第3話

 半時後には、航空支援チームはいち早く高空で待機していた。

 有人爆撃機と警護の戦闘機小隊は、編隊を組んで妨害電磁波圏外を緩やかに旋回しながら、機動歩兵に同行する偵察機からの合図を、今や遅しと待ち受けた。

 一人乗りの最新鋭機MX-25Fに搭乗するクーガーが、この日もチームリーダーを務めていた。この国の制空権は、とっくに連合国側が掌握しているため、敵機が現れる気配はない。同じくMX-25Fを駆るワイルド・グースことアキラ・ミヤザキ大尉と、リラックスして交信していた。

 研究熱心なクーガーは、エンジニア出身のグースから専門知識を吸収するのが好きなのだ。

「ホバー型戦車だが、まだ実用化の目途は立たないらしいな?」

「装甲と武器の重量がネックになって、戦車用ホバーの開発は難しいんだよ。その間に、キャタビラ型戦車がどんどん進歩している」

 ミヤザキ大尉が持ち前の穏やかな口調で言った。

 周囲に迎合することなく、日本人らしい控えめな態度で通しているが、それがかえって仲間や上官から好意を持って受け止められている。


「そうだな。マストドン級戦車の最高時速は、平地では百五十キロを超えるからな。厄介な相手だ!」

 クーガーの愚痴めいた言葉にグースは同意した。

「まったくだ。四本の脚と全方向型キャタピラを備え、崩壊した建築物や瓦礫が散乱する戦場でも、自在に活動できるのがあの戦車の強みだ」

 そのうえマストドン型戦車は、航空機には採用不可能な重厚な耐レーザー装甲に、画像解析AIに連動する六機の五十メガワット級レーザー砲を装備する。

 ミサイルの直撃さえ受けなければ、妨害電磁波に支配された地域ではほぼ無敵の存在で、有人爆撃機にとっても、この高速戦車は決して容易な標的ではなかった。


「で、マストドン戦車の天敵として、一躍その勇名を馳せたのが機動歩兵部隊ってわけか?」

「ああ、総重量八十トンを超えるマストドン戦車に対して、機動歩兵は約半トンの基本装備しか身に着けていない。ところが卓越したスピードと、ロボット兵にはない小回りの効く運動能力は、これまでの戦場の常識を見事に覆したんだ。時間さえあれば、単独でマストドンを戦闘不能にできるらしい」

「単独でか?そいつはスゴイ!今日は間近でじっくり見たいもんだ。滅多にお目にかかれない最高機密の活躍っぷりをな!」

 クーガーが熱をこめてつぶやくと、グースは苦笑を浮かべて黙りこんだ。

 おそらくあっという間に決着がつく。見物は間に合わないだろうと思ったのだ。今回のミッションには、機動歩兵部隊の中でも最強の呼び名高い「サーベルタイガー」小隊が乗りこんだからだ。


 だが、さほど重要とも思えない小規模な作戦に、なぜあの小隊が抜擢されたのか?ふと胸騒ぎを覚えたのだが、クーガーはグースの沈黙に頓着せず尋ねた。

「なあ、連中はどうやって意思疎通を図るんだ?妨害電磁波圏内で使いものになるのは、生の視覚と聴覚ぐらいだろう?視覚便りの戦場で味方の動きを見失わないよう、機動歩兵はカメレオン迷彩を採用しないと聞いたぐらいだ」

「実は遮蔽物の多い市街戦では、目視や音声のみで小隊を指揮するのは不可能に近いんだ。拡大映像を併用して手話の自動翻訳も使うんだが、それでもコミュニケーションは難しい。そこで単独でも成果を挙げられるよう、数十種類の戦闘シミュレーションをこなしている。一人でも自動的に最適な作戦行動を取れるよう、訓練を重ねているんだ」

「なるほど。ワンマンアーミーと呼ばれるのも伊達じゃなさそうだな!」

「そうだ。ただ、『砂漠の虎』と恐れられる機動歩兵の真骨頂は、チームプレーで遺憾なく発揮されると言われている。今日の精鋭部隊は特にね。一気呵成の速攻と群を抜いた破壊力で『サーベルタイガー』と呼ばれているぐらいだ」

「何ッ?今日の部隊はあの有名な速攻チームか!?」

 生粋のアメリカ人らしく、クーガーはヒューっと口笛を吹いて感嘆した。グースは日本人特有の感情を抑えた口調で続けた。

「そうだ。約五万年前のサーベルタイガーは群れで狩りをしていたと考えられているんだ。機動歩兵の小口径レーザー砲は、長く鋭い牙そのものだ。電磁石や吸盤で戦車の装甲に張りつき、内部の電子機器を狙ってレーザーを浴びせるそうだ。小型レーザー砲でも、十数秒も同じ場所に照射を受けたら、それに耐え得る装甲はいまだかつて存在しないんだ」


 古代の巨象に襲いかかるサーベルタイガーの群れってわけか!

クーガーは再び口笛を鳴らした。

「クーガー、さっきワンマンアーミーと言ったが、機動歩兵の際立った特徴は、まさにその独自の指揮権にあるんだ」

 グースが付け加えた。理系出身でエンジニアを専攻しただけのことはある。

「そりゃ、どういう意味だ?個々の戦闘能力と判断力の高さから、ワンマンアーミーと呼ばれているんじゃないのか?」

「他にも理由がある。小隊長や部隊長には、司令部の作戦行動をオーバーライドして、臨機応変に攻撃や撤退を選択する権限が付与されているそうだ。つまり、司令官の命令に背いても罰せられないらしい。あくまで噂だけどね」


「そうか!?すると、連中はプライドが高くて扱いにくいと上層部がぼやいていると言うのも、あながち嘘じゃなさそうだな!」

 クーガーはまたも派手に口笛を吹きならし驚いたと頭を振った。

 トップガンの俺たちも知らない世界だ。凄腕のワンマンアーミーには、軍上層部も一目置いているってわけか・・・しかし、この高度科学技術時代に、複葉機時代さながらの有視界空中戦や、中世の甲冑を纏った騎士のような機甲部隊が出没する地上戦が繰り広げられるとはな。


 自ら渦中にあるのも忘れ、クーガーは「皮肉なもんだ」とつぶやいた。

 アキラのような繊細な感受性こそ持ち合わせないが、全体像を把握する能力に優れる。

 クーガーが戦闘機部隊のチームリーダーを任された所以だった。


 

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