第4話

 大滝率いる機動歩兵小隊は、敵が潜む山岳地帯を避け、連合軍支配下のルートを辿り、街外れに到着した。

 辺り一面に激しい銃撃で穴だらけになり爆撃で半壊した建物が無残な姿を晒し、街路には大小の瓦礫が散乱している。陽炎だけがゆらゆらと立ち昇り、街は閑散としていた。


 護衛の無人機五機は、妨害電磁波圏の拡大を警戒して撤退した。

 入れ替わるようにスワン中尉の偵察機が高度を下げて後方に迫ったが、カメレオン迷彩で青空に紛れ、その姿は裸眼では確認できない。

 

 CIA中東支局は地元諜報員から、今月に入ってマストドン級戦車が五台、この街に派遣されたと情報を得ている。

 縦横に張り巡らされた地下道には、迂闊には踏みこめず、連合国側はこれまで対応に手を焼いてきた。

 しかし、地下道を抜けて戦車と妨害電磁波発生装置が持ちこまれ、不確かながら新兵器の噂まで伝わった。この国の旧勢力が、重要拠点奪回に動き出したとすれば、このまま放置はできない。


 機動スーツには市街戦用迷彩が施されている。総勢十名の機動歩兵は、一斉にホバーから降り立った。

 重量半トンを超えるとは信じがたいほど、巨体が機敏に軽々と動作する。訓練されたそつのない動きで、武器を構えて周囲の安全を確認した。

 小型レーザー砲、対人波動砲、長距離用火器は、動作の妨げにならないよう機動スーツの腕に、ミサイルランチャーや破城槌は背中に、それぞれコンパクトに装着され瞬時に使用可能だ。こまごまとした小型兵器、弾薬、装備は、機動スーツの各所やベルトに収まっている。


「街の発電所も半数が破壊されています。連中はどうやって電力を賄ったのです?」

 隊員のひとりが無線で大滝に話しかけた。この一帯はまだ妨害電磁波の圏外だった。

「いい質問だが、そいつは謎だ。しかし、どうもきな臭い・・・嫌な感じだ。全員、よく聞け!通常通り、ツーバイツーフォーメーションを組むが、今日は退路確保を優先するぞ。二チームは後方待機。緊急退避に備えホバーから目を離すな。攻撃は三チームで行く」

 大滝は素早く状況を判断して、端的に指示を出した。


 小隊は二人一組で妨害電波に支配された街へ侵入した。住民の大半がとっくに街の外や地下へ避難して、地上はほぼもぬけの殻だ。

 遮蔽物となる建物や廃墟を次々に辿り、その度に背中合わせに前後左右と上方を視認しては、再び開けた空間をジグザクに疾走してゆく。

 機動歩兵の走行速度は、個々の運動能力にも左右されるが、ものの一秒で時速百キロ前後に達する。

 戦車とは異なり、瓦礫や障害物があっても速度は極端に落ちないものの、建物が密集した狭い空間ではそれほど高速では動けない。

 しかし、作戦行動は迅速で無駄がなかった。周囲の様子をうかがいながら、チームは遮蔽物から遮蔽物へ風のように走り抜けた。

 妨害電磁波の圏内に入るやいなや交信待機音がピタッと途絶え、ヘッドギアの愛シールドに「交信不能」と赤い警告テロップが点滅した。

 同時に五チームは散開して、付近のビルの壁に張りついた。


 大滝は市街地用に迷彩を施した潜望鏡で、前方を確認した。

「いたぞ!マストドンだ。ここからでは司令部に確認できないが、通信妨害装置を装備して街を巡回しているらしいな。レーダーが確認した妨害波の直径からすると、少なくとも三台いるはずだが、ここには一台だけか?妙だな・・・」

 アイシールドの映像を子細に眺めていた大滝は、パートナーのハンスに呼びかけた。

 つい先月、中東に派遣されたばかりの北米欧州連合軍所属の新人である。大滝がパートナー役を買って出て、過去二週間、砂漠地帯で戦闘訓練に明け暮れてきた。

 自動音声認識の付いた集音マイクは機動歩兵の声だけを拾うため、二十メートルほどの距離なら大声を出す必要はない。


 真昼間に妨害電磁波を巡らせ、堂々と姿を見せるとは・・・

 敵の意図を計りかねて、大滝は低い唸り声を出した。

「様子がおかしい・・・総攻撃は待て。いったん散開する。俺たちがあの一台を攻撃して様子を見る。レッドチームは後方待機。ホバーを守れ。イエローはこの場で退路確保。ブラックは西、ホワイトは東へ展開しろ。敵を発見したら一台に二人でかかれ。だが、総計三台までだ。偵察機の合図に注意しろ。四台出てきたら、直ちに撤退して脱出拠点に戻れ!」


 ハンスが手話を使って、付近の建物の陰に潜んだ両隣のチームに大滝の指示を伝達する。伝達を受けたチームは、それぞれ残りのチームに手話で伝達した。

 妨害電磁波は視界には影響を与えない。ヘッドギアは画像拡大以外に、手話の自動翻訳と音声化機能も備える。手話の手間を除けば、ほとんど音声通話と変わらないが、盗視されないよう暗号化された独自の手話を使い、自動翻訳モジュールに暗号解読ソフトも組みこんでいる。


 大滝の黒い目は冷ややかに澄み、口調はあくまで平静だった。かたや初陣のハンスは、武者震いするほど緊張し切っている。

「俺が先制するから援護しろ。俺が標的に食いついたら、足止めできそうな建物を狙え。タイミングはお前に任せる。訓練を信じて集中するんだ。お前ならやれる!」

 ルーキーを落ち着かせるかのように、大滝が力強く言い聞かせた。

「了解!」

 ハンスが答えると、大滝はアイシールドの潜望鏡をオフにして、獲物に襲いかかる虎のように一気に建物の陰から躍り出た。


 マストドン対サーベルタイガー、野生動物の世界を彷彿とさせる戦いが火ぶたを切った。

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