、これで仲直りだ。

 女子3人は手を握り合う。

 僕は微笑ましい目で見守った。


「じゃあ、ここからは試験対策を話し合おう」

「慎ちゃん、出しゃばって悪いけど、お姉ちゃんから話したいことがあるの~」

「ああ。モモねえに任せる」


 モモねえはニコニコとうなずく。首が動くたびに双丘も揺れる。


「なにかが始まるのは、なにかが終わるとき。でもあるの」


 女帝さん、哲学者みたいなことを言いながら。


「死神は終わりの象徴。死は人生の終わりだからね~」


 死神こと神白冷花を一瞥し。


「そして、隠者は移行を表わす。隠者は新たなる世界へ人を導く存在」


 それから、僕に意味ありげな視線を向けた。


「つまり、死神が終わらせ、隠者が新しい生に導く。終わりから始まるってことね~」


 それだけ言い終わると、モモねえは普段のおっとりした表情に戻った。


「終わりの始まり……マジでかっけえ」


 中学生よろしく目を輝かせる夢紅。


 彼女を横目に、僕はモモねえの言いたいことを考える。

 やがて。


「僕たちは死んでも、新しいものを得る。だから、このまま神白に勉強を教わればいいってことか?」


 推測をぶつけてみると、モモねえはコクリとうなずいた。


 モモねえの感情を読む。神白を心配する気持ちがあふれそうだった。


 神白は教師にも毒舌をぶつけ、学年主任に睨まれた。そんな彼女が厳しすぎたと反省している。僕たちに教えることで、神白が変わることを期待しているのかもしれない。


 そんな顔を見せられて、断れるわけがない。


「物理的に死ななければ、僕は問題ない」

「ボクは不死の力に目覚めた。大丈夫」

「えへへ、お手柔らかにだよぉぉ」


 顧問は生徒の反応に相好を崩す。


「そのうえで、みんなに言っておきたいことがあるの~」

「なんだ?」


 モモねえは聖女のような顔をして。


「厳しい環境の中でも、人は未来を変えられるわ。すべてはよ~」


 再び哲学者になった。

 かっこいい発言に一同が感心していると。


「なんか、エロゲみたい。選択肢で未来が変わるから」


 神白がエロゲ脳らしい感想を漏らす。


「そうかもね」


 モモねえは笑顔で相づちを打つ。

 さすがだな。神白特有の感じ方も優しく受け入れるんだから。


「だから、苦しくても勉強しましょ~。しんどかったら、抱っこするからね」


 顧問が言い終わるやいなや。

 夢紅がモモねえの胸にダイブする。胸に頭が埋まった。

 一方、横からは美輝が飛びつく。美輝の谷間に、モモねえの腕が挟まっている。


「あらあら、やればできる子だからね~」


 まるで、子どもをあやす若妻のよう。


「冷花ちゃんも甘えていいのよ~」


 神白はモモねえをまじまじと見つめ。


「これが、姉の力……。エロゲみたいな人」


 またしても、エロゲ脳らしい感想だ。色を見る。混ざりたいのを我慢している。


「けれど、死神が壊したものを再生するのは、女帝でなく隠者なの~」


 モモねえは僕にウインクをして。


「慎ちゃん、これをあげる」


 ネックレスを差し出してくる。ガラスの小瓶から心地よい香りがした。


「アロマペンダントよ。瓶にラベンダーのオイルを入れておいたわ~」

「これを僕に?」

「慎ちゃんは今日からラベンダー役になるの~」

「ラベンダー役?」


 ユーカリ役からラベンダー役へジョブ・チェンジかよ?


「ラベンダーはねえ、人の心を落ち着ける効果があるのよ~」

「慎ちゃんがアロマペンダントを装備することで、癒し力が大幅にアップするわ~」

「そ、そうなんだ?」

「期末試験まで、まだ2週間もあるわ。みんな、ストレスが溜まったら、ラベンダー役の慎ちゃんにハグしてもらうのよ~」


 僕は頭を撫でられてしまった。断れない。


「ホントだ。隠者くん、良い香りがする」

「慎司さま。前よりも癒やされるぅぅ」


 夢紅は僕の首筋に顔を近づけ、くんくん。女の子スメルの方が強烈なんですけど?

 美輝はといえば、後ろから僕に密着して匂いをかぐ。ヤバい。背中に当たってる。超高校級のものが。


 それだけでなく。


「ん。良い香りね。毒を吐く気も失せるわ」


 神白冷花すら横から僕の首筋に鼻を近づけてくる。

 さわやかな柑橘系の香りが鼻孔を撫で、こそばゆい吐息が肌をくすぐった。


 神白は美少女だし、銀髪もミステリアス。胸も大きい。あんな性格でもモテるのは納得できる。


 そんな神白が、エロゲ主人公役にすぎない僕に盛大なフラグを立てている。

 他の2名と大きく異なる反応を受け、心地よさと戸惑いを感じた。


 逃げるにも逃げられず、身体を硬くしていると。


「じゃあ、あとは若い人で楽しんでね~」


 この日一番の笑顔を浮かべて、モモねえは部屋を出て行った。

 勘弁してくれよ。

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