第3話 死神

「なにか用?」


 ヤバい。死神に睨まれた。

 目と目が合う。


 どんな怖ろしいことになるのか……?

 と思いきや。


 僕は目を疑った。

 というのも、恐怖の対象がだったから。


 腰まで伸びた白銀の髪に、傾きかけた秋の陽が注ぐ。はかなくて、幻想的な雰囲気を少女はまとっていた。


 白い肌も、なめらかで染みひとつない。

 琥珀色の瞳は澄み渡っていて、ひたすら純粋だった。

 冷酷クールな顔立ちも、完璧に整っている。


 視線を下げる。ブレザーを持ち上げる双丘は、絶妙な半円を描いていた。美輝と比べたら小ぶりだが、立派な巨乳だ。


 背は女子の平均ぐらい。華奢なのに、出るところは出ている。


 あまりにも美しい。恋愛嫌いの僕ですら見とれてしまうほどに。

 毒舌を吐く場面を目撃していなければ、お姫様だと思っただろう。


 って、僕はなにをしている。

 この状況で、なにを言えばいいんだよ?


「さすが、死神ね」


 本人いるのに、夢紅が大きな声で言ってしまう。


「おい、夢紅!」


 慌ててバカの口をふさぐが。


「死神? なに、それ、おいしいの?」


 死神さん、抑揚のない声で反応しました。

 ところで、『おいしい』の意味は? もしかして、僕たちを食べようとしてる?


「おい、すぐに逃げるぞ」


 夢紅の首根っこを掴み、美輝の手を掴んで。

 回れ右をしようとするが――。


「興味があるの。教えてくれないかな?」


 死神さんの語尾が軽く上がる。告白されているときですら退屈そうだったのに。


 なお、死神から見える色は白。

 色彩心理学における白のイメージと、蓄積された僕の経験から察すると――。

 白は純粋な興味を表わす。他意なく本心から知りたがっている。


 とはいえ、彼女の要望に応えていいものか。

 死神って、言葉には悪い印象しかないんだが。『あなたのことです』なんて、初対面の子に言えないぞ。


 適当にお茶を濁して立ち去るのがベター。感情が見えることを利用してトラブルを避けてきた、僕の勘が告げる。


 だというのに。


「死神って、君のことだよ」


 例によって、夢紅のバカが大変なことをしでかす。


 相棒のしでかした行為に、美輝がブルブルと震える。美輝、金髪陽キャで見た目は派手なのに、気が小さいんだ。

 お漏らしされたら大変です。僕は美輝の手を握った。彼女はギュッと僕を掴む。よほど不安だったらしい。


「あたしは神白かみしろ冷花れいか。死神なんて名前じゃないわ」


 死神こと神白冷花は眠そうな声で言う。


「いや、あだ名だし」

「あだ名?」

「そ。超絶な毒舌で男子の告白を振ったり、教師をいじめたりしてるよね。それで、ボク、死神の噂を聞いたのさ。ひそかに君のことをマークしてたわけ」

「……興味のない男子には消えてほしいし」

「なら、教師を泣かせたのは?」

「説明が下手だからよ。あんな授業を受けるなら自習の方がマシ。だから、あたしが勉強を教えてあげただけ」


 神白冷花は顔色も変えず、あっけらかんと言い放つ。

 高1女子が教師を滅多斬りにする図が想像できないんだが。


「あと、休み時間に話しかけた女子を冷たくあしらうって噂もあるよ」

「女子の話って無駄に長いわ。とくに、噂話。あんなの地球が滅亡するレベルでくだらないし」

「お、おう」

「男子が塵芥だとしたら、女子は3歳児ね」

「ボク、3歳児なの⁉」


 男が言ったら、性別差別で殺されそうなんですけど。

 夢紅は驚いていたけど、おまえについては当たってるぞ。


「そもそも、あたしは誰ともなれ合うつもりはないから」


 鋭利な刃物のような声だった。冷たくて、近づきたくない。


「やっぱ、死神だ」


 さすがの夢紅もガクガクブルブル。


「ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん、ぴえん。ぴえんすぎて、ぴえんだよぉぉぉっっ!」


 美輝は言語能力が崩壊していた。粗相をしてないのが奇跡的なレベルの怯えっぷり。


 隠者の僕は基本的に人と関わりたくない。

 期待の夢紅、美輝が戦闘不能になり、完全に場が凍りついた。


「ふーん」


 死神は心の底から興味なさそうに言う。


「別に、死神とかどうでもいいんだけど」


 まるで、ツンドラにいるかのよう。激怒されるよりはマシかもしれないけど、正直いたたまれない。


 今度こそ逃げよう。

 ついに腰を抜かした美輝をおぶった僕は、離脱しようとする。


 そのときだ――。


「みんな、揃ってるね!」


 新たな人物が裏庭に現れて、足を止めた。

 ゆっくりと歩いた。それだけで胸が揺れる。スーツだというのに、あいかわらずの破壊力だ。


「慎ちゃん、待たせてごめんね~」

「モモねえ、救われた……と言いたいけど、もう少し早ければ美輝が死なずに済んだのだが」


 僕が従姉妹に答えると。


「ごめんねぇぇぇぇっ!」


 モモねえは勢いよく走ってきて、僕の胸にダイブ。


 ――ふにゅ。大爆乳が僕の胸に押されて、形を変える。圧倒的な質量を持つソレは柔らかさにおいても極上の逸品。僕でなければ、昇天していただろう。さすがに、従姉妹で興奮したら変態だしな。


「学年主任と話していて、遅くなったの~。美輝ちゃん、すぐに回復魔法を唱えるわ~」


 透き通るような癒し声は、聖女か白魔術士のよう。


 無理もない。

 華園はなぞの白桃ももこと、モモねえは、癒やしを仕事にしているのだから。

 スクールカウンセラーとして、うちの学校で働いている。


白桃もも先生。慎司さまが手をつないでくれたよぉぉっ。どうにか一命は取り留めましたので」


 モモねえは美輝に真正面から抱きつく。


 すごい。

 爆乳同士のがっぷり四つ。大きさはモモねえが上回るが、張りは若い分、美輝が有利。まあ、モモねえも25歳。見た目は女子大生だが、さすがに現役JKに敵わない。


 見目麗しいプレイが、美輝のダメージを回復させていく。瞬く間に血色を取り戻した。


 と、そんな百合百合しい光景を、死神がじっと見つめていた。全身ピンクにして。

 ピンク。つまり、エッチなことを考えている。


 きっかけは、モモねえとしか思えない。

 モモねえに呼び出されたことから考えても。


「モモねえ、どういうことか説明してくれ?」


 僕は察していた。

 モモねえは、死神が裏庭にいることを知っていたのではないか、と。


「決まってるじゃない。対人支援部の活動よ~」


 対人支援部。モモねえが顧問で、僕が部長をしている部活だ。活動内容は――。


「あれれ? 対人支援部は隠者くんに癒やされる部活じゃなかったけ?」

「人をユーカリ扱いすんなし!」


 夢紅が口を挟む。


「おま、部員なんだろ?」

「うむ、3人だけの部活だけどね」

「なら、部長直々に教えてやんぞ。対人支援部は、人を支援する部活だってことを」

「……」


 直球すぎたのか、夢紅は固まる。


「学生の困りごとを解決する手伝いをしたり、悩みごとの相談に乗ったり。人に対して奉仕する部活なんだよぉぉっ」


 美輝が助け船を出してくれた。


「対人支援部は立派な部活だって、お姉ちゃんはわかってるわ~。でもね」


 モモねえの声が急に暗くなる。


「活動内容が不透明だと指摘する先生もいるのよね」


 それを言われると、しんどい。実際、さっきまで僕はユーカリ役をしていたわけでして。言い訳できない。


「部員のメンタル支援をするのも立派な活動だわ~」


 恋愛感情がないことをいいことに、夢紅の普乳と、美輝の巨乳を楽しんでました。言えない。口が張り裂けても言えない。


「でも、学年主任が~コアラさんを見たら、新米カウンセラーではかばいきれないわ~」

「うぐっ」


 モモねえの心配ももっともだ。

 モモねえが、この学校に来てから半年強。しかも、週に2回だけの非常勤。カウンセラーの資格を取ったばかりでもある。発言力は低いだろう。


 学校にコアラごっこがバレたことを想像するだけで怖ろしい。


 僕が困惑していると、なぜかモモねえは僕に抱きついてきた。だから、胸が当たってる。ピンクの髪から漂う芳香も心地よいし。同じシャンプーを使ってるはずなのにな。


「だから、お姉ちゃんからのお願いも聞いてくれるよね~」


 そう来たか。

 モモねえの色は、赤だ。怒りではなく、情熱に燃えている。モモねえに潜む女帝の本能が暴走している。


 あえて、視線を外す。

 すると、死神に異変が起きていた。


 さっきまで死んでいた目が活き活きとしている。琥珀色の瞳はまっすぐにモモねえを見つめている。

 僕でなくてもわかる。死神、いや、神白冷花がモモねえに信頼を寄せていることが。


 まあ、モモねえはカウンセラーだ。人の悩みを聞くことが仕事。生徒たちに好かれないようでは学校でやっていけない。


 モモねえは、ピンク色の髪をかき上げる。

 澄んだ茶色い瞳を僕と夢紅、美輝に向け。


「というわけで、みなさんにお願いがあります」


 軽く頭を下げてから


「彼女、神白冷花さんの―」


 天使の微笑を浮かべて、神白冷花を一瞥する。


「支援をしてください」

「「「へっ?」」」


 3人の声が揃った。


 マジかよ。

 目の前が暗くなった。

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