3杯目 役所の人間は強い

「マスター、私、限界です」

「頑張るんだヨリちゃん」

「無理です。死にます」

「死なないで。頼むから」


 そんな会話が展開されているのは、何もかもがそこそこでお馴染みの『そこそこカフェ』こと『TWO BOTTOM』である。もういちいち『TWO BOTTOM』って書くのも面倒だからいっそ『そこそこカフェ』に改名してやろうかと思ったりもしたが、さすがにそれはなぁ、と思いとどまった自分を褒めてやりたい。大人になるとちょっとやそっとでは褒められないため、自分で自分を甘やかすことも時には大切なのだ。これは人生を楽しく生きるためのライフハックなのでここに記しておく。皆さんも是非実践し、自分を適度に甘やかしながら日々を楽しく生きてほしい。


 さぁ、一体何が起こって、この何もかもがそこそこのカフェで生きるか死ぬかみたいな話になっているのだろうか。もしかして天変地異でも起こってこの世界から食糧という食糧が消滅したのだろうか。だとしたらヨリ子ちゃんはかなり早い段階で限界を迎えそうだが、そんな突然のポストアポカリプス的展開をこの作者が書けるわけもないのでご安心ください。


 じゃあ一体何なんだ、という話になるわけだが、それが昨晩の谷崎テレフォンなのである。


「急な話で大変申し訳ないのですが、そちらのカフェで『南由利ヶ浜だより』の撮影をさせていただけないでしょうか」


 これが谷崎氏の用件だった。

 

 撮影? 何の? って?


 まぁ落ち着いてください。ちゃんと書きますって。


 彼、なのである。

 いや、厳密には『彼ら』なのだが。


「はい、それでは、『SHOWショウ-10テン-GUYガイ』の皆さん、よろしくお願いいたします」


 と頭を下げたのがくだんの谷崎氏である。推定50代の万年係長とでもいった風貌で、お世辞にも誌面で映えるタイプではない。華、0。セミの抜け殻の方がなんぼかマシかもしれないレベルだ。なので、この谷崎氏は誌面には載らない。あくまでもインタビュアーに徹するらしいので安心である。


 この南由利ヶ浜の広報誌『南由利ヶ浜だより』というのは、市政情報やイベント案内、以前マスターも利用した求人募集等々、市民への諸々のお知らせがメインの冊子だ。その中に、市内の個人経営の飲食店や雑貨屋、工房などを紹介したり、あるいは、全国規模の大会で優秀な成績を収めた人を取り上げる『イキイキ! みなみゆりがはま!』というコーナーがある。どうやらその撮影らしい。


 ということは、この『TWO BOTTOM』を紹介してもらえるのか? というと、これがまぁ半々というか、場所を提供する以上、多少なりとも紹介をしてもらえる流れにはなるものの、あくまでもロケ地扱いなのだとか。なぜウチを……? とマスターも首を傾げたが、どうやらメンバーの中の誰かがここを指名したらしいのだ。


 それが、「あそこのコーヒー美味しいんですよ!」というポジティブな推薦内容であることを切に願う。決して、「あそこいつも空いてるんで良いんじゃないですかね」とかじゃありませんように。いつも空いてるし、内装も割とこじゃれているのでちょうど良いんじゃないですかね、みたいな、そんな感じじゃありませんように。


 とにもかくにも、いま、この店内には、ヨリ子ちゃんの愛しの彼である『いず君』が所属している『SHOW-10-GUY』の選抜メンバーが集結しているのだ。


 選抜? と思った方もいるだろう。全員じゃないの? と。

 全員ではありません。彼らはローカルアイドルではありますが、あくまでも商店街で働く青年達であるからして、本業の方が忙しいのである。まぁ、厳密には青年でもなかったりするのだが。13年前に結成した当初はまだ店を継いでいる者もいなかったのだが、さすがにそろそろ代替わりだったりもするため、ライブ等のイベント以外ではあんまり店を抜けられないのだという。だったらアイドルなんて辞めちまえ! とも思うのだが、一人でも抜けると【10】じゃなくなってしまうので、そうもいかないのである。


 というわけで、今回撮影に臨んだのは、『赤』こと万田まんだ瓜太郎うりたろう(八百万の息子・じいじのトマトが大好きなゆめちゃんのパパ・愛称は『ウリ坊』)、『青』こと鮎川あゆかわうしお(魚大将の息子・マグロ解体師1級保持者・愛称は『うっしー』)、そして『緑』こと和泉いずみ暖人はるひと(梵天の湯の息子・番台歴23年・愛称は『いず君』)の3名だった。代替わりしていつつも先代がまだまだ現役だったり、奥さんや兄弟などが店番を代わってくれたりという恵まれた環境にある上、見た目も良い、という3人だ。どうやら3人は幼馴染であるらしく、その昔は天神商店街の悪ガキ3人組と恐れられていたとかいないとか。


「ま、マスター、私はどうすれば……」

「どうもこうもないよ。普通に働いてくれれば」

「普通に働くなんて無理です」

「じゃあ、多少異常でも良いから働いてくれる? とりあえず、あそこのテーブルにお冷持っていって。それで、オーダーお願い。カフェで撮影する以上、ドリンクは絵的にも必要だろうし」


 と、彼らの座る4人掛けのテーブルに視線を向けた。


「わ、私がですか?」

「うん、そうだね。いや、俺が行っても良いけどさ」

「駄目です、私が行きます」

「よし、行ってらっしゃい」


 そうしてマスターはヨリ子ちゃんを送り出した。愛しの彼がいる13番テーブルへと向かうヨリ子ちゃんの背中が心なしか震えているような気がする。というか少なくとも、トレイを持つ左手は確実に震えている。危なっかしいことこの上ない。


 そして、この撮影だが、別に店を貸し切りというわけではないので、普通にお客は入っている。ただ、前情報の通り、そこまで混んでいない。一応、南由利ヶ浜でもっともホットなローカルアイドルがいるわけだから、口コミ等でど偉い騒ぎになるのでは、とさすがのマスターも多少なりとも警戒してはいたのだが、そんなことはなかった。一体何なんだこの店は、そこそこにしか混まない呪いでもかけられているのではなかろうか。よし、そうと決まればいまからでも現代ファンタジーにジャンルを変更して――、ってそんなことはございません。ご安心ください。


 いや、実際のところはというと、やはりマスターのパパが暗躍しているのだった。可愛い一人息子が忙しさの余りに過労死しては大変だと、常に彼の理想とする混み具合になるよう、裏で手を回しているのだとか。実際にそんなことが可能なのかわからないが、とにかくそういうことなのだ。そういうことなのだと無理やり思い込んでいただきたい。


 

「お、おおおおおお冷をお持ちいたしましししし」

「ああ、どうもすみません」


 明らかにバグっているヨリ子ちゃんに対し、谷崎はにこやかに応対した。こんなリミックスみたいな接客でも動じないとは、さすが役所の人間は強い。


「あ、ああのあのあのあの、お、おおおオーダーをおお願いしままままま」

「ああ、そうですね。皆さん、どうぞお好きなものを」


 さすがは(推定)万年係長、何かしらの異常をきたしているヨリ子ちゃんを華麗にスルーである。個人的に、役所の人間というのはこの手のスルースキルに長けている気がするのである。


「それじゃ、ホットコーヒーをいただけますか」


 と八百万の息子。妻子持ちだからか、一番落ち着いている。頼れるリーダー的存在だ。ただし家では嫁の尻にガッツリ敷かれているし、3才の娘にも顎で使われている。


「じゃ、俺もコーヒーで。和泉はどうする?」


 魚大将の息子は見た目が一番やんちゃである。髪は金色だし、耳はピアスだらけだ。いい年して金髪ってオイ、とも思うわけだが、俺様キャラということなので良いのだろう。ちなみにコーヒーにはミルクと砂糖を2つずつ入れるタイプで、苦手なものはホラー映画とにんじんだ。にんじんはシチューやカレーに入っているものしか食べられない。肉じゃがはギリギリである。


「そうだなぁ、ここってお茶あります? 緑茶とかそういうの」


 そして、この彼がヨリ子ちゃんのハートを鷲掴みにした張本人、梵天の湯の息子である。風呂屋だからかはわからないが、ハァビバノンノン的なのほほん系のゆるふわ男子だ。男子とは言ってももう30過ぎなのだが。


「メニュー見ろよ、和泉。ほら、ちゃんと書いてんじゃん」

「うわぁ、ほんとだ。俺普段こんなしゃれたところ来ないからわからんかったぁ」


 何、いず君ってメンバーからは『和泉』って呼ばれてんの? ていうか、天然? 天然だったのね? もうほんと私を殺しに来てるでしょ。いつの間にマーダーライセンス取得したのかしら。まっことおっそろしい子ぜよ!


 ちなみに、ここは舞台が秋田県なので、本当はもっと訛っている。先程のいず君の台詞だと、


「わい、ほんとだじゃ。俺普段こっだしゃれたどこ来ねっけかららねがったぁ」


 だったりする。

 しかし、これを文字にするとあーら不思議。このように、日本全国誰が読んでもわかるなんちゃって標準語になるのだ。これが異世界小説なんかでは当然のように搭載されている日本語フィルター機能ってやつなのである。

 けれども、どうしても秋田弁versionが知りたいという方はスマートフォンないしはパソコンのキーボードで『←↓→↑ABAB』を10秒間に20回入力(コピペ不可)していただくと、とりあえず最初の矢印の段階でタイムオーバーを迎えるのでぜひやってみてください。疲れるだけで何にもおきません。


 いや、普通に作者に声かけてくだい。なるべく気さくに応じます。

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