第1章 死神と恋に恋する乙女
第2話 僕の世界
僕は、他人の感情に色が見える。
怒っている人は全身が真っ赤だったり、ラブラブオーラ全開の人はピンクがあふれていたり。
ある意味、超能力に近い。本来、見えないはずの他人の感情が見えるのだから。
けれど、具体的に何を考えているのかまではわからない。バトルマンガみたいに、次の攻撃を予測するとか僕には不可能。「おまえは○○と言う」とか死んでもできる気がしない。
あくまでも、感情が色として見えるだけ。
中途半端な能力なんだけど……地味に面倒くさいんだよな。
たとえば、先日、こんな出来事があった。
学校帰りに繁華街を歩いていて、とある男女とすれちがう。40代の立派なスーツを着た男と、20代とおぼしき笑顔の美女。
僕から見ると、男は濃い紫の、女は灰色の光に包まれていた。
まず、男の方から感情を分析してみる。こいつ、紳士そうでいて、エッチなことしか考えてない。目も女の身体に釘付け。己の欲望を満たしたいのがバレバレ。
一方、女の方はというと。表面は笑顔だけど、帰りたいオーラがハンパない。隣にいる男がそんなに嫌いなのかよ。もしかすると、セクハラされてるのかもしれんな。
通りすがりの人なのに、そこまで見えてしまう。正直、情報量が多すぎて、嫌になる。人が多いところに行くと、異常に疲れる体質なんだ。
それでも、他人ならまだマシ。
自分に向けられる感情まで見えるわけで。特に、知り合いだと気まずい。
中2のときに起きた事件なんだが。
同じクラスの男友だちと雑談していて、彼は赤くなる。赤は怒りを表わす。表面では笑っていても、心の中では怒っているわけだ。本人は誤魔化してるつもりでも、僕にはバレバレ。
ショックだった。そいつとは仲良くしてるつもりだったし。色が見えるだけで原因まではわからないからな。
結局、態度に現れるのを待って、問い詰めた。すると、彼の好きな女子が僕のことを好きだったらしい。嫉妬していたと、打ち明けられた。
彼の発言で納得できた。少し前から、とある同クラ女子に好意を寄せられていた。彼の好きな人は、その子だったらしい。アプローチされたわけではないが、彼女と話すとき、彼女からあふれるピンクで気づいてしまった。
事情を知った僕は、思った。
本当に――。
恋は人を堕落させる。
中2時代の男友だちは、嫉妬しただけでマシだ。
でも、世の中の人を見てると。
恋のためなら、平気で他人を裏切る奴もいる。浮気が原因で、築き上げた地位を捨てる人間までいる。『恋は盲目』とは、まさに真なり。
とてもじゃないが、恋愛なんかする気になれない。
絶対に恋をしたくない。
中2のときに、固く心に誓った。
恋愛嫌いの僕にとって、夢紅と美輝は安心できる人だ。
平気で僕の腕に抱きついても、彼女たちは僕に恋愛感情を抱かない。
彼女たちが発する色は、緑。緑は、精神的な安定を感じているときの色。つまり、夢紅たちは僕を抱き枕程度としか思っていない。
今もコアラごっこが始まって、10分近く経っている。その間、夢紅と美輝は僕で癒やされている。最初は、腕に感じる胸の柔らかさを楽しんでいたんだけど。
部活のたびに、彼女たちに抱きつかれるんだよな。正直、ありがたみも薄れている。
「隠者くん、帰ろうとしても無駄だよ」
夢紅に心を読まれてしまった。僕でも心の声は聞こえないというのに、おまえ超能力者だな?
「慎司さま、わたしを放置して帰るんですかぁぁっつ。ドSさんなんですから」
美輝にまで変な誤解をされちまうし。
頭を抱えたくなったところで。
ズボンのポケットに入れたスマホがバイブした。
「ごめん。メッセージが来たみたいだ」
チャンスとばかりに夢紅たちから離れる。
従姉妹からだった。
「顧問から連絡だ。裏庭に来いってさ」
用件を部員に告げると。
「女帝ちゃん、なにかな?」
「続きは裏庭でイチャラブしましょ」
頼むから問題を起こさないでくれ。
そう祈りながら、部室を出た。
5分後。僕たちは裏庭にいた。
運動部の声が賑やかで、晩秋の裏庭は静まりかえっていた。
さっきまで晴れていた空は曇っている。まさに、女心と秋の空。11月の放課後が不安定すぎる。
「モモねえ、人気のないところに呼び出して、なんの用かな?」
「外で男女がすることってひとつ。野外プレイだよ?」
「夢紅、おまえ、マジで愚者だな!」
ツッコミを入れたときだ。
「ふたりとも静かにして」
美輝が人差し指を立てて、「シー」と言う。
「あのさ。君が死神でもなんでもいい」
木が陰になっていて、見えなかった。が、誰かいたらしい。男の話し声が聞こえる。
男の震える声が気になった。僕は大木の裏から様子をうかがう。女子の制服がちらつく。が、顔までは見えない。
男から漂う濃いピンクでピンと来た。
こいつ、告白しようとしている。
邪魔するのは気が引ける。夢紅と美輝の袖を掴み、こっちへ引く。太い木とはいえ、3人は狭い。自然と密着する形になってしまう。
(どしたん? 隠者くん、やけに積極的じゃん)
夢紅が耳元でささやく。
(対人支援部としては邪魔するわけにはいかんからな)
(そうだけどさ。あの子、死神だよ?)
(死神?)
夢紅に聞き返したタイミングで、見知らぬ女子が口を開いた。
「君、誰? あたし、知らない人と付き合う気はないし」
彼女の声は鋭利な刃のようだった。
思わず、相手の少女を見る。
灰色だった。感情はくすんでいて、死と呼ぶのが正しいような気がする。
死神。
そう、彼女は死神だ。
夢紅が死神と呼んでいたが、納得できる。
まさに、暗く薄汚れた灰色の空を飛ぶ死神。人を死に導く大鎌を持ち、無表情で突っ立っている、感情を失った人外の存在。
ただ、ただ、目の前のことに興味を示さないというか。ひどく不気味だった。
顔がわからないが、全身から圧倒的な威圧感を放っている。
逃げたいが、ここで動いたら、バレかねない。
早く終わってくれ。
「はぁぁっっ! オレたち同じクラスだろ。ってか、オナ中だったじゃん。3年も同じクラスなんだけど」
「興味ない男の顔を覚えるなんてリソースの無駄遣いだわ。人の脳もハードディスクと一緒なの。容量に限界はある。雑魚に割く余裕はないし」
「……無駄遣い? 雑魚? オレが?」
男の声が涙混じりになる。
「雑魚じゃなかったら、ミジンコね。存在すら目に見えない、単細胞未満の生命体。そもそも、あんたなんか生命体と呼ぶのすら、地球に申し訳ないわ。母なる大地よ、お許しください。
「い、いくら、死神だからって、ありえねえだろ?」
「別に……時間の無駄だから、消えてくんない。砂未満の存在なんだし」
「ちっ」
どす黒いオーラを放ちながら、男は走り去っていった。
なんじゃ、こりゃ?
ここまで罵倒した振り方は初めて見たんですけど。
さすがに、夢紅と美輝も言葉を失っている。
気まずい。気まずすぎる。
誰か、なんとかしてくれと祈っていたら。
♪愚か者どもよ~。オレ様に世界を支配させろい。マジで死なす。
夢紅のスマホが着信音を鳴らした。おま、変な着信音を設定すんなし。
「誰かいるの?」
バレたじゃん!
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