2杯目 ヨリ子ちゃんのお友達

 さて、そんなこんなで谷崎氏からの電話である。

 

 マスターが何やら「ええ」だの「はぁ」だのと相槌を打っているのを、ヨリ子ちゃんは野菜を咀嚼しながら何となく見ていた。そして、やっぱりどのアングルから見てもまーったくタイプじゃない、なんてことを考えていた。


 先日、他県に嫁いだ友人と電話した際、何の気なしに近況を報告したところ、その友人は何かど偉く興奮したのである。


「えー、ウソ?! カフェ? 独身のマスターと二人きり? ちょっとちょっとちょっとー! もう、それって、そういうことでしょ? ね? ね? イケメン? ねぇ、その人どうなのよ!? ねぇ!」


 と。


 まずちょっと落ち着けや。

 ヨリ子ちゃんはそう思ったし、実際にそう言った。そして、こうも言った。


「全然イケメンじゃない」


 と。


 事実である。

 すっぱりと、きっぱりと、ずばりと、0オブラートで言ってやった。

 さすがにそこまではっきり言われると、友人の方でも「またまたぁ~」なんて返すことも出来ず、「そうなんだ……アハハ」と苦笑いである。


「すごく良い人なんだけどね。もうとんでもない不細工ってわけでもないし。でも、あの顔と恋愛は出来ない」

「そうなんだ……」


 でも、恋愛と結婚って違うじゃん? とその友人は思った。いつまでも『友人』表記も可哀想なので、『友子ともこちゃん』ということにする。『友人』だから『友子ちゃん』である。何ともわかりやすいではないか。ただ字数が増えただけとも言える。


 友子ちゃんの旦那さんというのは、まぁ、ぶっちゃけそんなイケメンではない。それは彼女もわかっているし、旦那さん自身もその自覚はある。でも実はスタイルが抜群で――とか、その道では知られた何か特別な技能を持っていて――なんてこともない。御年31歳(つまり友子ちゃんより3つ上)のちょいメタボなおっさんである。いや、ごめんな人の旦那捕まえてメタボなおっさんとか言っちゃって。例えそれが事実であっても。


 そんな彼だから、友子ちゃんだって最初から彼氏、ひいては生涯の伴侶候補と思って接していたわけではない。何かこう……燃え盛るオフィスビルからお姫様抱っこで救出されたとか、そんな評価が爆上がりなイベントがあったわけでもない。ただ彼は、同じ職場にいる先輩で、ちょっと後輩の面倒見が良くて、どんな仕事を振られても嫌な顔をせずに引き受けてくれるし、コピー機が紙詰まりを起こすとすっ飛んできて助けてくれたし、次男だし、ご両親も良い人達だったし……というだけだったのである。それで、デートとも呼べないようなデートを数回しているうちに、何だか付き合うことになったのだ。そうして、あれよあれよと結婚にまで至ったのである。

 ふとまじまじと彼の顔を見ると、「ぶっちゃけまったく好みの顔ではない」と思ったりもするものの、それで後悔するかというと、そんなことはない。彼への愛情は見た目がどうこうとかそんなことでは揺らがないのである。ただ、プライベートでシャツをズボンにインするのと、白ソックスにサンダルを合わせるのはやめてほしいけど。


「恋愛の相手は顔で選んでも良いけど、結婚相手は顔じゃないのよ」


 というのは、友子ちゃんのお母さんの言葉だ。

 ちなみに父親もイケメンではない。ずんぐりした完全メタボのおっさんである。


 顔じゃなかったら何なの? お金? と幼い頃の友子ちゃんはお母さんにズバリ尋ねた。そこで『愛』ではなく『金』が出てくるあたり、かなりしっかりしたお子さんだったのだ。するとお母さんはこう言った。


「まぁ、ぶっちゃけそれもある」


 と。

 ワーオ、正直者! 確かにそれもある。間違いない。結婚はきれいごとではないのだ。


 それも、ということはそれ以外もあるということだろう。


「一番はあれよ。相性っていうのかしらホホホ」


 果たして何の相性なんですかねぇ、げっへっへ、とエロ親父が飛んできそうな台詞である。何かを誤魔化してでもいるような「ホホホ」がまたそっちの妄想を捗らせてしまいそうになるが、そういうことではない。まぁ、そういうのもあるかもしれないが、それだけではないのだ。


 ものの考え方であるとか、食事のマナーであるとか、許せる許せないのラインであるとか、その他様々な価値観やら何やらの相性が重要なのだ、というようなことを友子ちゃんのお母さんは言いたかったのである。その当時の友子ちゃんには全く理解の出来ない話だったが、いまの彼女ならそれがわかる。それはそれはもう、よくわかる。わかりすぎてわかりみが深い。逆にわからないとかいう人の気持ちがわからない。でもいまならわかりあえそう。わかったつもりでいたい。


 だから、友子ちゃんは、


「いや、これはあれだな。そうはいっても最終的にはおさまるだろうな」


 などと、恐らくこの小説の読者の9割くらいが予想していそうなことを思った。いや、作者はギリギリまで抗いますよ? そう簡単にジャンルをラブコメに変更してたまるかってんだ。知ってるか? あまり大きな声じゃ言えないけど、ジャンルロンダリングって結構な罪なんだぞ? 特にネット上のコンテストに出す場合は。


 というわけで、割とよくある話として、ちっとも意識していなかったはずなのに、友人に指摘されたことによって少しずつ気になり始め、やがて恋に至る――みたいなことは一切なかった。例え友子ちゃんがめちゃくちゃプッシュしてもヨリ子ちゃんの気持ちは1mmだって動かなかっただろう。本日もラブコメ要素は0。安心安全の現代ドラマ(コメディ過多)でお送りいたします。



 さて、ヨリ子ちゃんが最後の麺をちゅるんと啜り上げ、お皿に残っていたブロッコリーにフォークを刺した時、「ええええ!?」と、マスターが珍しく大きな声を上げた。そして、ヨリ子ちゃんの方をちらりと見たのである。さすがにそんな声を出されてはそちらに注目せざるを得ず、ブロッコリーに向けていた視線をマスターの方に戻してみると、彼はヨリ子ちゃんと視線を合わせて目を見開き、ぐっと親指を立てた。


 何だ何だ。そんなに目を大きく開けたまま笑うな。

 

 と、ヨリ子ちゃんはブロッコリーをもしゃもしゃと噛みながら思った。

 それから、


 うん、どこからどう見ても全ッ然イケメンじゃない。


 と、何をいまさら的なことを思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る